空色竜と村娘
そんなに長くはないですが、銀河が梅千代を連れ帰ってからの一幕。
空色の竜は、飛竜だった。
薄い皮膜の、四枚羽が小さくピコピコと動いている。
こんなに小さいのに、もう飛ぼうとしているのだ。
連れ帰った竜の愛らしさに、銀河の相好は崩れっぱなし。
それを見るクリュスの笑顔も、忌々しいくらいに輝いていた。
新しい家族の寝床を、魔王城の庭に整えていく。
クリュスは言うには専用の竜舎もあるとのことだったが、大きく育つであろう子竜には、すくすくのびのび自由に大きく育ってほしいと銀河は思う。窮屈な竜舎に押し込めるのは、ちょっと可哀想な気がしたのだ。
「それを言えば、無駄に広い庭にぽつんと一匹で置いておく方が可哀想ですよ? この子竜はまだまだ本来ならば巣立ち前の親離れ前ですから。一匹での孤独には耐えられないでしょう」
「そっか。寂しいのは、駄目だよね」
クリュスの意見も取り入れた結果、結局竜舎にも部屋を整えることになった。
庭の寝床も一緒に準備し、将来的に子竜がどちらでも選べる様、選択を残した。
「あら、銀河! おはよ~」
庭をああでもない、こうでもないと子竜を頭に乗せて右往左往していると、起きたばかりらしいレイヤが顔を出す。農村で太陽と共に生きる生活をした後、牢獄で不健康極まりない生活を送ったレイヤの日常はちょっぴり不規則気味だ。今日だってお寝坊さんである。
それも少しずつ改善され、起きる時間は少しずつ早くなっているのだが。
彼女が元通りの超健康生活を送れる様になるのは、もう少し先だろう。
これもリハビリかな、と銀河は苦笑で見守ることにしている。
「クリュスさんも一緒に、何やってるの? 面白いこと?」
「きゅりゅるるるぅ!」
ぴこっと右前足を挙げて答えたのは、銀河でもクリュスでもなく、小さな子竜。
「うわっ 何これ! おっきな爬虫類? 可愛い!」
「爬虫類と認識した上で可愛いと判じれるレイヤには感心するよ」
「ここは一般的な淑女であれば、可愛らしく悲鳴を上げるところですよ?」
「私、農民だもん。レディ違うし」
「きゅぅ…」
好奇心旺盛な瞳で空色の子竜をじろじろ眺め、そうっと手を伸ばしてくる。
噛みつかれていることを思案しているのか、その手つきは恐々している。
銀河には懐っこい子竜の方も、人間は警戒しているのかペタンと羽を伏せて銀河の背後に隠れる。その姿には銀河への信頼と、レイヤへの怯えが窺えた。
その、引き気味の反応にレイヤが反応した。
ぴきっと。
よく見たら、その額に小さな、青筋が…
「い~ぃ度胸ね、爬虫類。トカゲの分際で私に対するその反応。私は化け物か。あ?」
「レイヤ、レイヤ、ガラが悪いよ」
「良いのよ。こう言うのは最初が肝心。初めに掴んでおかないと、後々の上下関係に亀裂が入るでしょ。ここはしっかり、誰に逆らっちゃいけないのか叩き込まないと」
「レイヤ…君、農村でどんな生活してたの?」
怒り笑顔のレイヤは、その握力高めの手の平で、容赦なくがしっと子竜を掴み取る。
「きゅ、きゅぅっぅぅぅぅ…!!」
わたわた、ばたばた、四肢を突っ張って暴れる子竜。
しかし赤ちゃんサイズの彼にとって、レイヤは敵う相手ではなかった。
彼女はがっしり子竜の頭を掴んだまま、ぐいっと持ち上げて目線を合わせた。
「良い? このトカゲめ。私が親分。アンタは子分。分かった?」
一音一音、区切る様にはっきりと子竜に刷り込んでいくレイヤ。
その姿は、大分大人げない。
「きゅ、きゅきゅ…」
ふるふると怯える子竜は、レイヤの強い眼力で睨まれ、半泣きだ。
「きゅぅっきゅぅ~…!」
ばたばた暴れながら、賢明に銀河に向かって四肢を伸ばす。
明らかに、助けを求める動きだ。
だが銀河の方は、こんな時でも何故か苦笑顔。
彼だって、子竜は可愛いし、助けてあげたい。
だけど銀河は分かっていたのだ。
レイヤは、人間。か弱く力のない、人間。
そして此処は、魔物の根城『魔王城』だから。
この強気な姿勢が、魔王城で生きる彼女の必死の処世術なのだと、銀河は分かっていた。
彼女の此処での無事を保証するのは、銀河だけ。
だからこそ、彼女にはいざというときに自衛する為、何らかの手段が必要。
威圧だろうが、喧嘩だろうが、何だろうが。
銀河はレイヤには許すつもりだった。
それで彼女の心の平安が守られるというのなら。
所詮、子竜とは未だ会ったばかり。
今は全てに置いて親友レイヤの方が優先されるのは、仕方のないことだった。
「きゅうぅっきゅううぅぅっ」
そんな訳で、銀河とクリュスは微笑ましいと思いつつ、レイヤと子竜を見守る。
子竜の悲鳴は全て黙殺した。
結局レイヤの腕は、子竜が自分を「レイヤの子分」だと認めるまで続いた。




