14. 山のような祝い品
アークライト男爵家とストーンハースト侯爵家の連名で婚約が公示されたのは、家族会議の翌朝だった。つまり、ユアンと夜会で出会って四日で婚約したということになる。
あまりの展開の早さに、頭が追いつかない。
たった四日前の自分に「あなたは近いうちに放蕩者と名高い侯爵令息と電撃婚約する」と教えたところで、質の悪い冗談だと笑い飛ばしただろう。それほどまでに、アリアナを取り巻く世界は目まぐるしいスピードで変貌を遂げていた。
両家を結ぶ婚約の知らせは瞬く間に王都中へ広がり、昼前には号外まで発行された。社交新聞の一面には、アリアナとユアンの名前が大きく躍っている。
『社交界の放蕩者、ついにただ一人の令嬢へ忠誠を誓う――ストーンハースト侯爵令息とアークライト男爵家三女、電撃婚約』
先日の醜聞についても、紙面では、まるで悲恋を乗り越えた恋人たちの逸話であるかのように書き立てられていた。
記事によれば、二人は以前から密かに想いを通わせていたものの、家柄の違いを憂えて関係を隠していたらしい。庭で二人きりになったところを目撃されたのも、ユアンが人目を忍び、アリアナへ愛を告げていたからだという。
どこをどう解釈すれば、そのような美談になるのだろう。
「想いを通わせていたどころか、まともに話したのは、あの夜が初めてだったのに」
新聞を握りしめたアリアナの呟きは、朝から途切れることなく届く荷物の騒ぎに紛れ、誰の耳にも届かなかった。
玄関広間には、各貴族家や商会から贈られた祝いの品が山のように積まれていた。銀食器に花瓶、東方産の茶葉、異国の果実を使った砂糖菓子。宝石を飾った置き時計や、アリアナ一人では持ち上げられそうにないほど大きな調度品まである。
もちろん、二人の婚約を心から喜んでくれる友人が、それほど大勢いるからではない。
新進気鋭のアークライト家と、絶大な権力を持つウィリンガム侯爵家。その強者同士の結びつきに対する、社交界からの露骨なへつらいと警戒の表れだ。どちらの家にも遅れを取るまいと先を争って贈り物を届ける貴族たちの計算が、絢爛豪華な品物の山となって玄関を埋め尽くしているように、アリアナには見えた。
「まるで、私たちを買収しようとしているみたいだわ」
次々と運び込まれる木箱を眺め、アリアナは小さく吐き捨てた。
母と使用人たちは、送り主の名前と品物を帳簿へ記録するだけで手いっぱいだった。
「こちらはロズベリー公爵家からです。銀製の燭台が一対と、祝いの葡萄酒が十二本」
「奥様、こちらの絨毯には送り主のお名前がありません!」
「包み紙か木箱に紋章があるはずよ。何も捨てずに確認してちょうだい!」
母の指示が飛び交う中、オリビアは大理石の台座に載せられた孔雀の剥製をしげしげと眺めていた。青緑色の尾羽を大きく広げた孔雀は、祝いの品として適切なのか首を傾げたくなるほど、玄関広間で異様な存在感を放っている。
「ねえ、アリアナ」
「何?」
「来週、法案が成立して婚約を破棄したら、これ、全部返すの?」
周囲の動きが一瞬にして止まった。
オリビアは凍りついた空気に気づいていないらしく、純粋な疑問を口にするように首を傾げている。
「それとも、一度は正式に婚約したのだから、もらってもいいのかしら。これだけの品を送り返すのも大変でしょう?」
「オリビア!」
母の鋭い声が玄関広間へ響き渡った。
「お祝いの品を前にして、婚約破棄の話などしないでちょうだい!」
「でも、期限つきの婚約なのでしょう?」
「破棄ではなく、円満な解消というべきではないかしら」
セシリアが冷静に訂正する。
「呼び方の問題なの?」
「社交界では、とても大切な問題よ」
姉たちのやり取りを聞きながら、アリアナは改めて玄関広間を埋め尽くす贈り物を見回した。
公爵家から贈られた銀器。伯爵家から届いた希少な酒。名のある商会が競うように持ち込んだ高価な調度品。どの品にも、二人の婚約が末永く続くことを願うカードが添えられている。
婚約を発表すれば、多少は祝いの品が届くだろうと思っていた。しかし、まさか屋敷の玄関を塞ぐほどの騒ぎになるとは考えていなかった。
「ちょっと待って」
アリアナの声が、自分でも分かるほど引きつった。
「これほど大々的に公表して、王都中からお祝いまでいただいたあとで、本当に婚約を解消できるの?」
「できるわよ。そのために契約書を作ったのでしょう?」
