魔王専用魔導書のススメ
何故かクリュスさんが隠し持っていた、魔王専用という「リシィの魔導書」
ちなみに「リシィ」とは、魔導書を造る際に贄として捧げられた少女の名だという。
親切心全開で事細かに解説を行う吸血鬼だったが、そんな説明はむしろいらなかったと銀河とレイヤ両名はげんなりとした顔で心中呟いていた。
手にしっとりと馴染むのに、何故かビリビリと肌に染みいる痺れ。
この、手に持つだけで感じる緊張感。
何から何まで、祖父の遺品置き場で見つけた本にそっくりで。
恐る恐る、銀河は吸血鬼に尋ねてみた。
「魔王専用、魔導書って何ですか…?」
「銀河様にしか扱えない、銀河様の為だけに存在する魔導書です。どうぞ中をご覧下さい」
「え…」
また、本を開いた途端に別の世界に吹っ飛ばされたりしないだろうか。
銀河は恐怖に手を振るわせながら、おっかなびっくり本を開く。
…と、何だか拍子抜けしてしまった。
「? クリュスさん、これ、真っ白ですよ」
しかも全ページ。
「はい。その魔導書は銀河様、貴方様が中身を記していくことになるのですから」
「でも、代々の魔王専用って、言ってませんでした」
「言いました。その魔導書は、次代の魔王様の手に渡った瞬間に中身がリセットされる仕様となっております。完・全・オリジナル! 正に銀河様の銀河様による、銀河様の為の魔導書! 銀河様専用の魔法が記すされていくことになる代々の魔王様の至宝! 逆に言えば、この本がなければ魔王様は新しい魔法を創ることができません!! つまり、これを使いこなせなければ、折角の魔法特性が無駄なことに!」
「ええぇぇぇぇ!?」
ビックリしたあまり、銀河の手から魔導書がぼとっと落ちた。
「魔王の魔法って、そんな仕様になってたんですか!?」
「現に銀河様とて、現時点で魔法がお使いになれないでしょう?」
「確かに、使えませんけど。勉強は教えてくれていたから、その内できる様になるものと…」
「何を仰るのですか。魔王様がそんじょそこらの魔導師が使う魔法を使う訳がありません。代々の魔王様方は、自分で自分にしか使えない魔王専用の魔法を開発なさってましたよ」
「確かに、普通に魔王がその辺の魔法を使ってたら興醒めかも知れないけど…」
言いつつ、銀河は脳内でちょっと想像してみた。
脳裏に幾つか浮かぶ、日本の有名RPGを参考に。
「……………」
何となく考えてみて、銀河自身、しっくりこないと感じる。
そしてそのまま、クリュスに言いくるめられて納得してしまった。
ああ、そうか。
自分の使うことになる魔法は、自分で創っていくことになるのかと。
それは言ってみれば、自分の想像通り、思いのまま魔法が創れると言うことで。
想像力の赴くまま、イメージすることさえできれば、どんな魔法でも好き勝手に創れるとの吸血鬼の一言もあり、銀河は俄然、張り切ってしまった。
勿論、当初の予定であったレイヤへのフォローも忘れていなかったのだが。
「という訳で、使用方法をご説明します」
「って、クリュスさんが利用案内するの?」
「クリュスさん、取説みたいですね」
「どうも、取扱説明書クリュス1号です」
「2号もいるの?」
「2号はただ今、分店の方に出張中で御座います」
「え、本当にいるの!? って、分店って何処!?」
「それはご想像にお任せ致します」
畏まって一礼し、吸血鬼は説明を開始した。
どこからともなく取り出した、黒板を前に。
その姿は何故か、銀河には色男の新任教師(白衣・眼鏡着用)の様に見えた。
ただし、黒板は本当に黒いだけの只の板。
キリッと顔を凛々しく引き締めたクリュスの服装も、その辺の貴族と替わらない。
手に持っているのはポインターではなく、乗馬用の鞭という始末。
本当に、何がしたいのか、クリュスさん。
「クリュスさん、何がしたいんですか?」
「銀河様の仰っていた、「ガッコウノジュギョウ」とやらを参考に整えてみました」
無駄に目をキラキラと、期待に輝かせるクリュスさん。
その瞳が、誉めてと尻尾を振る柴犬を連想させる。
外見のイメージは、柴犬よりもむしろ黒豹に近い気がしたが。
「いかがです、銀河様? お懐かしい感じですか?」
どうやら吸血鬼、偶に郷愁を匂わせる銀河を案じ、喜ばせようと思ってのこと。
「そうですね…」
幾ばくか逡巡するが、銀河はにこりと温かな微笑みを浮かべた。
とても柔らかな、仏様の様な笑顔だった。
「…とても、良い感じだと思います」
心優しく、他者を思いやる少年、如月銀河15歳。
彼は時として、空気を読んで自分の思ったことを言わない気遣いのできる少年だった。
空気を読んだ銀河がツッコミを入れなかった為、吸血鬼の説明は微妙な空気のまま続いた。
