花鳥とマーシアの出発
義弟を捜して生まれ育った世界へと舞い戻ったエーベルト。
彼が途方に暮れているのと同じ時、同じ世界。
エーベルトの義兄にして、共に勇者として戦った(?)花鳥。
彼もまた、再びこの世界へと舞い降りていた。
ただし、エーベルトとは違って二人。
決して一人きりではない。
彼の傍らには、彼の妻たる女性の姿。
エーベルト、花鳥と共に魔物と戦った女盗賊。
マーシアが、共にいた。
何となく、待遇の差に嘆き悲しむエーベルトの姿が思い浮かぶ。
それが現実の物の様に思えて、花鳥はあからさまにほくそ笑んだ。
「此処、何処かしら? なんで四人で飛び込んで、私とアンタの二人きりなの」
悪い笑みを浮かべる花鳥の隣で、マーシアが首を傾げる。
「そうだな。風月のことが心配だが…稀に見る強運を持つあの子のことだ」
「そうね。カツキは心配するだけ無駄ね。無事に決まっているわ」
だけど、エーベルトは別だろう。
敢えて言葉にしなくとも、二人は共に知っていた。
あのお人好しは、実力的に命の心配はするだけ無駄なのだが…
善良すぎて、偶に碌でもない問題や事件に巻き込まれるのだ。
そして、優しい故に逃れることができない。
多少の苦労をすることになろうと、自分のことは二の次にするだろう。
納得できる解決法が見つかるまで律儀に付き合ってしまう。
本人がそれを分かって苦労の道を選ぶのだ。
花鳥やマーシアがとやかく言うことではないのだが…
何となく、目を離している間に様々な苦労に見舞われる姿が何となく想像ついた。
その姿を思い、何となく夫婦二人で呆れの吐息をついていた。
それに風月が巻き込まれる姿は想像できなかったので、花鳥も穏やかだ。
マーシアの方は、戦友のよしみもあって少々心配ではあったのだが。
「………此処にいない二人は、はぐれてしまったのかしら」
「それについては、居場所の予想も何となくつく」
「へぇ? アンタが言うなら、そうなんでしょうけど…なんで?」
心なしか自信ありげに断言する旦那に、マーシアが意味ありげな視線を送る。
この花鳥の言うこと、嘘は言うまいとマーシアは判断する。
その言葉を信用するぐらいには、彼女は夫のことを理解していた。
「以前、この『世界』の『作者』を締め上げた関係でな…」
「なんとなく、あまり良い情報ではなさそうね」
マーシアは、自分の生まれ育った世界が『本の世界』だと知っている。
それに良い気持ちはしないが、事実は事実として受け止めていた。
そして本ということは、当然作者がいるもので…
作者が作った幾つかの約束事、この世界の法則を、花鳥は少しだけ知っていた。
「この世界に呑み込まれた者は、『物語』の『主人公』、またはそれに近しいポジションに組み込まれることは、前にも話したと思う」
「ええ、確かに聞いたわ。そして、一度当てはめられた『役柄』は二度と撤回できないとも言っていたわよね。だからアンタも似合わないながら、この世界では未だに『勇者』だって言うんでしょ」
「その通り。そして、『勇者』の旅の出発点…物語の始まる場所は、常に同一だ」
「…? 同一っていうなら、アンタとエーベルトの出発点は違うでしょ」
「勇者によって、場所は違う。だが。全ての勇者は同じ場所で物語を始める」
「アンタ、矛盾って言葉知ってる? 物書きなんだから、知ってるでしょ」
「矛盾ではないな」
夫の意味不明な言葉に、マーシアが眉間に皺を寄せる。
あからさまに不機嫌そうだ。
その顔を見て、花鳥は仕方なさそうに肩を竦めた。
この辺で理解できる様に喋っておかないと、鳩尾に拳がやって来そうだ。
嫁の性格を理解しているので、花鳥は疑問を解消させてやることにした。
「勇者の出発点は、その勇者が持つ『勇者の武器』の封じられていた場所と決まっているんだ。俺の場合は、この剣が封じられていた場所ということになる」
そう言って、花鳥はゆるりと周囲を見回してみる。
立ち枯れた木の連なる、物悲しい気分になる光景。
寒々と風の吹きすさぶ、寂しい森の中。
遠くに見える大きな湖も冴え冴えとしており、何だかとても冷たそうな光景。
背の高い針葉樹だけが枯れずに残っており、太陽の光の下で黒く輝く。
何だかとても…暖かみとは程遠い場所。
そして花鳥は、何となく、その光景に見覚えがある気がした。
暫し考えて、ぽんと手を打つ。
「見覚えがある。此処は俺が前回、この世界に初めに来た場所だ」
「…どうみても、人里離れた森の奥ね。作者の死ねっていう負の声が聞こえそうな」
