吸血鬼の十年前語り ~決戦☆魔王城・三つ巴~
何だか色々、酷いことになっています。
特に、先代魔王の扱いが。
お茶の時間に突如始まった、吸血鬼による10年前語り。
固唾を呑んで静聴する少年少女の前。
その内容はいよいよ、佳境とも言える局面に…
とうとう、勇者と魔王がぶつかり合う場面へと差し掛かろうとしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ええと、何処まで話しましたか…
そうです、勇者が108の中ボスを次々撃破したついでに、追い剥ぎしていた場面でしたね。
彼等は突貫駆けて容赦なく魔物を潰していく勇者二人を戦闘に、次々と強敵を屠りました。
主に、氷雪の勇者が。
そうしてとうとう、彼等は城の最上階…
そう、あの、魔物でも根性入れないと到達できない最上階・歴代魔王様の私室です。
あの地獄の階段をまともに足で登り、とうとうその高みへと辿り着いたのです。
ちなみにあの部屋で勇者を迎え撃つのは、歴代魔王様の慣習でもあります。
何代か前の知性派魔王様が、少しでも勇者を消耗させる為、敢えてあの部屋を決戦の場に選んだのが始まりだそうです。あの部屋に行くまでに、まともに体力が残っている相手も少ないですし…そこまで余裕を持って到達できる様な猛者でもなければ、魔王様の相手は務まらないということでもあります。
我々城の住民は、あの部屋まで素直に階段登っていきませんけどね。
テラスに立って声をかければ、適当に空を飛べる魔物が運んでくれますからねー。
私は、自前の羽で上り下りしていますけれど。
ん? なんです、ジャック。
この前、私が壁を垂直に歩いていた…ですって?
なんですか。それがどうかしましたか?
ほら、見なさい、ジャック。
魔王様もレイヤ嬢もさして驚いていませんよ。
貴方も早く、この城に慣れなくてはなりませんね。
ん? 常識が崩壊しそうで、怖い?
はっはっは。そんなことですか。
魔物の巣窟で、そんなことを考えるだけ、無駄ですよ?
え? 私は例外…ですか?
ははははは…そんなことありませんよー?
…我々魔物ですら、秘かにあの階段を悪魔の階段と呼んでいるのはご存知ですか?
アレを登り切るまでに、歴代勇者メンバーは目減りしていたり、満身創痍だったり。
とにかく、何かしらの損害を出しているのが常でした。
ですが、10年前の先代勇者一行は…
あの一行は、なんと無傷の疲労無しで辿り着いたのです。
もう、それだけで先代勇者一行の異端振り、規格外振りが分かりますよね。
それを知った魔物達も、本気で畏怖していましたからねー。
ん? どうしました、レイヤ嬢。
え。先代勇者一行のメンバーが気になる、ですか?
そうですね。この辺で先代勇者一行のメンバーを説明しておきましょうか。
…といっても、名前は知らないのですが。
ですが戦闘振りから、そのポジションや戦闘スタイルなど、色々推測できます。
偵察隊からの報告書もありますからね。
先代勇者一行は、六人の集団でした。
内二人が、先代勇者…それぞれ「煌めきの勇者」「氷雪の勇者」と呼ばれています。
その仲間四人の内訳は、以下の通りです。
・神殿騎士 男1名 常識と良識を持った苦労人。
・盗賊 女1名 容赦のない追い剥ぎ先導者。
・薬師 男1名 非戦闘員 怪我をしない仲間達の中で、常に手持ちぶさた。
・発明家 男1名 非戦闘員 仲間達を余所に、ひたすら好奇心のままに行動。
はい? なんですか、銀河様。
そのメンバー、色々おかしい気がする?
