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少年銀河は魔王です  作者: 小林晴幸
共に歩む者~共犯者~
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2.川を流れて(エリック2)

作中、ちょっと気持ち悪い表現が御座います。

えぐいの苦手、と言う方はご注意下さい。



 川上の村まで歩くこと三十分。

 辿り着いた村では、すでに何人もの人が殺されていた。

 だが生き残っている人達も、松明を掲げて何とか応戦してはいるものの、すでにその命は風前の灯火。殺されるまでのカウントダウンは始まっていた。

 そして魔物の姿を見たエリックは叫んだ。

「アンデットじゃん!」

 そこには、墓から蘇ったばかりの屍さん達がぞろぞろといた。

 アンデットの中でも、ゾンビーと呼ばれる腐った死体共だ。

 中には骨が剥き出しになったもの、腐って液化しているもの、死にたてほやほやでまだ生前の姿をとどめているもの等がいて、明らかにこの村の墓場から蘇った死体達だった。

 そこまで確認してから、エリックは叫ぶ。

「神官って、対アンデットでは最強のはずだろ!?」

 それはシャロンに向けられた言葉。

 叫びを受けたシャロンは照れたように、恥ずかしそうに一言こう言った。

「私…本番に弱くって」

「アンデットに驚いて川に落ちるのは、それ以前の問題だって!」

 エリックの言うことも、もっともだった。

「とりあえず、あんな奴ら浄化魔法でも唱えれば一発で死ぬだろ? 俺の手って必要か? そもそもアンタは大丈夫なのか?」

 眉間に皺を寄せて問いかけるエリックに、シャロンは笑顔で言った。

 それは凶悪なまでに明るい笑顔だった。

「実は、浄化魔法の呪文忘れちゃって…」

「は!? それで良いのか、神官!!」

「カンペを見ている間、あのゾンビー達の相手をお願いできませんか?」

 てへっと笑うシャロンは、凶悪的なまでに愛らしかった。

 なんだか、勝てる気がしなかった。


 予想外の連続に頭が眩んでくらくらして、エリックは泣きかけていた。

 仕方ないとばかりに溜息を一つつくと、エリックは剣を抜く。

 心の中で出会ったばかりの相棒へ問いかけた。

『おい、本当に大丈夫なんだろうな?』

『我を信用しろ。信用できない刃に身を預けても、死ぬだけだぞ』

 もう一度溜息をつくと、エリックは剣をしっかりと握る。

 そして魔物に向かって怒鳴りつけた。

「そこまでだ! この薄汚いゾンビーどもめ。この俺が…新月の勇者、エリック・ガーリック様が成敗してくれる!」

 頭の中で剣の声がした。

『…この格好つけが。未熟者のくせにこれだけは立派だな』

 そんな剣の声は無視を決め込んで、ちらりとエリックは村人達の反応を窺う。

 その心の中に浮かぶ期待は、勇者を目にして感動する村人達の姿…命の救いを得て、安堵する村人達の姿。………と、いうものを予想していたのだが。

 しかしその期待は外れることとなる。

「…あれ、ゾルタ村のガーリックん家の坊主じゃねぇか?」

「あ、本当だ。病気の母親を養ってる、エリック坊主だろ」

「何でこんな所にいるんだ? しかも勇者て」

「未だ子供だねぇ。もう勇者とかいう年頃でもないだろうに」

「あいつ、母親放り出して何やってるんだ?」

「今時感心な子だって思ってたんだけど…思い違いだったのかねぇ」

 村人達の口から上るのは、そんな言葉達。

 口を噛み締め、エリックは心中で罵った。


 ――これだから田舎って嫌なんだ…!


 田舎社会の世間の狭さに、心の中で涙するエリック。

 しかし憐れな彼に与えられた災難は、これでは済まない。

「そういやぁ、ガーリックさんとこの坊主は今朝家出したって聞いたぞ。あいつのことじゃないか? 確か一人息子のはずだし」

 村人の一人が、そんなことを言った。

 するとそれに同調して一人二人、他の村人が口を開く。

「ああ、そういや聞いた聞いた。確か病気の母親一人を置いて出ていっちまったんだろ? たった一人のおっかさんを捨てていっちまうなんて、とんだ親不孝者じゃねえか」

「ったく、これだから最近のガキはよ。自分勝手で情けなくならぁ。少しは親のことを顧みろってんだ。誰が苦労して育ててきたのか、全然考えもしねぇ」

「一人で生まれて一人で生きてきたって思ってんのかねぇ」

「似たようなもんさ。親の苦労なんて、微塵も感じてねぇのさ」

「きっと親父さんも草葉の陰で泣いてるだろうねぇ」

 エリック本人を前にして、好き勝手にぐちぐちと陰口を叩く村人達。

 その言っていることが、あまりにも正論だったのでエリックは何も言えない。

 何か言おうものなら更に酷く言われただろうし、何より罪悪感と空しさと悲しさで、いじけそうになっていた。

 エリックを見つめる、村人の目が妙に冷たい。

 シャロンもエリックのことを生暖かい目で見ていた。

 エリックは真剣に、田舎の情報の回る速さを恐ろしいと思った。


「………なんだよ」

 己を凝視する少女に、エリックはやさぐれた調子で問いかける。

「いえ? 命の恩人に対して、何も言いはしませんけれどね」

 責めるような目つきで、シャロンは溜息混じりに見つめてくる。

「お母様は大切にした方がよろしいですよ。特に病身とあれば」

 エリックはただ無意味に母親を捨ててきたものと思われていた。

「なんでもう、ここまで情報が回ってきてるんだよ…」

 今朝出発したばかりだというのに。

 少し離れたこの村まで、何故にエリックの行いが広まっているのか。


 悲しみに暮れるエリック。

 しかしそんな彼を、剣はいつまでも悲しませてはくれない。

『いつまでめそめそしているのだ。魔物がすぐそこにいるのだぞ』

 剣の言葉に対して、ぶつぶつと小声で応えるエリック。

「そんなこと言ってもさぁ…大体、お前が早く旅立てって言うから、村の人との名残も惜しんですぐに旅立ったんだぞ? それで今、こんなこと言われてるんだ。この責任は取ってくれよ」