「それでは先ず、魔導書の使用に当たり、魔導書との契約から始めましょう」
「契約? 魔導書と?」
「はい。正式に魔導書の主となり、魔導書の魔力を解放するのに必要な儀式となります」
「儀式…、契約………」
何とも心を擽る素敵ワードの連続に、銀河の瞳がぶわっっと輝いた。
吸血鬼と村娘の、かつて見たこともない輝きだった。
銀河の反応に目を見張る二人には気付かず、銀河は頬を染めて興奮を示す。
彼だって、中学生の男の子。おまけに、兄は作家。
ファンタジーの類は、結構好きな方だ。
「うわぁうわぁ! 魔法を使えるってだけでも素敵なのに、なんだか特別な感じがしますね!」
「いえ、特別な感じも何も、銀河様は存在なさっているだけで特別なのですが…」
銀河のはしゃぎっぷりに、吸血鬼が若干戸惑いの目を向ける。
「銀河が…銀河が、はしゃいでる」
「15歳という年相応のお姿、初めて拝見する様な…」
普段どれだけ落ち着いて見えているのか、年相応に喜ぶ銀河の姿に、二人は呆然としていた。
心なしか普段よりも幾らか調子の高い声で、銀河はわしっと吸血鬼の手を掴みつつ問うた。
「それで、クリュスさん!」
「は、はいっ!!」
「魔導書との契約って、どうやるんですか!?」
「あ、はい…。それでは、ご説明に入ります」
いつもと勝手の違う魔王の姿に戸惑いながら、吸血鬼は説明を開始した。
ちなみに折角用意した「黒板」と乗馬用の鞭は放置されていた。
「それでは、魔導書の表紙を開いてみてください」
「はい」
言われた通りに銀河はページを開くが、其処にはやはり白紙。
どうするんだろうと、胸をドキドキさせながら銀河はクリュスをガン見している。
「中表紙の端に、小さな紋章がありますね」
「これですか?」
白紙の隅に、ぽつんと飾りの様な文様。
「その上に手の平を起き、中指で連続2回、軽くタッチして下さい」
言われた通りに行動しつつ、銀河はなにやら動作に既視感を感じる。
何だろうと暫し考えて思い至ったのは…
「ダブルクリック?」
膨らんだ期待が、ちょっとだけ音を立てながら崩壊し始めるのを感じた。
ダブルクリック(笑)を行うと、ページにふわりと文字が浮き出てくる。
ページの中央から、まるで羽根の様な軽やかさで、文字が宙に舞う。
そうして銀河の前、丁度目の高さに文字が並んで文章となった。
「うわぁ…!」
ちょっとだけ崩壊した期待が、瞬時に修復される。
目を輝かせる銀河に苦笑しながら、吸血鬼が続けた。
「それでは、浮き上がった文字列をじっくりとよくお読み下さい。その文字は魔王陛下にしか判読できない魔法がかかっておりますので、私達には読むことができませんので」
「はい」
何度もこくこくと頷きながら、銀河は期待たっぷりに文字を読み始め…
「………利用規約?」
また、期待が崩壊していく微かな音がした。
何となく予想と違うモノを感じながら、取り敢えず最後まで読み切る。
読み切った当たりで、期待は八割が消滅していた。
「………」
そのまま、説明文の指示に従い、再びダブルクリック。
すると今度は、ページそのものに文字が浮き上がってきた。
「ご利用、契約書…」
「ページの1枚目に契約書と記名欄が出てきましたね? それではそこに、書名と捺印をお願いします。あ、捺印は魔王印でお願いしますね」
「しょめい、なついん…。魔王印って、アレですか?」
「アレです」
確認してみると、吸血鬼が頷いたので。
既にやる気の大概を失いながらも、銀河はポケットに手を突っ込んだ。
出てきたモノは、何もせずとも勝手にポケット常備されている、謎の印鑑「魔王の証」。
「何それ」
魔王の証を初めて見たレイヤが、こてんと首を傾げる。
それに応える銀河の声は、投げ槍でも簡潔だった。
「玉璽」
「ぎょくじ…って、え?」
「うん、だから、玉璽。魔王の」
「それが…その、ちっぽけなのが?」
「うん。これが」
銀河が手の平で転がすのは、どう見ても立派でも荘厳でもない、印鑑サイズの何か。
変わったことがあるとすれば、材質不明であることと、印字が「魔王」であることくらい。
「えー………これが玉璽って、えぇー?」
「うん。僕もそんな感じ」
持ち主にとっても不服ではあったが、それは間違いなく、魔王の玉璽であった。
インクを付けていないのに使えるので、微妙にシャチハタ臭いものだったが。
銀河は一度高まった期待が何だかんだで木っ端微塵に打ち砕かれ、打ち拉がれている。
最早、書名も捺印も無言で行う、その姿。
この城で生きていくのに、過剰な期待は禁物だと。
そう胸に刻んだのは、銀河ではなく、彼を見守るレイヤの方であった。




