奇怪なコック、ライゲスさん
魔王の城には、数多くの魔物が存在する。
その食料を個々で用意するとなると、近隣の森が大変なことになるだろう。
魔王の城には立派な食堂があり、魔物の料理人達が腕を振るっている。
そんな中、魔王銀河の食卓を一手に担うのは、料理人達の頂点に立つ存在。
魔物のコック長、異形のライゲスだった。
レイヤから解放された子竜は、怯えの眼差しで銀河の腕に飛び込んだ。
余程怖かったのか、銀河の胸に顔を擦りつけて賢明に甘えてくる。
「きゅい、きゅいっ」
「よしよし、ご免ね。守ってあげなくて」
あげられなくて、ではなくあげなくて。
その故意を含む物言いに、赤ちゃん子竜は気付かない。
「朝から騒いだら、お腹減っちゃった。銀河、御飯にしましょ」
「あ、未だ食べてなかったんだね。先に食べても良かったのに」
「居候が、家主より先に食べる訳にはいかないでしょ」
「変なところで律儀なんだから」
「きゅ?」
御飯という言葉に反応したのか、不思議そうな顔で銀河を見上げる子竜。
心なしか、その目が輝いている。
育ち盛り食べ盛りの子竜にとって、御飯という言葉は魅力的すぎた。
「ん? 梅千代も何か食べたい?」
「きゅ!」
「じゃあ、一緒に何か食べようか。ライゲスさんに頼めば、何か出してくれるかな」
よしよしと手で撫で回して宥めながら、一行はゆっくりと魔王の食卓へ向かう。
魔王たる銀河は雑多な食堂などではなく、専用の食事室を持っている。
本当は、銀河一人の為の食事室ではあるのだが…
しかし彼等はいつも一緒に食事を取る。
人間のレイヤまで食卓を共にするのは魔王として異例のことだが、彼等は和気藹々と楽しい食卓を毎日囲んでいる。クリュスとて高位の魔物なので、望めば自室まで料理を運ばせることも可能だ。しかしそれをせず、銀河に付き従って共に食事を取るのは、それが快いからに他ならない。
「へぇ? うめちよ? 変わった名前を付けたのね、銀河」
「長生きしそうで素敵でしょ?」
「いや、私には意味が解らないから…」
「後でどんな字を使うのか、意味も含めて教えてあげるよ」
「うわー…」
彼等は空腹を抱え、食事室に向かった。
食事室には、いつだってライゲスが待ちかまえている。
その風貌は一言で表すならば異形。
のっぺりつるっとした質感の顔はまるで生き物とは思えず、顔面の半分を占める大きくきょろっとした瞳といい、それを取り巻く奇怪な文様といい、まるで仮面の様だ。
頭部からにょろにょろと生えた触手はメデューサを連想させて、踊る様に蠢いている。実際にその表面は小さな鱗に覆われていて、擦れ合うたびにガラガラと音がしている。物凄く、蛇っぽい。
胴体は上半身のみ、人間に似ているかも知れない。
しかし腕は肩から腕にかけて分厚く太く、異様に長い。その腕を足代わりに移動するのだから、長くて当然かもしれない。だが、見ている方は思わずぞっとする異質さがあった。
人間と更に大きく違うのは、何と言っても下半身だろう。顔面はまだ仮面を被っている様に見えなくもないが、下半身は異形であることを誤魔化せない。
きゅっとくびれた腰部から生えているのは、足ではなく、無数の細い触手なのだから。
頭から生えた触手は蛇の様であったが、こちらは同じ触手でも、なんとなく海洋生物っぽい。具体的に言うなら、なんとなく烏賊っぽい。その触手を用いて複数の工程を同時進行させながら料理をしているのだから、彼は本当に器用だというしかないだろう。
そんな異様な、ライゲスさん。
人間とは懸け離れた風貌及び生態のライゲスさん。
常に表情筋のない顔で、じっと無言のまま見つめてくるライゲスさん。
つまり、何が言いたいのかというと。
怖い。
ライゲスさんの風貌は、真に恐ろしい。人間に異質な物へ対する恐怖を呼び起こす恐ろしさだ。人間に近しい美的感覚を持つモノならば、誰もが同意するだろう。