事実、文明人が何の準備もなく放り込まれたら、数日と持ちそうにない。
何となく、魔物も多そうだとマーシアは感覚的に思った。
そしてそれは当たっていた。
「アンタ…どうやって生き延びたの?」
「普通に獣を狩って、魔物は殺したぞ? ああ、そうだ。確かこの森で、気に入っていたスーツを変なでっかい鳥に駄目にされたのが、最初の戦闘か」
腹立ちに任せて、串刺しにしてやったがと、花鳥は何という素振りもなく言う。
花鳥のスーツを駄目にして、逆鱗に触れた魔物。
何気なくその特徴を聞いて、マーシアは顔を引きつらせた。
「それって…老翁鳥じゃないの。中級でも上位に位置する魔物の」
「そうなのか」
「ちなみにアンタ、武器は?」
「剣と出会う前だったので、手ぶらだったが?」
「素手で立ち回って、素人が老翁鳥に勝ったの…!?」
マーシアの顔が、更に引きつった。
「何度も聞いたし、今更だけど…アンタ、本当に人間?」
妻のその言葉に、花鳥は失礼な奴めと呟いただけだった。
懐かしくも忌々しい思い出(駄目にされたスーツのこと)蘇る、森の中。
人里のある方へとのんびり歩きながら、二人は目処の立たない旅の見通しについて相談する。情報を整理する為に、風月やエーベルトの行方についても推論を立てた。
「エーベルトなら、剣と出会った場所付近に飛ばされていることだろう。確か生まれ故郷の村の近くだと言っていたな。今では廃村らしいが」
「そういえば、魔物に襲われて村が壊滅したって言っていたわね」
「では本当に、今頃、奴は一人きりか。いい気味だ」
清々しく笑む花鳥の顔は、すっきりと爽やかに美しかった。
仕方のない奴だと思いながら、マーシアはその頭を叩いておいた。
「カツキはどこにいるのかしら」
「あの子は本当に強運だからな。ひとまず、神聖法国へ向かっていれば間違いはないだろう。どうせ皆、一度は彼処を目指すだろうからな。風月=神聖法国は、もう図式化している」
「カツキは神聖法国の巫女姫だったんだものね」
「ああ、それに、銀河のこともある」
一番懸念すべき事柄を、花鳥は沈鬱な表情で口にする。
「あの子も、きっと主人公かそれに近しいポジションを与えられているはず」
「とすると、勇者かその仲間というのが妥当かしら?」
「ああ。そう仮定しても問題ないだろう」
まさか実の弟が魔王になっているとは思うまい。
花鳥は、まるで見当外れの仮定を立ててしまった。
「そうすると、銀河を探す手段は大きく立てて三つか」
「その内の、どれが確実?」
「勇者は、必ず神聖法国の巫女姫に会う必要があるからな。神聖法国で待ちかまえるのは方法の一つだ。だが、入れ違いになる可能性も高い。そうすると魔王の城で待ち伏せるか、勇者の噂を辿るという手段が有効だろうか」
「魔王城で待ち伏せって…アンタでないと、思いつきそうにない発想だわ」
まず、待たせて貰う余裕を保つのが難しいだろう。普通は。
だが、その選択肢こそ、正解だ。
弟である銀河を探すという目的の前には、その道をこそ選ぶのが最短。
しかしそれを知らない花鳥とマーシアは、その道を保留にしてしまった。
当面の方針として、ひとまずは神聖法国を目指すことにしてしまったのである。
何より、妹との合流を第一に考えてしまったが為に。
そうして彼等は、神聖法国を目指す。
可愛い弟が魔王として奮起していることも知らず。
自分達が魔物を倒すことが、弟との敵対とも知らず。
旅路の中で出会う、少年が…
この先で会う少年が、自分達の弟の敵に当たるとは、全く思い至らずに。
「ところで、なんで私はアンタと一緒にいるのかしら」
「それは、此方に来る時にお前が俺の服を掴んでいたからではないか?」
「………気付いていたの」
「気付くだろう、普通。接触していたから、お前も俺に引き摺られてしまったんだろう」
「なんで、私の方に引き摺られなかったのかしら」
「この世界の、縁深い場所に落とされるのが『決まり』の様だが…」
「…ああ。私、特に縁深い場所ってないわ」
「それもあって、だろうな。まあ、俺と一緒で運が良かったと思っておけ」
そう断言する夫に、マーシアは呆れた目を向ける。
「…まあ、確かに心強いわ。魔物の相手とか」
一緒の場所に飛ばされたのは、確かに幸運だと。
自分の胸をそう納得させ、マーシアは花鳥と共に歩き続ける。
物悲しく、寂しい森の中。
嘗てと同じ旅の出発点を通過しながら…
花鳥は、可愛い弟へと的はずれな心配を寄せるのだった。




