9.共犯者参入
自分が力を持つ魔物達の間でどのように見られているのか、銀河は知らずない。
廊下で成されていた会話も知らず、彼は牢の中、少女と二人で口喧嘩。
だが、銀河は久々に対等な状態での口喧嘩に、奇妙な爽快感を覚えていた。
本人に自覚は無かったのだが、いきなりすぎる環境の変化、周り中全ての生物に傅かれる立場に陥いり…銀河は過酷なストレスに晒されつつあった。対等な立場の者もおらず、頼るべき庇護者もいない環境に放り込まれ、ストレスを感じるなという方が無理だろう。
口喧嘩で感じた奇妙な新鮮さの中で、銀河は悟ってしまった。
自分と対等に接してくれる者が、自分には必要だということに。
例え一人でも、自分を見てくれる者が側に必要だということに。
『魔王』ではなく『銀河』一個人を見てくれる者が必要だと。
何故に口喧嘩などしているのだろうかと、二人が妙に思い始めた頃、自然と二人の間には折り合いがついた。遠慮の欠片もない言い合いが、奇妙な連帯感と友情をもたらしている。
達成感も何もない妙な虚しさの中、二人は同時に溜息をついた。
「お疲れさまです」
「ありがと。アンタもお疲れ」
何とか二人が笑いあえるようになった頃、それまでレイヤの迫力と剣幕に怯えて退避していた魔物がレイヤの膝に飛び込んだ。どうやら小さな魔物は、レイヤに懐いているようだった。
レイヤに体を撫でられながら、魔物は気持ちよさそうに目を細める。
その様子を見ていて、銀河は不思議に思った。
レイヤは、魔物が怖くはないのだろうか。
彼女は、魔物に攫われて喰われそうになったというのに。
とりあえずそのことを聞いてみた。
「レイヤ、君は魔物が怖くないの?」
「怖くないわけ無いでしょ。でも魔物だけじゃないわ。危ないものはなんでも怖いわよ。強盗や殺人鬼だって、狼だって、私にとっては怖いわよ。魔物もそれと同じ。でもこの子みたいに、私に危害を加えないと解ってれば怖くないわ。殺される心配が無ければ、怖いものなんてないわよ」
魔物自身が怖いのではなく、殺されることが怖いのだとレイヤは言った。
堂々と胸を張り、不敵な笑みを口元に浮かべて。
なんて、強気な意見だろうと銀河は感心してしまう。
「肝が据わってるね。君みたいな人は珍しいんじゃない?」
「私は変わり者で有名よ」
巫山戯ているわけではなく、真実そうなのだと当たり前の様にそう言った。
そのキリッとした勝ち気そうな雰囲気や態度に、銀河は実兄を何だか思い出す。
――思えば、兄も我が道を行く人だった。
しみじみと思い出してみれば、遠い記憶の中で兄が笑っている。
怖いぐらいに不敵に。そしてやたら無敵っぽく。
何故か銀河の脳裏に思い出される兄の姿は、強者の証明としか思えない姿ばかりだった。
例えばムエタイ習っているところとか。
例えば強盗を返り討ちにしているところとか。
例えば山で遭遇した熊を討ち取ったところとか。
おかしい。兄の職業は作家だったはずなのだが。
イメージと職業の一致しない兄が、何故かひたすら懐かしかった。
「レイヤ、君に魔物が危害を加えないって保障があれば、魔物のこと平気? 機会さえあれば仲良くなれると思う? 例えば直ぐ近く、側にいても恐れずにいられる?」
ふと思いついて銀河が尋ねてみれば、レイヤはあっさりと言う。
「機会さえあればなれるかもね。私、この子のことだって好きだし」
レイヤの言葉に、この子と呼ばれた魔物が嬉しそうに鳴く。
銀河はその魔物を撫でてやりながら、更に尋ねた。
「君が魔物とも友達になれるなら、魔物と生活するのも平気?」
