4.牢獄の村娘1
銀河の魔王就任から、一月半が過ぎた頃のことだった。
彼の元に一つ、気になる報告が上がる。
それは牢の中に不気味な娘がいて、魔物が怖がっているというもの。
自らの境遇を諦めて享受し、仕事を覚えようとあたふたしていた銀河は思った。
「…なにそれ」
魔物が、牢に閉じ込められた人間(しかも少女)を怖がってどうする。
牢番の話では、囚われの少女は人食いの魔物が攫ってきたらしい。
だが銀河の魔王就任という事件が起こり、魔物達も慌ただしくなってしまった。
忙しさから多くの魔物が自分のことを放り出して働いた。
結果、食べる前にその存在を忘れてしまったらしく、引き取りに来ないのだという。
今となっては、その少女を連れてきたのがどの魔物かさえもあやふやで。
誰も引き取り手のないまま、身柄が宙づり状態になってしまっているという。
誰も引き取らない中、少女の存在は長いこと放置されていた。
そろそろ処遇をどうしようかと牢を覗いたところ、牢番達は青ざめた。
娘が牢の中で、奇怪な行動をとり続けている姿を見て、腰を抜かしたのだという。
娘は牢屋の中で腹を抱えて笑い転げ、何もないところへ向かって話しかけ、一人で跳ねたり踊ったり。その不気味さに、牢番達は尻尾を丸めて逃げ出した。
見る者がみれば、その娘は大量の亡霊に囲まれているという。
しかも、その亡霊達を相手に楽しくお喋りに興じているらしい。
屈強な魔物達でさえ、この娘を不気味に思って近寄ろうとしない。
誰も欲しがろうとしない、手に余る娘。
牢番達の様な階級の低い魔物は、この処分に困る娘をどうしたら良いかが解らない。
そこで魔物達は、階級など気にせず、誰にでも分け隔てのない新しい王まで直訴に来た。
銀河の優しさに、甘えての行動だった。
「どうか娘の身柄を引き取って下さらないかとのことですが」
クリュスの通訳が終わって、王様になったばかりの少年は眉を寄せて考え込む。
この問題を人権問題に分けたらいいのか所有権の問題に分けたらいいのか、それとも怪談に分けるべきなのかが魔王の頭を悩ませる。人間の身としては同じ人間である娘を庇ってやりたい気分だが、魔物の王として魔物の立場から考えると、それは許されるのかどうか微妙に思える。
銀河が困っていると、クリュスが笑顔で言った。
「そこまでお悩みになるのなら、とりあえずその娘に会ってみてはいかがですか?」
「え?」
「お気に召したなら、側に召し上げても問題はありません。好きになさればよろしいのです。何しろ我らが王は銀河様なのですから。誰も銀河様に逆らったり、不平不満を言ったりしませんよ。気になさることなどないのです。きちんと我らのことを思って下さるのなら、我等を慈しんで下さる銀河様にそれ以上を望む者はおりません。何をなさっても銀河様は許されるのですから」
喋っているうちに熱く語り出すクリュス。
国のトップとして、政治家として、それは問題にならないのかと現役中学生は思い悩み。
もはや、王様は何でもできると思うような歳ではなかった。
王には王の仕事があるし、何もかもが許されるわけではない。国の長としての責任について疑問を持てるくらいの年齢に、十五歳の銀河は達していた。公民の授業は苦手だったけれど。
正直な思いを口に出してみれば、魔物達が目を丸くして驚きを露わにする。
「妙なことを仰いますね、銀河様。そのような考えは、今まで一度も聞いたことがありませんよ。そう、私の864年に及ぶ生涯の中で、ただの一度も。どこの国でも王族は、自分は王族だから偉いとか、何をしても文句を言われる筋合いは無いとか言うばかり。国民のことなど少しも考えず、虫けらのように思っている者もいるくらいです。許されないということを知らない者ばかりが蔓延っております」
そしてクリュスは、政治をしない放蕩者の国王やパンがないならお菓子をお食べといった贅沢者の王妃の話を銀河に聞かせた。どこかで聞いたことがあるような話だった。
「世の中には、自分勝手な国王や政治のことなど考えられない国王、国民の生活を自分が握っていると言うことを自覚していない国王などが本当に沢山存在するのですよ。それに比べたら未だ魔王になって八週間でも、自分の民のことを考え、慈しむことのできる銀河様は誰がどう考えたって、今この世にいるどんな人間の王よりも偉大で立派です。尊敬して敬うべきです」
「クリュスさん? それは言い過ぎで、買いかぶりだと思うんですけど…」
「我等にとって、偉大な王たることに間違いなどありません。銀河様が一人だけだけ気にしたとしても、人間の小娘一人自由にしたって誰も疑問を持ちませんよ。銀河様のなさり様に、間違いなど無いのですから! 魔物の誰が、不満など持ちましょうか!」
青年の口は、魔王に対して喋る時は本当に止め処なく流れる。
口を塞ぐことを知らないかのように喋り続ける。
その崇拝、その盲信ぶりはどこからくるのかと、銀河は戦慄した。
この外見の麗しい印象を裏切りまくる吸血鬼は、蕩々と銀河を讃え続ける。人間の言葉を話せることを理由に、幾らでも魔王と語り合える名誉を得たことが、何よりも嬉しいようだった。
そのために喋りすぎるのだろうと他の魔物はこっそり思う。
誰も気にしてはいないが、クリュスの良く回る口に、銀河が途方に暮れている。
クリュスの言葉の全てを銀河が理解できているのかどうか、疑問の残るところだった。
現に今だって、途中からどこか呆然とした表情をしている。
だが口の止まらないクリュスの主張は理解したらしく、銀河は苦笑気味に溜息をついた。
「・・・封建国家って、難しいね」
銀河は国と言うより、世界中で魔を振りまく種族の王だった。
決して、彼が統治するのは国ではない。




