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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
羊鬼の村
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0.子羊の声がきこえる




 それは、うららかな午後のこと。

 魔王の初めての遠出…遠征?は、唐突に巡ってきた。

 そう、魔王当人でさえ予期せぬ出来事として。



 バタバタと、一つ目の子羊が魔王の元へと駆けてくる。

 ゴツイ中年男のような濁声で、子羊は魔王を呼び止めた。

「魔王様、大変なのです。緊急報告があるのです!」

「あ、トニィ君! どうしたんだい?」

 可愛らしい外見とは裏腹な声にも動じずに、銀河は羊鬼トニィくんの声に耳を傾けた。


 トニィ君は、どちらかといえば魔物の中でも下級に分類される小者だ。

 だけど弱くとも、彼には別の価値がある。

 トニィ君…彼の属する羊鬼という種族は、特別数字に強い。

 そして羊鬼でも特に有能な計算能力を持つのが、トニィ君だった。

 彼はその能力を見込まれ、実務担当として魔王城に勤めているのである。


 もこもことした、三等身の小さな身体。

 シルエットは二足歩行の子羊。

 しかし彼は羊鬼(・)…鬼に分類される、魔物。

 一つ目鬼(サイクロプス)の様に大きく、ぎょろりとした目が異様な存在感を放っている。

 顔の三分の一を占める大きさなので、存在感が強いのは仕方がないのだが。

 純粋に可愛いと言うより、不気味だけど何だか可愛い。そんな羊鬼。

 彼等は鬼ではあっても、基本的には無力で穏健派。

 トニィ君も勿論、争いごとは忌避する主義である。

 当然、平穏な生き方をしていては取り乱すことも少ない。

 そのトニィ君が、身も世もなく取り乱していた。

 それはどうしてか?

 銀河達は焦りにじたばたするトニィ君を前に、緊張感を高める。

 果たして、その理由はトニィ君の口からもたらされた。

「僕等の村が…っ! トトヨ国にある僕等の村が、人間に発見されてしまったのです!」

「ええ! 大変じゃない、それ。君ら、人間と争いたくないって谷底に村を作ったんでしょう?」

「そうです、僕らは争いを避けたいんです! でも僕らの魔物と一目瞭然なこの外見が、そして二足歩行で生きる生活習慣が避けたい争いを僕らの元に運ぶんです!」

 ブメェブメェと泣きながら、一つしかない目玉から涙をこぼすトニィ君。

 ピンク色の鼻水が鼻から垂れた。

「それで、村は? 人間に見つかってしまった村はどうなったの」

 トニィ君の鼻をかませてやりながら、魔王が問いかける。

「それが、人間達に追いたてられて…」

「どうなったの?」

「立て籠もってるんです。人間領主の館に、人質をとって」

 領主の一人息子ジョニー君(四歳)を人質にとった、羊鬼一同。

 館に立て籠もる一つ目の子羊たち(総勢五百八名)。

 小さなその身体は、人間で言えば2~6歳くらいの大きさしかない。

 つまり、人質ジョニー君とほぼ同サイズ。

 小さなもこもこの(シルエットだけなら普通の)羊が、同じ大きさの子供と身を寄せ合う。

 それは何だか壮絶な光景だった。

 ある意味に置いてはメルヘンチックと言えなくもない。

「トニィ君………銀行強盗じゃないんだから」

 何と言ったものかと言葉を選んで、銀河が言ったのはそんな一言だった。

 トニィ君の方も思うところがあるのか、複雑そうな顔で視線を逸らす。

 しかしそれどころではないと、焦りの方が勝るのだろう。 

 トニィ君は、再び魔王の足に縋り付いて涙をこぼす。

 銀河のズボンが、羊の涙で濡れた。

「どうしましょう魔王様! お願いですから、助けて下さい!」

「とりあえず、できるだけの事はする。約束するよ」

 そっと身を屈め、トニィ君に視線を合わせて魔王は約束した。

 小さな蹄を両手で握り、力強く頷く。

 そうして銀河は、出来る限りのことをしようと走り出した。

 所詮は中学生。

 彼自身、何か物事を解決しようとしても、難しいことは分からない。

 自分にできることの限界も見極められないまま、彼はとにかく走るのみ。

 できることを、出来る限りでやり遂げようと、固く心に決めながら。


 一匹でも多くの羊鬼を救うため、銀河は走った。

 取り敢えず彼が向かったのは、頼りにして良いのか今一躊躇う彼の元。

 愉快犯疑惑濃厚ながら、銀河への忠誠心だけはエベレスト級の吸血鬼、クリュスの元へ。

「クリュスさん、大変です!」

「何が大変なんですか?」

 スパーンッ 高らかな音と共に、開け放たれるドア。

 銀河はクリュスの執務室へと飛び込み、呑気にお茶を飲んでいる吸血鬼に事情を説明する。

「どうすれば一番良いのか、僕には解りません。だけど、できるだけの事はしたいんです」

「銀河様…何と立派なお志。素晴らしき、御慈悲」

 思い詰めた様子で相談を持ちかける銀河に、頼られた吸血鬼はうっとりと笑む。

 どこからともなく取り出した赤薔薇が、何だかとても似合っていた。

「銀河様が、ご自分を卑下することはありません。どうすれば一番良いかなどと仰いますが、銀河様にとって一番と思える事をなさればよろしいのですよ。勿論、私も存分にお役立て下さい。銀河様に解らない事があれば手伝います。不十分と思えるところがあれば注意致します。ですが魔物は全て銀河様の物。銀河様のお好きに、自由になさればよろしいのです」