「生活も何も、魔物に囚われていても図太く生きているのよ。今更過ぎるわ。生活云々なら、既に同居生活数ヶ月目じゃない。それでも大丈夫って言う生き様は、魔物が平気な証明にならない?」
「…確かに君、平気そうだよね」
魔物の城にいて魔物を怯えさせるくらい、レイヤは図太く生きている。
それが嬉しくて、銀河は自分の思いつきに希望を持つ。
「ねえ、僕たち、友達になれると思う?」
レイヤが天使のようだと思うくらい、綺麗な微笑みで銀河が尋ねる。
銀河の言葉に、レイヤは少し逡巡して………答えを返した。
「なれるでしょ、きっと。銀河がそれを望むなら」
その答えに銀河は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「じゃあ、今から僕たちは友達ってことで」
「うん。改めてよろしく」
こうして二人は、結構あっさりと友達になった。
それから銀河は小魔物を抱え上げてヤーミーにも声をかける。
「そう言えば君とも初対面だったね。君もよろしくね」
新たな友達になった少年が、自分の友達である魔物に対しても友達であろうとする姿勢に、レイヤは銀河を高評価する。中々に肝が据わっていて、弱い魔物でも虐げないことを感心する。
まさか銀河が魔王だとは思っていなかった。
ただ、これまでの話の流れから銀河がただ者でないことは解る。
現時点では、多分人間に近い魔物の一種なのだと思っていた。
「さてと、それじゃあこんな狭い牢屋からは出ようか」
そう言うと、銀河は立ち上がり、レイヤに手を差し出す。
この年頃にしては妙に紳士的だと思いながらも、様になっていて笑えない。
レイヤは軽い気持ちで銀河の手を取り、立ち上がらせて貰った。
長い牢獄暮らしのレイヤの身を、銀河が案じるのは当然だった。
そう、銀河はレイヤの体を案じていたのだ。
なのに…。
「あ、そうそう」
いかにも今思いつきました、と言わんばかりの軽い調子で、銀河。
レイヤの身を案じていたにもかかわらず、彼はさらっと言った。
「レイヤ、行く所が無いなら僕の城で暮らさない?」
「え? 銀河、城持ってるの?」
「うん、僕が言うのも何だけど、結構立派で大きな城だと思うよ。友達になった僕らの間に遠慮は無用だよね? 良ければ部屋を用意するから、一緒に暮らそうよ」
「そうね? どうしよう。村の皆はきっと私のこと死んだと思ってるだろうしー…まあ、いいや。お言葉に甘えようかな」
自分の暮らしに関わることを、少女はやっぱりあっさり決めた。
握ったままだった手に軽く力を込めて、改めて握手する。
そして銀河は言った。
「言い忘れていたけれど、僕はここの城主なんだ」
少女の手を握ったまま、あっさりと爆弾発言をかました銀河は微笑む。
そんな彼の顔を、ぽかんと口を開けたレイヤが見ている。
その顔は呆然としていると言って良かった。
「改めて自己紹介するよ。僕は如月銀河。即位したばかりだけど、僕は魔王なんだ」
笑顔で言うことではないと、レイヤはそう思ったのだった。
心の中では、全力で「詐欺!!」と叫んでいた。
何はともあれ、この世に新しく生まれた勇者と魔王の二人。
彼等はそれぞれ今後の己にとって、重要な鍵を握る少女と出会った。
その二人が後にどれだけの力を得るのか…
少女にとっての運命であった勇者も、魔王も、そのことを知らない。
だがこの出会いが、二人の少女の人生を決めたのだ。
人類の救済者の一人となるか、人類への反逆者となるのか。
だがその二人が何をしたのか、どんな人間だったのか。
後に生きる人間は、一人としてそれを知らない。
魔王は村娘を仲間にした!
村娘はさり気なく吸血鬼に復讐を決意している。
吸血鬼は全く悪気がない。




