3.川を流れて(エリック3)
全ての魔物を剣の協力で倒した後、エリックは泣きながら風呂に浸かった。
あの後も剣は容赦なく素手での攻撃をしまくったので、全身におぞましい感触がする。
エリックは体中から腐った肉の臭いがすることに涙を流す。
髪にこびりついた腐汁を洗い流し、腐肉まみれの体を洗う。
お湯を使えたのは不幸中の幸いだが、体中腐った肉まみれになったエリックを見る村人達の複雑な目を思い出せば、全然幸いでも何でも無いような気がする。お湯を用意してもらえたのは村人達の好意だが、やはりそこには同情が潜んでいる。
何故剣を持っているのに使わないのとシャロンが聞いた。
腐った臭いをプンプンさせている少年には誰も近寄りたがらなかったのに、シャロンだけは平気で接してくれた。その優しさに、彼女が天使に見えた。
時々その目が泳いでいたけれど。
勇者は己の武器を心底恨んだ。
腕や足で攻撃する分には未だ我慢もできたが、ゾンビーへ頭突きをかますはめになった時には、剣に対して本気で殺意を感じた。
もはや身につけていた衣服は、全部捨てるしかない。
この村に住んでいる親切なお婆さんが、流石に同情して服をくれた。
亡くなったという息子さんの服は上等だったけれど、それで腹の虫は治まらない。
腐った肉を浴びた素肌の部分からは、未だにあの生々しい肉の感触が消えてくれない。
それだけで、綺麗になったはずの自分の足も腕も、まだ汚れているような気がした。
擦りすぎて真っ赤になった肌が、湯の中でひりひりと痛む。
それでも更に擦っていれば、やがてそこから血が滲み出てきた。
仕方なしに擦るのを止めるのだが、しばらくは気持ち悪い思いが続くだろう。
とんだ初陣を経験したものである。
確実にトラウマと化したであろう初めての戦闘。
明日から一層剣の練習に励もうと決め込む自分。
だが、練習をするのにも剣は一本だけ。
つまり、「月喰らう剣」を使わなければならないのだ。
作ってでも木剣を使いたいところだが、木剣と真剣では重さが違いすぎる。
本当にあの剣は自分の所有物なのかと疑いながら、少年は今更ながらに旅立ちを後悔していた。その口からは重い溜息が溢れる。
エリックはこの不幸が、まだまだ序の口とは知らない。
この戦いも、これからの試練のほんの始まりでしかないことを未だ知らない。
この先にまだまだ大きな、多くの不幸が待ち受けているとも知らず、エリックは逆上せるまで風呂に浸かり続けたのだ。
湯殿を使っている勇者を待ちながら、シャロンは宿の部屋で溜息をついた。
その脳裏に浮かぶのは、何とも危なげな彼女の恩人。
剣を相手に喋るような変人だが、シャロンはそんなことを気にする程正常な神経を持ち合わせていなかった。自分もぬいぐるみに話しかけることがあるしと、勇者の奇行を趣味に分類する。
「うん。悪い人じゃ、ないよね。きっと」
色々と言及するところは多いが、エリックが正真正銘の善人であること、理由を無しに家出するような者でないことをシャロンは悟っていた。
きっと、彼には何かしら大きな目的があるのだろう。
母親を捨ててでも、達成しなければならないと思う様な何かが。
彼はたった一人で、あまりにも危ういけど、その分放っておけない気がした。
自分だって、似たり寄ったりの頼りなさだと分かっていたけれど。
それでも何故か、放っておけない気が、無視できない程大きくて。
何だか手助けしたくなってしまう。
もしかしたら、助けられるのは自分かもしれないと楽しく思いながら。
シャロンは、自分と共にいることで彼が得られる利点を考えた。
そして、彼に関して得られるだろう自分の利点も。
彼女は一晩、様々なことに頭を悩ませた。
ぐるぐると思うのは、エリックに対する強い心配。
何度考えても、どう考えても、放っておけないと思ったから…
シャロンは、エリックについて行くことを密かに決めた。
勇者は、神官(見習い)を仲間にした。




