8.吸血鬼がひっそりと笑う
牢を追い出されたクリュスさんの、その間の会話。
魔王と村娘の二人が、友好的な口喧嘩を続けている間のこと。
牢屋の外でクリュスくんは爽やかに笑っていた。
廊下の寒さなどものともせず、クリュスはずっと廊下で主の帰りを待っている。
クリュスは、己の聴力が勝手に聞き取ってしまう二人の会話内容に苦笑していた。
「どうやらあの幼い魔王様は、あの娘のことが気に入ったようですね。執着が増えるのは良いことです。相手は人間ですが…まあ、構わないでしょう」
「――本当に、良いことだと思っているのか?」
廊下の片隅から、声がする。
天井からぶら下がった、一匹の蝙蝠が発した声だった。
その蝙蝠はクリュスの使い魔で。
遠く遠方にいる、彼の友人との会話を度々仲立ちしている。
今回もまた、どうやら友人からの言葉を伝えてきているようだ。
クリュスは、ひっそりと笑った。
己と、友人と、そして自分達の思惑など知らぬ主への笑みだった。
「もう一度聞こう。本当に、良いことだと?」
「ええ、もちろん」
クリュスは、間をおかずに返事を返す。
「お前。主のことをお前がどう思っているのかは知らん。だが、魔王という存在に対し、人間が情で介入できる余地を与えることが、魔王の側近として正しい姿とでも?」
蝙蝠の向こう、友人の顰められた顔を想像して笑えてしまう。
「例え相手が人間であろうと魔物であろうと、魔王様が何かを気に入るのはいいことでしょう? その方が精神的な広がりや余裕が持てると思いませんか? 未だ幼い銀河様が立派な王となるには良い経験だと思うんですよ。経験的にも精神的にも。それって、大事なことですよね」
少しも動じることなく、自分にかけられた声にクリュスは言葉を返す。
「私は銀河様の味方ですよ。何しろ大好きですから」
「あの魔王様は良い王になると思うのか?」
「保障はしませんが、下手な干渉はしなくても良いでしょう。面白いことになると思いますよ。何しろ我々には無い発想や想像力があります。今でさえ、その発想の数々に笑わせて貰ってますから」
クリュスは、銀河と共に試作した数々の魔法を思い出して爆笑しそうになる。
爆笑は、彼の美意識に反する。
だけど笑わずにはいられない発想で、既に銀河は数々の魔王専用魔法を作っていた。
クリュスが思い出して含み笑いをしていると、躊躇いがちに友人が問いかける。
「…支えは不必要か?」
滲み出る心配そうな声に、ああ、彼も不安なのだと感じる。
今までの魔王とあまりに違う銀河に、不安な魔物は多いのかもしれない。
少しだけ、吸血鬼も心配に思った。
「それは銀河様の決めることです。まあ、耐えられなくなったら相談してくれますよ。王様の仕事は様々で、色々で、沢山で大変ですから。あの方は助けを求めるのに躊躇わないでしょう」
「助けを求められたらどうする?」
「勿論助けますって。銀河様は頭の良い方だと思いますよ。必要な物は自分で用意できる方です。過剰な助けは不必要ですが、求められる時に助けることは無駄になりませんよ」
「…お前。何故かやたらと自信満々だな」
「私は、銀河様に心酔しております。この短期間で、それだけの資質を私は銀河様に見ました。貴方の心配は分からないでもありませんが、はっきり言って無用の心配だと思っています」
「そこまで言うか。だが、まあ、お前がそう言うのなら」
「そう言うのなら?」
「…そう言うことで良いさ。しばらくは放っといてやるよ」
蝙蝠のその声に、クリュスは心底おかしそうに笑った。
腹を押さえて、愉快な声を上げてクックック、と笑っている。
どこからともなくクリュスに対する苦笑気味な溜息が聞こえた後、軽い羽ばたきの音が聞こえた。
いつの間にか蝙蝠の姿は見えなくなっていた。
「――ああ、おかしい」
蝙蝠が去った後、ようやっとクリュスは笑いの発作を治める。
「本当に心配性な奴だな…」
クリュスは蝙蝠を自分への使いに飛ばした、遠い地にいる友人のことを思った。
遠い辺境に勤めている、ローレンスのことを。
遠い友の事を思っているはずのクリュスの口元には…
…懐かしさでも何でもなく、何故かにんまりとした笑いが浮かんでいた。