そうですね。
私もそう思います。
先代様も水晶玉で様子を見ながら、頭を抱えていたモノです。
なんで、メンバーの三分の一が非戦闘員なんだ…!と。
そもそも無駄なメンバーを入れる余裕があるのなら、魔法使いでも仲間にしろ、と。
魔法専門職が一人も居ない一行で魔王城に来るなど前代未聞だ、と。
魔法など無用、必要ないとばかりに容赦なく、凄まじい戦闘能力ではありましたが。
魔法がどうのとか以前に、問答無用で防護も強行突破されてしまいましたからね。
さて、当時の魔王様。即ち先代様ですけど。
魔王の城へと襲撃した勇者達に対し、最前線に出る訳にも行かず、まんじりとした状態のまま、私室でお待ち頂いていた訳なのですが。
それでも何もせずに待つなど、できない様でした。
先代様は水晶玉を使い、侵入が発覚してからずっと、勇者達の姿を透視していました。
その戦い振り、どう考えても闇サイド寄りの勇者の鬼畜振りを目にされて…感じるものがあられたようで。
ええ、しきりと強さと冷酷さに感心されていました。
--そう、仲間に引き入れたいと、お思いになるほどに。
まあ、当然ですよね。
精鋭であったはずの配下が、次々と呆気なく引き裂かれていくのですから。
部下を頼りないと思い、敵を侮れないと思う。
…侮れないどころか、欲しいとまで思わせる。
それを成した勇者を、魔王様は心身共に魔王の盟友として相応しいと思われたのです。
だから、先代様は私室へと到達した勇者に…氷雪の勇者に、まずお声掛けなさいました。
「勇者よ、貴様達の力量、見事である。そこでどうだ? 俺と手を組もうではないか。
さすれば世界を征服した後、貴様には世界の半ぶ………ぐふぉッ」
言いたかった台詞を最後まで言い切ることも叶わず、先代様は吹っ飛んでいきました。
その顔面に、数々の猛者を一撃で滅殺してきた、氷雪の勇者の跳び蹴りを受けて。
流石先代様は一撃で死ぬことなどありませんでしたが。
顔面に氷雪の勇者の蹴りをめり込ませたまま、座っていた椅子から後方へと吹っ飛び、ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃりと床を削り…やがて壁へと激突し、その身体は止まりました。
ええ、そうです、銀河様。
銀河様の指差されている、あの壁ですよ。
部屋のほぼ中央に魔王様の玉座があった事を考えると、物凄い距離ですよね。
蹴りを放った勇者は先代様の身体が止まった三秒後に、体勢も崩さず奇麗な姿勢で床へ着地。
しかしそのまま先代様に接近、その頭部をガンッと音がする強さで踏みつけました。
非道ですね。本当に彼は勇者なのでしょうか。
「なんだ、その台詞は。貴様はもう既に使い古された台詞しか吐けないのか? 今更そんな伝統など守られたところで、ネタの一つにもならんだろうが。独創性の欠片もない聞き飽きた台詞をわざわざ聞く為に、こんな辺境くんだりまで俺を来させたのか? このテンプレ魔王が…!!」
氷雪の勇者は何が気に障ったのか、凄まじい激昂を見せました。
彼が感情を荒げた所など、魔王城で戦う中でも今まで見せなかったモノです。
感情のままに先代様の頭部をグリグリと踏みにじる姿は、完全に悪役でした。
魔王様の体の下で、余程の負荷がかかったのかピシピシと床にヒビが入っていきます。
「い………っ」
「ん? 何だ、何か言いたいことがあるのか? テンプレ魔王め。そうやって床に這い蹲ったまま、言ってみろ。ただし気に障る内容だった場合、貴様は即刻私刑にしてやろう」
「い、いい加減に足をどけぬかあぁぁっ!!」
頭をグリグリされた先代様も、とうとう堪りかねた御様子。当然ですが。
先代様は弾かれた様に立ち上がり、頭に足を乗せていた勇者も跳ね上げられました。
