5.ジャックと魔王は巨像の影で
僕の見たところ、至近距離で見た「その子」は、小学生くらいに見えた。
小柄な身体は、もしかしたら年齢よりも幼く見せているのかも知れないけれど。
それでもきっと、彼は年端もいかない子供の範疇にはいると思う。
それだけで物凄く、保護しなくちゃって気持ちになった。
僕は、自分で言うのも何だけど、結構子供が好きだから。
僕の家族は、十年くらい兄と姉がいるだけ。最近、2倍に増えたけど。
末っ子で、庇護の対象として上の兄妹に滅茶苦茶溺愛されてたと思う。
幼くして両親を亡くした哀れさってのもあったんだろうけどね。
とにかく、そんな生育環境だったから、自然と思う様になったんだ。
自分よりも年若い、幼い子供は絶対的な庇護の対象になるんだって。
自分よりも弱い対象は、守ってあげるのが「おにいさん」の役目なんだって。
僕自身は末っ子で、弟妹は居ないけど。
それでも他所の子でも、小さい子供は守ってあげたくなるんだ。
きっと、本当は弟や妹がいるってのに憧れるからだろうね。
僕はきっと、自分にも守る対象がほしかったんだ。
僕を守って育ててくれた、兄さんや姉さんみたいに。
あの二人に憧れて、あの二人みたいになりたい。
「いいおにいさん」に、僕もなってみたい。
「誰か」を… 例えるなら今は魔物だけど、「誰か」を守ってみたい。
そんな気持ちが、自然と僕を育ててくれたから。
僕は、守られるべきを見ると、力になってあげたくてならないんだ。
特に目の前の子みたいに… 怯えて、緊張と恐怖に強張った表情をしていたら、尚のこと。
僕は自分でもどうしようもなく、彼を慰めてあげたいと思った。
そのくらい、してもいいよね?
僕、魔王だけどさ。
既に今更ではあるが、魔王の魔王らしからぬ相応しくない思考回路。
それでも銀河は気にしない。
だって本人も、自分がテンプレ魔王には絶対になれないことを自覚していたから。
テンプレっぽく振る舞うには、絶対的に適正が足りなかった。
うん。性格的に向いていない。
悪役が性格的に向いていない魔王は、黙り込んだ子供におろおろしていた。
子供が周囲をしきりと気にしているのにも気付いたので、子供に付き合う気持ちで、ひょいっと巨像の影に銀河も身を隠す。
そうやって橋の真ん中、巨像の影で。
小さな少年と魔王は、真面目な顔で向かい合っていた。
残念ながら、そんな二人を茶化す吸血鬼も、不足がちなツッコミも此処には居ない。
「大丈夫? どこか、具合でも…?」
青ざめた顔で、銀河の視線を避ける様に俯く子供。
屈み込んで視線を合わせていた銀河は、恐る恐ると子供に手を差しのばす。
「だ、大丈夫。それより、おにいさん…お兄さんは、何者なの?」
緊張に強張った子供の声は、カラカラに乾いて掠れていた。
ああ、警戒されているな。
素直に受け止めて、それでも銀河は歩み寄りたいと思った。
子供にとって、余計なお世話かも…とは思ったけれど。
それでも、親切にしたいと思ったから。
「僕? 僕は、如月 銀河だけど…」
「きさらぎ、ぎんが…?」
多分、少年の聞きたいこととは内容がずれているだろうなと、銀河は分かっていた。
それでも、銀河はまさか「自分は魔王です」とも名乗れず、敢えて名前だけを告げる。
怯えた子供の何者という誰何に素直に答えられるほど、まだ銀河は図太くなれない。
子供は肩書きではなく名前だけを告げた魔王に何か思うところでもあったのだろうか。
それとも、魔王の子供を労る温かい気持ちが通じたのだろうか。
何かしら考え込む様な、縋る様な目を銀河へと向ける。
本人は、きっと無意識だろうけれど。
「お兄さんは、魔物には見えないね」
「…確かに、魔物ではないけれど」
魔物ではないけれど、魔王です。
正直に告げるには、子供の顔が真面目に思い詰めすぎていた。
もしも此処に愉快犯疑惑濃厚な吸血鬼でもいれば、また違ったのだろうけれど。
「そうだよね。魔物が、人間の姿をして…まして、優しい声をかけてくれるなんて」
そんなこと、有り得ないよねと自嘲めいた笑みの子供。
大人びた子供の仕草と、銀河への疑いの抜けた、力のない笑み。
それを見ながら、銀河は内心で乾いた笑みを浮かべていた。
--いや、結構いるけどね? 人間みたいな姿の魔物って。
脳裏に煌めくのは、勿論輝く瞳の妖怪吸血鬼。瞳も眩しい(物理的に)クリュスさんだ。
だけど銀河は黙っていた。
重く押し黙り、ふわっとした笑みで柔らかく受け流す。
ただ今、彼の脳裏にデカデカと浮かんで点灯していた言葉は単純明快。
「言わぬが花」の一言だ。
銀河は時として黙っていた方が良い状況があることを知った。
正直さの美徳が必ずしも正しい訳ではないと知った。
銀河は一つ賢くなった。
…何となく、彼の脳裏でそんなナレーションが流れていた。
真面目な顔をして脳内で訳の分からないことを考えている銀河。
しかし押し黙る彼に何やら訳ありな空気を察したのだろう。
その「訳」はきっと子供の想像するモノとは178度ほど、懸け離れていたけれど。
そんなこと知る訳もないから、子供は期待する様な不安げな目を向けてくるのだ。
「もしかして、お兄さん。お兄さんも、魔王の城に囚われて…そして、逃げてきたの?」
「僕………も」
「うん」
「それって、つまり?」
「うん。僕は…魔王の城に、用があってきたんだ。大事な大事な、命がけの用が…」
--あれぇ? これってどういう状況、どんな訳?
何となく噛み合わない会話の中、何となく状況が見えてきた気がした。
何しろ銀河は、この魔王の城の中ではちゃんと空気を読んで発言できるよゐこだったので。
「ねえ、お兄さん。お兄さんが魔王の城から逃げてきたばかりなら、とても悪いんだけど…お願いします。僕にできるなら、なんだってやるよ。だから、僕に魔王の城への侵入方法を教えて!」
「………えーと、(どうしよう)」
少年よ、お前が今懇願している相手が、その当の城の主だ。
残念なことに、それをズバリと言えるモノが、この場にはいなかった。
当の本人、銀河を除いて。
銀河は、自分の笑顔が固まっているのを感じた。
何だか面倒なお願いをされる中、どうしようかと困ってしまう。
--ここは、もう真っ当真正直に、正面からいっちゃ駄目かな…。
素直に自分を信じる子羊を前に、銀河はどうしようかと思い悩む。
だけど残念なことに、銀河は手っ取り早い手段を選ぼうとしていた。
理解能力の範疇を越えて、子供の頭がパーンッとなるまで…あと10分。
子供に与えられた時間的な猶予は、あんまり無かった。




