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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
魔王城の日常
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18/67

空色竜との出会い


 あれよという間に魔王になった如月銀河、十五歳。

 その日常は、魔王と呼ぶにはあまりにも健康的だった…


朝5:00 起床予定よりも3時間前。

 既に寝坊とか考えず、自堕落に過ごして良いはずの、朝。

 それでも身に染みついた習慣は中々抜けず、銀河は実家にいた頃と同じ時間に目が覚めた。

「…でも、特にすることないんだよね。朝ご飯もお弁当も作らなくて良いし、寝坊を防がなきゃいけない家族もいないし。ここは大人しく朝稽古でもするかなぁ」

 以前は朝に目を覚ましたら、朝から兄姉で体を動かし、稽古を行って一汗流していた。

 朝ご飯やお弁当の作成も銀河の仕事で、割烹着を纏って忙しく働いていた。

 何年も繰り返して、既に慣れた銀河には、手間とも思えない毎日の繰り返し。

 だけど今の銀河は魔王様。

 家事をするところか、傅く魔物達にお世話される立場である。

 家事からも学業からも解放された銀河には、特にするべき事がない。


 暇。


 それこそが魔王銀河にとって、最初に立ちはだかった難敵であった。


 

 やることが見つからなかった銀河は、クリュスと共にランニングに出かけることにした。

 クリュスは吸血鬼である。

 当に世は明け、日が昇ろうとしている。

 もう一度言おう、クリュスは吸血鬼である。

 彼は己の種族に課せられた呪いと言うべき生態も物ともせず、何故か今日も早起きだ。

 一体いつ寝ているのかと銀河が不思議に思うくらい、クリュスは朝も夕も深夜も普通に出没する。銀河の側に控え、常に甲斐甲斐しくお世話を焼いてくる筆頭だ。

 そんな吸血鬼は、まだ城周辺の地形に不慣れな銀河の案内兼サポートを買って出た。

「ふふふっ今日も爽やかな朝ですね、銀河様! お早う御座います!」

「お早う御座います、クリュスさん。今日も無駄に爽やかですね、クリュスさんが」

「今朝も健やかなお目覚め、幸いな限りです。今回も私、サポート吸血鬼クリュスが快適なナビゲートをお約束致します。今ばかりは私のことを『ナビ』とお呼び下さい!」

「なんか、自己主張の激しいカーナビみたいだね。それより朝日浴びて、大丈夫なの?」

「銀河様にご心配頂けるとは、光栄の至りです! ですが、ご安心を! この不肖吸血鬼、朝日如きでハイになる様な軟弱さは持ち合わせておりません」

「クリュスさん…貴方、色々と自分で自分を否定していませんか?」

 キラキラ朝から眩しく輝く吸血鬼には、今更無用のツッコミだ。

 気にするのも盛大に無駄な気がして、銀河は素直にクリュスと走り出した。

「…クリュスさんと一緒に暮らしてたら、何だか暇とか思っている猶予はない気がしてきた」

 傍にいるだけで退屈せずに済む相手がいるというのは、何とも幸運なことである。



 銀河が毎日の様に走るのは、城周辺を覆う森の中。

 魔物の本拠地たる大陸は、人間が極端に少なく、魔物が他大陸の八倍くらい生息している。

 そんな中で歩けば魔物に遭遇し、走れば魔物に遭遇し、スキップすれば魔物に遭遇する。

 こんな大陸でも一応人間の住む村があることが異常に思えるくらい、魔物が生息している。

 だから銀河が森の中、ランニングの最中にそれを見つけたのはある意味、必然だった。


 きゅうぅきゅるりゅぅっ


 風の音に紛れて、何か聞こえた。

「クリュスさん、何か聞こえましたね?」

「そうですね。アレは多分、子竜の泣き声でしょう」

「こりゅう…? って、竜!? しかも、子!!」