ですが地に落とすことはできず、空中でキリキリと三回転。
そのまま元々勇者が立っていた位置…他の仲間達の側へと、奇麗に着地を決めました。
窓から一部始終を拝見していた私も、思わず感心してしまった程です。
「カトリさん…どっちが魔王かわからないよ」
「むしろカトリは大魔王、てことでいいんじゃない?」
もう一人の勇者と女盗賊がそう言っているのが、微かに聞こえました。
先代様はその言葉も侮辱と受け取り、更に顔を真っ赤にしてお怒りになります。
「貴様ら…甘い顔をしておればつけあがりおって。陣営に引き入れてやろうかと思うたが、もうよい。貴様等はこの場で、全力を以て血に染めてくれる」
「ふん…手緩い奴だ。良いだろう、俺も容赦はせん。其処の勇者を殺す前哨戦代わりに、テンプレ魔王から冥府に送ってやろう。ご希望通り、貴様の血で全身染め上がってからな!」
「そこでなんで俺が真の敵みたいな言い方になってるんですか! 味方の筈なのにちっとも心休まらなくて恐いんですけど。隙あらば虎視眈々と俺を狙うの、止めてくれません!?」
上から順に、その時の先代様・氷雪の勇者・煌めきの勇者の言葉です。
中々に混沌とした決戦の場で、一番邪悪に見えたのは何故か氷雪の勇者でした。
そうして戦いはそのまま、何故か三つ巴の様相を呈し始めたのです。
原因はズバリ言いますと、氷雪の勇者でした。
勇者二人で先代様と対決している筈なのに、何故か攻撃の合間合間に相方たる煌めきの勇者へと、氷雪の勇者が躊躇も容赦もない攻撃を何度も繰り出していたのです。
煌めきの勇者の方も、何故かそれを予測していた様で。
時に避け、時に弾き、時に反撃を加えている間に、何故か流れが三つ巴に…
「いたっ カトリさん、今本気で俺のこと、消しにかかってましたね!?」
「チッ…擦っただけか。ふん。運の良い奴め」
「幾ら何でも首を一直線に狙ってくるのは、あからさますぎるから!!」
「勇者共が…この魔王を相手に戯れを見せるとは良い度胸だ!」
「ほら、カトリさん! そんな場合じゃないでしょ、魔王が来ますよ」
「チッ…次に回すか。次は足の腱でも狙って、動けなくしてから…」
「ボソッと恐いこと言わなかった!?」
「気のせいだろう」
…いえ、何だかメインは勇者同士の仲間割れ、という感じになっていました。
「お義兄さん! 妹さんを俺に下さい!!」
「貴様っ このどさくさに紛れて何を言っている!?」
「ええぃっ 勇者共め! 貴様等こそ、何のつもりだ!!?」
「魔王…俺達は今、大事な話をしているんだ!」
「大事な話なら此処でせず、落ち着いた場所でやっておくべきだろう!?」
「「テンプレ魔王は黙ってろ!」」
そんな風に、先代様を差し置いて罵り合う勇者達。
ですがそれでも、剣の技は冴えわたり、油断なく立ち回る様は見事でした。
先代様も、二人がかりで次第に押され…防戦一方になるのに、時はかかりませんでした。
何しろ、勇者の仲間達でさえ、巻き添えを恐れて遠巻きにしていましたから。
それ程の勢いに巻き込まれ、場は正に混戦。
「俺は弟妹を惑わす愚昧な輩は根刮ぎ残らず撲滅する主義だ」
「それ、最終的には荒れ野しか残らない様な、凄まじい危険思想に思えるんですけど!?」
「ふん。元より、妹には俺を倒し、乗り越えられる相手しか認めるつもりはない。この俺の妨害で滅ぶ様なら、それはそこまでの器だったということだろう。妹には相応しくないな」
「それはつまり、カトリさんを倒せる力量を示したら、交際を許してくれるってことで…?」
「だが俺は、俺を倒そうと向かってくる相手は、持てる全てで徹底的に殲滅する所存だ」
「それって結局、気にくわないから全部殺すってことじゃないか!!」
