2.城 → ジャック → 門番の困惑
森を駆け抜けた先には、暗く閉ざされ、底の見えない闇。
考えるまでもなく、落ちたら絶望的な谷が広がっていた。
うん。死ねる。
普通に落ちただけでショック死できそう。
千尋の谷って聞くけど、千どころか億はありそう。
ライオンだって、こんな谷から落とされたらたまらないだろうな…。
話には、聞いていたんだ。
魔王の城を取り巻くのは、堀ではなく…崖。
天然の険しい崖から生える様に、魔王の城は建っている。
…底なし谷から突き出し、更に遙か天をつく城。
この城は一体、どれだけ大きいんだろう。
まるで、巨人か怪獣のお城の様。
実際に、魔物には巨人も怪獣もいるらしいけれど。
どんな大きな魔物が中にいてもおかしくない。
どれだけの巨体でも悠々と内包していそうな、計り知れない大きさ。
他の城なんて見たことないし、お城の規模の相場なんて知らないけど。
なんとなく、この城が規格外というか…常識外れなんだろうなってのは分かる。
だって、魔王の城だし。
城をぐるりと取り巻く、天然の障壁「崖」。
死の森と噂される魔物満載の森を抜けた先に広がるそれは、僕の鼓動を狂わせる。
ばくばくと、嫌な音が内側から響いてくるんだ。
森の途絶えた先の、崖までの空白。
其処に出てしまえば、僕みたいなちっぽけで小さな身体でも、すぐに見つかる。
更にその先に続いている道が、僕に痛いくらいの緊張を感じさせるんだ。
だって、橋が架かってる。
魔王の城へ続く、唯一の地上からの入り口と言われている、それ。
城の正面入り口に続くのは、横幅だけで僕達の村の5倍はありそうな、広大な橋。
まさに、巨大というより「広大」。
それが真っ直ぐに城まで続いて居るんだけど…
距離は、そんなに長いとは思えない。
この森を駆け抜けた僕の感覚は、狂っているかもしれないけど。
多分、3から5㎞? くらい?
距離の正確な長さなんて分からないけど。
10年前に村に立ち寄った、先代魔王を倒した勇者様。
その人が村に伝えた「距離」で考えると、そんな感じ。
そんな感じの橋が、視界を阻む物もなく、見通しの良さで全貌を晒している。
橋の先の大門には、門番…番獣? 番魔物? がいるって噂なのに。
僕が身を隠せそうな物は、100m位の感覚で置かれた巨像くらいしかないよ。
…あの巨像、なんなんだろう。
今にも動き出しそうなリアルさで。
多分、飾りなんだろうとは思うんだけど。
何故だか今にも動き出しそうなリアルさが、僕の緊張を高める。
本当に動き出したり、しないよね?
動いて襲ってきたり、しないよね?
やっぱり10年前の勇者様が伝えたって言う、胸を厚くする様な冒険譚。
村の子供に繰り返し、その話を大人が教えてくれるんだけど…
その中に出てきた逸話が、巨像が襲ってくる幻想を僕に与える。
勇者様のお話だと、大きな石像が動き出すのは「てっぱん」なんだって。
でも、それって現実のお話なのかなぁ…?
だけど此処は魔王の城。
巨像の一つや二つ…むしろ百、二百?
動き出しても不自然じゃない様な気が、僕にはしたんだ。
結果的に言ってしまえば、巨像は動きませんでした。
巨像は動かなかったワケだけど。
動かないからって、隠れ場所に適してるワケじゃない。
僕はバクバクと落ち着かない心臓を誤魔化しながら、一所懸命。
お城を目指して、なんとか身を隠し隠し、大門に近づく訳です。
門番が目を逸らした隙とか、何かの切欠とか、窺いながら。
巨像と巨像の間を一気に走り抜けるのは、とっても大変だけど。
でも目的に着実に一歩一歩、近づいてる。
それが更に僕の心を不安定にしていくワケだけど。
差し当たって、大門の門番…どうしよう。
考えようにも答えのでない問題に。
考えようが無くて先送りにしている問題に。
僕の心臓は張り裂けそうだった。
所変わって、此処は大門の前。
此処には犀の様な外見をベースにした異形が二頭。
魔物の門番さんです。
そしてしなやかな身体を横たわらせ、三つ首を重たく擡げる巨犬が一頭。
魔王城の番犬、ケルベロス(仮名)さん。
三頭の魔物は仲良く退屈な門衛という仕事を訳あっていた訳ですが…
彼等は今、一様に困惑の表情を浮かべていた。
分かりやすく、困っていた。
顔を見合わせ、魔物達は魔物達にしか分からない言葉で意見を交わす。
「アレ、どうする?」
「どうするて。お前、どう思う?」
「なんで俺に聞くんですか。此処は一番先輩のケル様にご意見を窺うべきでしょ」
「俺も困ってるんだけどなぁ…」
「どうするにも、どうしようにも。俺等で対応していいもんか」
「しかし、あんなにちっちゃくてなぁ」
「ああ。まるで子ネズミみたいで、可哀想になってくるのは何故なんだ」
「ちょろちょろと、前なら鬱陶しく思ってるところだ」
「だが、小さく懸命なモノは、なんか労りたくなる」
「「「これも、魔王様の影響なんだろうな」」」
魔物という生き物は、魔王が居る間はその精神の影響を受けやすくなる。
そも、魔物という種全体に、魔王の意思は伝播していく仕組みとなっている。
だからこそ魔物は魔王に忠誠を誓い、今までは一丸となって動いていた。
その統率の取れた動きで、人間を苦しめた。
だが、今は…
平和とお茶の時間をこよなく愛する優しい魔王、銀河。
彼が魔物にもたらした影響と、それに伴う変革。
その大きな変化は、この世界の誰にとっても計り知れない。
そう、当の魔物達に取ってさえ。
以前なら容易くぷちっと潰していた小者を、どうして良いのか戸惑うくらいに。
どう扱うのが適正なんだろう。
頑張って身を隠そうとして隠しきれず、近づいて隠れているのがバレバレな子。
少年ジャックの存在は、魔物達を困惑させる。
魔王はとてもお優しい方で。
小さな生命にも慈愛を向けるから。
もしかしたらアレを潰したら、魔王様が悲しむかもしれない。
門番としてはあるまじきことだけど。
そう思うと、どの魔物も身じろぎすらできず。
動くことのできないまま、彼等はジャックの接近を見守った。
やがてジャックが隠れたまま近づかなくなると、今度は泣きそうな気分になる。
どうしよう、この状況。
場の変化をもたらす救世主の光臨を、魔物達は切に願った。
「おい。本当にどうする」
「どうするって。こうなったら、もうアレしかないだろ」
「アレ?」
「ああ、アレだ」
「アレって何だよ」
「アレは、アレだ…」
「おい。誰か魔王様にご意見賜って来いよ」
隣の小窓から、大門の内部にある門衛詰め所へと門番が声をかける。
窓の内側から様子を窺い、此方も困っていた詰め所の門衛達。
彼等は状況の打開を求め、我先にと魔王へのご意見伺いに疾駆した。
こうしてジャックの緊張と、門番達の困惑の中。
魔王城の最奥にいるべき魔王様にはあるまじきことですが。
魔王が城の門前へと光臨する流れとなったのです。