 銀河の瞳が、いきなり100万ボルトの輝きを放つ。

「あ。眩しい! 眩しいですよ、銀河様! そのご尊顔、後光が差して見えます!」

 無邪気にキラキラ輝く少年の瞳に、朝日にさえ耐えてみせる強靱な吸血鬼が悶える。

 勢い、気分で灰になりかけてみるくらい、クリュスは銀河の瞳に打ち抜かれた。

「竜って、あの竜ですよね! おっきくて、鱗があって、口から火を吐く!」

「そうです。その竜です。銀河様は、竜がお好きで?」

「大好きです!! 一回、見てみたかったんですよ」

 銀河だって、まだまだ冒険小説やRPG大好きな少年だ。

 少年の心を持った大人ではなく、正真正銘の紛れもない少年だ。

 ファンタジーの王道といえば、矢張り竜。

 騎士の活躍のお供に、竜。お姫様誘拐の立役者に、竜。財宝の番人に、竜。

 何と言っても伝説の生き物代表格。銀河の胸を熱く掻き立てる程には、憧れの存在だ。

「見たいです。物凄く見たいです、クリュスさん! 近寄っちゃいけないなら、遠目だけでも!」

「銀河様…!」

 常ならぬ銀河の様子、その滅多に無いどころか、出会って初めての我が儘。

 普段よりもずっとキラキラの目で、そわそわと興奮する様子。

 無邪気な少年の様相に、初めての我が儘に、吸血鬼は相好を崩した。

「このクリュス、銀河様の願い、承知致しました!! ここはこの『ナビ』めにお任せを! 完璧ベストショットにて、子竜の観察体験ツアーにご招待しようではないですか! そも銀河様は我等魔物の王であらせられる方。そんな御方に駄目なことなど何もありません。銀河様は龍達の王でもあるのですから、子竜だろうが、親竜だろうが大歓迎に間違いなしデスよ!」

 色々駄目な吸血鬼は、銀河をひょいっと俵に担ぐと、マッハで走り出した。

「く、クリュスさんー…!?」

「ふははははっ 喋ると舌噛んじゃいますよぅ銀河様!」

 彼の暴走は、誰も止められない。

 道行く森の魔物達。知能の低い彼等でさえ、無言でそっと道を空けた。

 物言わぬ魔物達の殉死者を見る様な目に見守られ、魔王銀河は有り得ない速度で行き過ぎていく景色を見送った。そうしていつの間にか目を回していたのも、仕方のないことだろう。何もかも全て、クリュスが悪い。

 

 銀河がふっと意識を回復させた時、そこは森じゃなかった。

 断崖絶壁、崖の壁面だった。

「魔フォア穂ぢあjfだ終エアjlじゃ…!?」

 驚いた銀河の唇から、謎の奇声が飛び出てくる。

 それは崖の間を響きわたり、エコーとなって銀河に返ってきた。

「おや、銀河様、お目覚めですね。お早う御座います」

「おはよーって、クリュスさん!? え、ここなに?」

 自分を担ぐクリュスは、変わらずに爽やかな笑顔だ。

 崖を燦々と照らす太陽にも負けず、血管の透けた白い肌を健康的に日を照り返す。

 なんで、灰にならないんだろう…?

 既に何度思ったか分からない感想が、改めて銀河の胸に去来する。

 クリュスは普段と全く変わらない貴族の若様みたいな格好のまま、崖をひょいひょいと歩く。

 垂直に。

「ひっ…!」

 自覚した銀河の口から、短い悲鳴が漏れた。

 俵に担がれた銀河の体が、重力に従って縦になっている。

 それに気付けば一瞬だけ恐ろしくなるが、自分を担いでいるのがクリュスだと思うと、何故か恐怖は瞬く間に薄れた。謎の安定安心感。

 クリュスが相手ならば、恐怖するだけ無駄。驚いても意味はなく、心配もご無用。

 それがクリュスである限り、その言葉だけが免罪符となってしまう。

「クリュスさーん、どこに向かってるんですか? 森、見えないんですけど、此処何処?」

「こちらは先程の森から山一つ向こう側の崖ですよ。子竜の声を追って来たんですが、どうやらこの辺りに巣があるようですね。いきなりの訪問で親竜を驚かせるかも知れませんが、それは茶菓子の土産を持参したので許して貰うことにしましょう」