 ぶつぶつと呟き続けるエリックの様子に、シャロンを初めとする村の人々が気色悪そうに顔を引きつらせている。

「可哀想に…」

「未だ若いっていうのになぁ」

「病気だったのは母親だけじゃなくて、息子もだったんだな」

 好き勝手なことを言いまくる、村の人々。

 その時、誰もが少年のことを頭の可哀想な人だと思っていた。

 自分の不用意な行動が周りの印象を悪化(むしろ同情?)させてしまったことに気付いたエリックは、一人黄昏れながらも、もう周りは気にするまいと決める。決められただけでも偉かった。

 人々に忘れ去られながらも、実は地味に人を襲っていたゾンビー達に向き直り、すらりと剣を引き抜く。

 …途中で剣を鞘に引っかけなければ、格好良かったのに。

 何となく村人達を見殺したいような気がしたが、ここで戦わなかったら勇者じゃない。

 人の命を救うのが勇者だとエリックは自分に言い聞かせる。

 自分の心を誤魔化そうとするエリックの心に、剣は話しかけた。

『うむ、偉いぞ、お主。よくぞ決断した。後は我に任せるが良い』

 その途端のことだった。

 エリックの体が、意思に反して勝手に動き始めたのは。

「うわっ」

 思わず声が漏れるが、そんなことお構いなしに体は勝手に動く。

 どことなく強引なその剣の導きにより、エリックは走った。


 そして飛んだ。


「えっ?」



  ずぶ………



 足の裏に嫌な感触を残して、エリックの足が沈み込む。

 どう見ても死後半年以上経っているとしか思えない、ゾンビー。

 体の殆どが腐ってしまっているゾンビーの、その胸へと。

 エリックの足は、足首の少し上の所まで腐った肉の中にめり込んでいた。

 誰もが嫌悪感を憶えずにいられない、半ば液化した肉がぼとぼととゾンビーの蹴られた胸からこぼれ落ちている。腐った汁がエリックのズボンに染み込み、布地をどんどん侵略していく。ずぶずぶの肉片が、不透明な肉汁が、蹴られた瞬間に飛び散ってエリックの顔にへばりついていた。

 飛び交う蠅が、思考回路の停止しているエリックの拳へとのんびりとまる。

 思わずのことに、剣の支配をはねのけてしまっているエリック。

 その場の誰もが、未だにゾンビーの胸へ足を埋めたまま何とも言えない顔で固まっている少年を眺めていた。ポカンと見開いた口も間抜けに、敵も、魔物も、一切の反応ができずにいた。

 もはやエンガチョで治まるかどうかという段階を超している。

 同情的であり、軽蔑的であり、多分に疑問を含んだ視線を受け、エリックは呆然と思った。

 何よりもまず、こう思った。

(………このズボンと靴、もう履けない)

 貧しく育った少年は、経済的な問題をまず先に考えた。

 そして腐った肉に食い込んでいる己の足へ、ゆっくりと視線を移す。

 その顔が泣きそうに歪んだ。気持ち悪さに吐きそうだ。

 思わずほろりと、実際に涙がこぼれる。

 のろのろと足を腐肉から引き抜くと、「ずぷ…」という擬音と共に足が抜けた箇所へ空気が通り、そしてそこから肉が崩れた。

 ゾンビー一体を倒したと同時に、少年は何か大切な物を失った。

「…っ馬鹿野郎おおぉぉぉぉぉっ!!!」

 青春という一つの時代に大きなトラウマを残した少年は、涙ながらに叫んだ。

 そして己の剣を地面へ叩きつけていた。

「ばか、ばかっ この馬鹿剣! 何てことしてくれるんだよぉ!」

 当然のことながら、エリックは剣へ文句を投げかける。

 その足からは、未だこびりついた腐肉の腐臭が漂っていた。

 そしてエリックは、本気で泣いていた。

「剣なら剣らしく、剣で戦えよ! 何が聖剣だ。何が勇者の剣だ! 自分の切れ味を持ってすればアンデットなどイチコロだとか言っといて、実際にやったのは飛び蹴りかよ。なんでだよ!」

 少年の心の傷は、深く、大きい。修復は不可能な程に粉々だ。

 それを解っていながら、剣は主にこう言った。

『決まっておるだろう。斬れば、刀身が汚れるからだ。あんな腐った物、我は斬りたくない』

「この我が儘! 贅沢者! 自分は嫌で、俺は良いのかよ!」

『お主に文句を言う資格は無い。文句があれば、早く我無しに戦えるようになるのだな。それまでは我が戦いにおいての法律だ。そして我が汚れずに済むのであれば、お主などどうでも良い』

 自分の武器のその言葉を聞いて、エリックは決めた。

 固く心に誓った。

 一刻も早く、何を置いても最優先で、戦い方を憶えてやると。

 そしてこの生意気な剣で、嫌と言うほど腐肉を斬ってやると。

 この時点で勇者エリックの一番の敵は、己の武器だった。


 ――これがエリックの、貧乏クジ人生の第一歩だった。





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