「貴様等! 何度も言うが、そんな話は余所でやれ!!」
--何度も言います、その場は完全にカオスでした。
ええ、煌めきの勇者もいつしか吹っ切れたらしく。
最早隠す気もなく、大胆に氷雪の勇者の背後を狙っていました。
互いに魔王の前、仲間割れに攻撃し合うという…
なんとも世にも珍しい勇者コンビを見たのは、私も生まれて初めてのことでした。
どんなに気にくわない相手でも、こんな時には共闘するでしょうに…
あの二人は、そんな土壇場になって何故か、先代様よりも互いを殴ることに熱中しました。
そうして結局、戦いが終わるまでずっと、互いに文句を口にしていました。
勇者二人は、先代様との戦いよりも互いに傷つけ合った損傷の方が多く。
先代魔王様も二人の仲間割れの巻き添えに近い、無惨にも哀れな最期を迎えられ…
あまりにもあんまりな最期に、多くの者が口を噤むべきかと互いに様子を窺う中。
私はあまりにも衝撃的で新鮮な「魔王の最期」に、心が色々な意味で震えました。
そうして、この心情を誰かと分かち合いたいという衝動を抑えきれず…
はい。そうです。
ざっと350名ほどに喋りましたかねー…魔物・人間合わせて、ですけど。
そうしてしまうくらい、思わず語りぐさにしてしまうくらいだったんです。
魔物として生きた、この800年。魔王城に仕え初めて500年。
こんな最期を迎えられた魔王様というのは、本当に先代様だけだったんです。
これは喋らずには居られないでしょう。
ちなみに勇者二人の決着は城ではつかず、殺死合いは場所を場外に移しました。
それというのも、これ以上城内で戦い続けたら城が崩壊する。
自分達が崩落に巻き込まれて死ぬ、と勇者一行の方々から苦情が出まして。
氷雪の勇者は「自己責任で何とかしろ」と言っていましたが、最終的に渋々と折れ…
場所を移したのが…窓をご覧下さい?
私の指差す先に、大きな瓢箪型の湖が見えますか?
そうです。あの、森と荒野の境にある…大きな、大きな湖です。
大小二つの大きな円形をずらして重ねた形の。
アレが勇者二人の決闘跡になります。
10年前は、彼処も平淡な場所だったんですけどねー…
その後、噂で氷雪の勇者の妹君…神聖法国の巫女姫が勇者と正式に婚約したと聞きます。
なので決闘は、結果的に煌めきの勇者が勝ち残ったと言うことでしょう。
決闘の間、私達魔物は恐怖のあまり、一歩も城から出られませんでした。
実際に見届けては居ませんが、窓から見えた凄まじい閃光だけで一杯一杯です。
え? なんですか、レイヤ嬢。
本当にその勇者達、人間か…ですか?
そんなモノ、私達が…当時、城にいた魔物こそが聞きたいですよ。
あんな鬼みたいな勇者と、それに勝ってしまった勇者。
化け物としか思えない勇者二人のその後は、一切話に聞きませんが…
どうか遠いところで、私達とは関わりなくいてほしいですね。
取り敢えず二度と会いたくない。
それが私達魔物一同の素直な感想です。
え、仇?
そんな…とてもじゃありませんが、とりきれません。
挑んだ時点で殺されますからね。
私達は「触らぬ神に祟りなし」という、古代の言い伝えに遵守することにしたのです。
ですので、再び勇者として立ちはだかった時には…
その時には、恐ろしいので皆で逃げましょうね、銀河様。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
まさかその恐ろしい鬼が、再びこの世界に解き放たれたとは露知らず。
すっかり消息の聞こえなくなった勇者の再訪を戦々恐々としながらも…
避けられない再会が待っていることを知らずに、魔王城の面々は苦笑いを浮かべていた。
その気分は、何やら真夏の怪談で肝を冷やした時に…とても、良く似ていた。