「…茶菓子?」

「はい、茶菓子です。竜用の」

 何となく不穏なものを感じて、ちょいと銀河はクリュスの体を見回した。

 すると、銀河を抱えるのとは反対の腕に牛を抱えているのが分かった。

「………」

 最早、何も言うまい。

 というより、何を言えばいいのか分からない。

 銀河は竜の巣につくまで、無言を貫くことにした。


 竜の巣は、崖を登り切ったところにあった。

「到着です、銀河様!」

 汗一つ流さぬさっぱり具合で、何の疲労も見せずに吸血鬼が言う。

 化け物にも程があった。

「うわぁ。此処が、竜の巣…」

 岩室をくりぬいた奧に、財宝が溜め込まれている。

 銀河が目を見張る中、子竜達は金貨を敷きつめた巣の中できゃわきゃわと遊んでいた。

「突然の訪問、驚かせて済みません。これ、詰まらない物ですが手土産で…」

「ぐるぉるぅ…(これはどうも、ご丁寧に…)」

 愛らしくも丸っこい、ぬいぐるみの様な子竜。

 あまりの可愛らしさに銀河が見入る背後で、吸血鬼と親竜が所帯じみた会話をしている。

 だけどそれすら、銀河の耳には届かなかった。

「きゅっきゅぅ」

「みゅぅぅ」

「きゃわぁきゅりゅるぅ」

 銀河の目の前では、三匹の子竜が戯れ、じゃれあっているのである。

 あぐあぐと互いに甘噛みしたり、尻尾を追い回したり、兄弟を押し潰したり。

「うわぁ」

 見つめ続ける銀河の声も、言葉にならない。

 あうあうと呻きながらばっと振り返り、吸血鬼と親竜に目で訴える。

 それに対した吸血鬼と親竜の返答は、無言で頷くという物で。

 銀河は承諾を得るや否や、俊敏に子竜へ駆け寄ると、恐々手を差し出した。

「きゅ?」

「みゅぅぅ?」

「きゅるるぅ!」

 きゃわきゃわと、見知らぬ相手である銀河でも物怖じせず、人懐っこい子竜達が転がりながら飛びついてくる。その大きさは銀河にとって一抱えもある物だったが、体当たりされたり指をしゃぶられたり、顔を盛大に舐め回されたり、足を甘噛みされたり、よじ登られたり。

 子竜達の渾身の攻撃(?)を受けながら、銀河は大層幸せそうだった。

「うわぁうわぁうわぁ! 可愛いな、可愛い! 連れて帰りたいくらい!」

「では、連れて帰られますか?」

「うわぁ!」

 ひとしきり子竜達と戯れていると、いきなり背後から忍び寄る影…クリュス。

「つ、連れ帰るって…」

「銀河様がお望みとあれば、一匹くらいは持ち帰っても良いそうですよ」

 そう言って吸血鬼が親竜を示せば、親竜はグッと親指を立ててくる。

「え、ええぇぇぇぇっ そんな!」

「おや、何かご不満が?」

「いや、だって、こんなにちっさな子供達をお母さんから引き離すなんて!」

「それでしたら、『いつか子供は独り立ちする物。今から奉公しておけば将来安泰。むしろ魔王様の傍に侍る以上の栄誉ナシ』と親竜が申しておりますが」

「え。そんな軽いノリで良いんですか?」

「親がそう言うのですから、良いのでは」

「な、なんか凄いあっさりですね」

 むしろどうぞどうぞとばかりに捧げられ、その安売り具合に銀河はたじろいでしまう。

 子竜の方も子竜の方で、「きゅわ!」と叫んで右前足を掲げ、よろしくと言わんばかりだ。

 そればかりか、誰が銀河に貰われるかを争い、兄弟で喧嘩する始末。

 噛みつき、凶器使用アリの反則試合に展開しようとする。

「け、喧嘩しないで!」

 慌てて止める銀河だが、場の空気は既に子竜をどれか一匹選ばないと収まらない感じだ。

「ど、どうしよう」

 まさか自分の軽い一言がこんな状況に発展するとは思っていなかったので、困惑してしまう。

 それでも周囲から選べ選べと迫られ、銀河は気が引けつつも腹をくくることにする。

 どうせ引き取るのならば、親から引き離してしまう分、ずっと大切に可愛がろう。

 自分が親代わりとなって、子竜のことを何からも誰からも守り通そう。

 決意を固め、どの子竜を貰うべきかよく観察を重ねる。


「…うん。この子に決めた」


 そう言って、銀河が選んだのは青い鱗の一匹。

 まるで嵐が過ぎ去った後の秋晴れの様な、清々しい空の色。 

 見ているだけで気分が晴れそうな、空に溶け込む小さな竜。

 何となく、その竜を見ていると、心が穏やかになる。

 これから長く一緒にいるのだから、一緒にいて優しくなれる竜が良い。

 他の子竜達も可愛くて、それぞれの色は綺麗だったけれど…

 故郷で目にした空の色に良く似た、青い子竜を銀河は選んだのだった。



「この子、名前は?」

「未だないそうですよ。銀河様に決めてほしいそうです」

「そう。僕が決めるのか。それじゃあ…」

 魔王の城への帰り道。

 腕に抱いた子竜は可愛く、温かい。

 初めて見る外の世界に目を輝かせ、きょろきょろと忙しなく周囲を見回す。

 その好奇心一杯の目が、とても微笑ましくて。

 じっと見ている内に、瞳の色が実家の庭で愛でていた花木の花びらと同じ色だと気付く。

 毎年、早春に家族で愛でていた、鮮やかな香りの花。

 兄が好きで、毎年楽しそうに花を愛でつつ、日本酒を飲んでいた。

 家族の思い出の詰まった、懐かしい花だ。

 その花の名前を、この小さな竜にあげたくなった。


「それじゃ、この子の名前は、梅千代。梅千代にするよ」


 空色の鱗に、紅梅の様な瞳。

 後に銀河の騎竜となる小さな竜は、自分の名前など知らぬげに銀河の指にじゃれついた。



 

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