「結局、僕の好きにしろということですね」

 それだけを言うために、何と長ったらしい言葉で長々と語る事だろう。

 すぐ側にいたレイヤが、うんざりした顔をしている。

 だが銀河は、クリュスの長口上を少しも気にしない(←慣れた)。

 ただ、確認するために、尋ねかける。

「クリュスさん、力を貸してくれますか?」

「勿論です。銀河様が望むのなら、私の力なら幾らでも。銀河様が望む限り、出せる限りの私の力を銀河様のために尽くします」

 そう言って微笑むクリュスの姿は、普段の巫山戯た姿とはあまりに印象が違って…

 一瞬、別人のように見えた。


 クリュスの微笑に妙な印象を受けた、銀河。

 それは銀河だけではないらしく、レイヤも疑問に満ちた目でクリュスを見つめている。

 二人はクリュスが本当はどんな人物なのか、未だに全く知らなかった。

 だけど、それでも良いのだ。

 クリュスのことなど、銀河は詳しく知らなくても良い。

 ただ、彼が信用に足り…信頼に応えられると知っていれば。

 少なくとも、クリュスはそれだけ知っていて貰えれば充分だと、そう思っていた。

「それで銀河様、これから一体どうなさりますか?」

「あ、そうだ。どうしよう」

 クリュスは、銀河とレイヤの疑惑を分かっていて、優先事項を思い出させる。

 今最も心を砕くべき事柄を二人に思い出させることで、自分から上手く逸らした。

「銀河様は、どうなさりたいのですか?」

「……………」

「先程も言いましたが、好きなことをしていただいて良ろしいのですよ」

「…本当に、何でもして良いんですか?」

「何をなさりたいのですか」

「正直に言うと、僕は自分で行って直接助けてあげたい。でも、それだと時間がかかりすぎますよね。それに、僕が行ってもどうにもなりませんよね…」

 そう言って寂しげに微笑む、銀河。

 銀河自身が、自分を足手纏いだと思っていた。

 しかしクリュスは違ったようだ。

「解りました。それでは現場に行ってしまいましょう!」

「え、ええぇぇっ?」

 突然のクリュスの言葉に、驚きの余り銀河は叫んでいた。

 滅多に見られない狼狽える銀河に、レイヤもビックリしている。

「どうせ伝令を飛ばすにしても、銀河様が行くにしても、その時間はあまり変わりません。それならばいっそのこと、行ってしまった方がすっきりしますよ。魔物軍トトヨ国支部の指揮官には使い魔を飛ばしますから、私たちが到着するより先に知らせが行くでしょう。それから…」

 固まっている銀河の横で、テキパキと準備を始めるクリュス。

 その様子をぽかんと見ているレイヤ。

 やがて体の自由を取り戻した銀河は、クリュスに叫んでいた。

「本当にトトヨ国に行くつもりですか!」

「ええ。銀河様が望むのなら、それも良いと思いますよ」

「魔王が城を離れても、良いんですか!」

「決めるのは魔王様ですし、先程も言いましたでしょう?」

 そう言ってにっこりと笑うクリュスは、いつもの彼だった。

「何事も銀河様の好きになさると良いのです。銀河様は自由なのですよ。自ら縛られない限りは、ね。掟なんて何もないんです。だから、行きたいのなら行った方がすっきりしますよ」

 クリュスの言葉に、銀河は悟った。

 どうやら固定観念に囚われていては、負けらしい。

 そして意外にも、銀河は負け嫌いなのだ。

「うん、そうだね。魔王が魔王の城を離れてはいけないなんて、誰にも言われたことはなかったね。そうだね、行きたいんなら、行ってしまえば良いよね」

 何かが吹っ切れてしまったらしい銀河は、笑顔で振り返った。

「当然、レイヤも行くよね?」

「え、良いの?」

「前に言ったよね。何処に行くのも、何をするのも、レイヤの自由だって。それにレイヤ自身、結構この先が気になってるよね。ついてきたいんでしょ?」

「でも、私が行ったら邪魔じゃない?」

 まるで先程の自分を見ているようで、遠慮するレイヤを笑ってしまう銀河。

 笑われたレイヤは、むっとした顔で銀河を睨んだ。

「面白いことが好きでしょう、レイヤ」

「う…好きよ。本当に私も行って良いのね?」

「うん。それじゃあ、ライゲスさんにお弁当三人分頼んでくれないかな」

「解った。頼まれるわ」

 ちなみに確認するまでもなく、銀河はナチュラルにジャックを置いていく気だ。

 隣で自分が置いて行かれることを知り、控えていたジャックが硬直する。

 クリュスは、丁度良いのでどっさりと宿題を出そうと決めた。


 微笑ましい気持で、銀河とレイヤのやりとりを見ていたクリュスが笑う。

 大急ぎで準備を済ませた少年少女は、八百歳を超す吸血鬼の引率でトトヨ国へと向かった。






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