ライゲスさんの姿は、本能的な恐怖を感じさせると。
しかし何だかんだで図太い面々しかいない魔王城で、既に彼を恐れる者はいなかった。
銀河は対面した途端に硬直し、暫くは動けなかった。
だが、解凍した後は普段通りの柔和な笑みで、普通に接していた。
過酷な牢暮らしを経験したレイヤなどは、初対面に鼻で笑って無反応だったぐらいだ。
そんな彼等の中の、新たな仲間…子竜の梅千代。
「きゅっ…きゅうううううぅぅぅぅぅ!!」
「え!? なに、どうした!」
ライゲスさん待ち受ける食事室で、銀河はライゲスさんに子竜を紹介しようとした。
つまり、ライゲスさんの眼前に子竜の顔を突きつけたのである。
子竜の頭部程もある、感情の見えない瞳とまともに視線の合ってしまった梅千代。
途端、火のついた様に悲鳴を上げて泣き出し、レイヤに掴まれた時以上に死に物狂いとなって逃亡を図っている。それも、銀河に掴まれているので功を奏してはいないが。
怖がっていた。子竜は、命の危機を感じるレベルで怖がっていた。
お前、同じ魔物じゃんとかいうツッコミをしてはいけない。
時としてライゲスさんののっぺりした顔は、同じ魔物を本気で泣かす。
それが今回も適用されてしまったのである。
「きゅうっきゅうぅっ」
幼い子竜は、銀河の体をよじ登って必死に逃げようとしている。
困り顔の銀河は、子竜を抱きしめて逃亡阻止しつつ、申し訳なさそうにライゲスを見た。
「ご、ごめんなさい。ライゲスさん…梅千代は未だ幼いんです。許してやってくれますか?」
誠意を見せて、ペットの代わりに頭を下げる飼い主、銀河。
それに対するライゲスの反応は…
『………………』
無言。
ライゲスには、実は口はない。
それでどうやって料理してんだよ。味付けは適当なのかよ。
…と、関係諸氏は常々不思議に思っているが、ないものはないので仕方あるまい。
体を維持するのに必要な栄養素は光合成と、頭部の触手で生物から吸収している。
会話の類は、頭部の触手が立てる音で成立させているらしいのだが…
残念なことに、その言語を銀河は解読することができない。
なので、今回もライゲスの気持ちが銀河には計り知れないのだが…
「らっ ライゲスさん…!?」
ぎょっと目を剥いて、銀河は後退る。
銀河だけでなくレイヤも一気にライゲスから距離を取った。クリュスは笑っていた。
「ライゲスさん、僕もちゃんと躾けますから、抑えて…!!」
引きつった顔で、銀河が腕の中に子竜を庇う。
子竜は、ぶるぶると痙攣並の震動で震えていた。
『……………』
じりっと距離を縮めてくるライゲス。
その触手には、ぎらりと凶悪な鋼色の輝きを放つ…出刃包丁。
しかもダブル。
青ざめた顔で逃げ道を探す銀河達と、一切の感情の揺らぎを見せないのに、包丁を放さないライゲス。これは修羅場の予感と、誰もが思った。奇怪なコックの怒りが、炸裂すると。
「ま、まさかライゲスさん…梅千代を食べる気ですか!?」
「ライゲスさん! このトカゲは別に食材じゃないわよ!」
「銀河様、レイヤ。ライゲスさんは別に物を食べませんよ?」
取り乱す少年達に、吸血鬼の呑気な茶々入れ。
「それにライゲスさんは紳士ですから。無用な殺生はしませんよ?」
「それじゃあもしかして、梅千代を調理した上で僕に食べさせるつもりですか!?」
「そんな非道な! 私は食べないわよ? 元子分の丸焼きなんて!!」
少年達の混乱は、その後ライゲスさんが包丁を手放すまで続いた。
その後じりじりと身長に近づいたライゲスさん。
不安と怖れで、震える子竜。
実はライゲスさんが子竜に調理したての餌を提供しようとしての行動だったのだと…
銀河達が知る日は、一生来なかった。
「それにしたって包丁持ったまま近づくのは非常識だと思いますけどね?」
愉快犯の素質を持つ、吸血鬼以外。




