ひとりぼっちのエーベルト
本を開いた時、鋭い閃光が目を焼いた。
一瞬で真っ白く染まる視界。
凄まじい耳鳴りの中、音という音の全てが聞こえなくなる。
平衡感覚が掴めない中、自分の背骨が全身がぐにゃりと曲がる様な感覚。
気持ち悪いと思ったのは、一瞬のことか数時間のことか…
自分を取り巻く時間の感覚さえなく。
全ての感覚という感覚が神経を焼く様で。
五感の全てを封じられた感覚は、実際にどれだけの時間を有したのか。
それもやはり、自分ではもう分からないことで。
ただ、ふわりと僅かな間だけ鼻を掠めた風の匂いが…
手足にまとわりつく、空気のねっとりとした重みが…
何だか懐かしいと感じた時には、全ての不思議な感覚は通り過ぎていた。
気付いていたら、終わっていた。
一体いつの間に終わっていたのかも、分からない。
だけど懐かしいと感じた感覚は本物の本当で。
それは間違っていなかったのだと、見開いた景色の中で不思議と確信していた。
見覚えがある様な、ない様な…そんな景色の中。
肌で感じる『魔力』の気配。
精霊が戦がせる風の、独特の空気。
世界を取り巻く雰囲気の、滴り落ちる様な濃い陰影。
無性に感じる懐かしさと、妙な感慨。
ああ、帰ってきたんだ。
二度と帰らないと思っていた、この世界に…--
そう思ってぐるりと周囲を見回して、エーベルトはあれと首を傾げた。
見回す景色の中、果てしなく続く緑。森。
自分が立っている場所は、小さく開けた森の空き地。
そんな場所にエーベルトは、何故か独りぼっちだった。
確かに妻と、義兄夫婦と共に旅立ったはずなのに。
なのに何故、今ここに自分は一人立っているのだろう?
軽い混乱と共に、エーベルトは愕然としていた。
し、してやられたあぁぁぁぁぁっ
誰にとは言わない。何がとも言わない。
だけど何故か義兄の画策が裏に潜んでいる様な気がした。
実際に、そんなことはないと分かっていながら。
それは多分、普段の行いの賜物というやつだった。
途方に暮れていても仕方がないと、エーベルトは歩き出す。
取り敢えず義弟を捜す前に、妻や義兄達と合流する算段を整えなくてはならない。
勿論、義弟の捜索も同時進行でするけれど。
もしも義兄達と再会した時、手掛かりの一つも掴んでいなければ…
「蹴られる。絶対に、蹴られる。地獄の果てまで蹴り飛ばされる」
それを思うだけで、恐ろしさに背筋が冷えていく。
身の危険。命の安否。
色々と考えることはある。
だけど何よりも先ず、義兄に蹴られない為。
エーベルトはたった一人、溜息をつきながら旅を再開した。
そうして、足の向いた先。
自分がこの世界を離れてから、10年が過ぎたことを知る。