セシリアは迷いなく答えたものの、続く声にはわずかな苦笑が混じっていた。
「ただし、簡単だとは誰も言っていないわ」
アリアナの顔から血の気が引く。
法案が成立して事件が解決すれば、書類一枚で元の暮らしへ戻れるような気がしていた。だが、婚約は両家の間だけで完結するものではない。これだけ多くの人が祝福し、社交新聞まで二人の恋物語を作り上げてしまった以上、解消するときにも相応の騒ぎが起こるはずだ。
贈り物の山が、急に逃げ道を塞ぐ壁のように見えてきた。
「お父様。どうして、こんなにたくさん受け取ってしまったの?」
「受け取りを断れば、婚約に問題があると疑われるからだ。返すことになった場合に備えて、送り主と品物はすべて記録させている」
父はこともなげに答え、帳簿へ目を落とした。
「安心しろ。お前が解消を望んだときは、返すべきものはすべて返す。相応の返礼も添えてな。祝いの品を受け取ったのだから結婚しろ、などと言うつもりはないよ」
「つまり、婚約を解消したら、この孔雀もいなくなるのね」
オリビアが剥製の尾羽を名残惜しそうに撫でる。
「オリビアお姉様は孔雀の心配をしないで、私の心配をしてよ」
「きれいなのに」
「欲しいなら、同じものを自分で買えばいいじゃない」
アリアナが声を荒らげると、オリビアは肩をすくめて孔雀から手を離した。
「まあ、今すぐ解消するわけではないのでしょう? 法案もまだ成立していないし、事件も片づいていないもの」
「それは、そうだけど」
「だったら先に、目の前の問題を解決すればいいのよ。明日のアリアナが婚約を解消したいと思っているかどうかなんて、今日の私たちには分からないでしょう?」
「今のところ、解消する気は満々ですけど?」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
何も分かっていないくせに、オリビアは妙に含みのある笑みを浮かべた。
アリアナが言い返そうとしたとき、玄関の呼び鈴が再び鳴った。また祝いの品が届いたのかと思い、思わず身構える。
ところが、使用人が運んできたのは、華美な包装を施した箱ではなく、一通の封書だった。
差出人の名を確かめた途端、胸がわずかに高鳴る。
ユアン・ウィリンガム。
この騒ぎのもう一人の当事者は、今ごろどのような顔をしているのだろう。何をするにも腹立たしいほど余裕のある男のことだから、山のような祝いの品に囲まれても、きっと平然と笑っているに違いない。
「アリアナ、好きだ。愛しているよ」
すぐそばから聞こえた低い声に、アリアナの肩が大きく跳ねた。
振り返ると、オリビアが大理石の台座から孔雀の剥製を抱え上げ、その顔をアリアナへ近づけている。孔雀の頭を上下に揺らしながら、ユアンを真似ているつもりらしい甘ったるい声を出した。
「僕の心は永遠に君のものだ、アリアナ。君の瞳は星よりも美しく、唇は薔薇よりも――」
「オ、オリビアお姉様! 気持ち悪いからやめて!」
アリアナは顔を真っ赤にして手紙を背中へ隠し、迫ってくる孔雀の頭を押し返した。
「そんなことは一言も書かれていないし、毎朝手紙が届くわけでもないわ!」
「あら、残念。新聞にはあれほど情熱的な恋物語が書かれていたから、手紙の内容もどれほど甘いのかと期待したのに」
「調査の報告に決まっているでしょう!」
「まだ開けてもいないのに、どうして分かるの?」
「それは……ほかに書くことがないからよ」
口にした途端、なぜ自分が少し残念に感じているのか分からなくなり、アリアナはますます顔を熱くした。
「オリビア、そろそろ孔雀を戻しなさい。それ、意外と高価な贈り物なのよ」
母に叱られ、オリビアは剥製を大理石の台座へ戻した。それでも悪戯っぽい笑みは消えない。
「いつか本当に甘い手紙が届いたら、私にも読ませてね」
「絶対に見せない!」
「届かないとは言わないのね」
「もう、降参。お願いだから、放っておいて!」
オリビアが堪えきれずに笑い出し、その傍らではセシリアまで口元へ手を添え、上品に肩を揺らしている。
家族の賑やかな笑い声に包まれながら、アリアナは背中へ隠した封書の感触を、指先でそっと確かめた。
中身が事件についての報告であることは、きっと間違いない。それなのに封を開ける前から、胸は祝いの品を見たときとはまるで違う理由で、落ち着きなく高鳴っていた。




