5 ダイヤモンドの涙
シエラちゃんにこっそり会いに行くので、私はうきうきだ。
隠し通路はシエラちゃんと私の部屋もつながっている。奴隷にすると宣言しても、シエラちゃんを私の部屋に入れることまでは許可してもらえなかったからだ。
「シエラちゃーん!」
シエラちゃんの部屋に入って、シエラちゃんに思いっきり飛びつこうとする。でも、異変に気がついた。
シエラちゃんはそのもっちもちのほっぺを自分でつねっている。赤くなった頬を容赦なく引っ張る姿に、慌ててその小さな手を掴んだ。
もちろんそんなシエラちゃんもかわいいのだけど、これは見過ごせない。
「何してるの!? 痛くない!?」
「⋯⋯あ、お姉様。涙を出してあの水晶をもう一回作ろうと思って⋯⋯」
シエラちゃんはつねりながら、ポロッと涙をこぼす。こぼれた涙が、床に落ちた瞬間に硬質な音を立てる。『コロコロ……』と転がっていったのは、紛れもないダイヤモンドの原石だ。
「⋯⋯今、五個目。水晶だと価値がないからもっと作らないと⋯⋯濁ってるし⋯⋯」
シエラちゃんがうつむいた。
(いやいや、ダイヤモンドの原石ですーっ!)
「それ、すごい価値のあるものなんだよ!? ダイヤモンド!」
「⋯⋯でも、ダイヤモンドを作れるのは皇族だけだから違うと思う⋯⋯」
(おっと? そんな設定あったっけ?)
原作にはそんな設定ははっきりとは出てこなかった。
皇族だけが使えるということは、シエラちゃんは本当は皇族だったりして?
その可能性もあるかもしれない。
「シエラちゃん。無理に涙出さなくていいんだよ? 前の時のお金も結構余ってるし」
「⋯⋯お姉様。水晶を売ったって、本当は嘘なんでしょ。前買ってくれたものだって、本当はお姉様のお小遣いから買ったんだよね? 水晶にそんなに価値はない⋯⋯」
「嘘じゃないよ!? 今度宝石店に一緒に行ってみたら分かるよ!」
(原作がそう言ってるんだからそうなの! 安心して!)
とは言わないけれど、事実だから仕方がない。
「よーしっ! 宝石店に行く計画を練らないとっ!」
「⋯⋯本気なの?」
「うんっ! ダイヤモンドか確かめてもらおう! ついでに売りつけてやろうね」
私の鼻息の荒さに、シエラちゃんは少しだけ気圧されたようにパチパチと瞬きをした。その長い睫毛に残る涙の粒が、またきらりと光って私の心臓に悪い。
(ダメダメ、これ以上泣かせたら私の心臓がもたないし、部屋がダイヤの鉱山になっちゃうーっ!)
「というわけでシエラちゃん! 早速だけど、お出かけの準備をしょうっ!」
「……お出かけ? でも、私はここから出ちゃいけないから……」
「大丈夫、正面から堂々と出なければいいの! シエラちゃんの教えてくれた隠し通路だってあるし!」
あの時に使った、昔の作りをそのまま残してあるという隠し通路だ。原作では最後の方に、それを使ってシエラちゃんが逃げるという描写があった。
まさかこんなハッピーな目的で利用することになるとは、原作者も思わないだろう。
「でも、そのままだとシエラちゃんのその可愛いお顔と髪が目立っちゃうから……はい、これ!」
私はクローゼットの奥から、あらかじめ用意しておいた大きめのフード付きローブを取り出した。
「……これ、お姉様の?」
「そう! シエラちゃんにはちょっと大きいけど、すっぽり隠れてちょうどいいよね。ちょっと着てみて?」
されるがままにローブを羽織り、フードを深く被るシエラちゃん。ぶかぶかの袖から小さな手が少しだけ覗いている。
(……え、待って。可愛すぎない? 目立たないようにするつもりが、逆に『守ってあげたい小動物感』が爆発してるんだけど!?)
ゴロゴロと悶えそうになるのを必死に堪え、私はシエラちゃんの手を引いた。
(やばいっ、これじゃあシエラちゃんの可愛さを独り占めできないっ! じゃなくって! 目立っちゃう!)
そう思いながらも、これ以上の変装は出来ないので仕方がない。
「よし、変装はバッチリ! それじゃあ、秘密の大冒険に出発進行ー!」
「……う、うん」
少し不安そうに、でも私の手をぎゅっと握り返してくれるシエラちゃん。
その手の温もりに、私のオタク脳は「全財産を貢ぐ」という決意を新たにするのだった。
──数十分後。
薄暗い隠し通路を抜け、私たちは無事に街の賑やかな通りへと出た。
目指すは、この間私のダイヤモンドを見せつけてやったあの宝石店だ。
「ここだよ、シエラちゃん。……あ、すいません、鑑定をお願いしたいんですけど!」
重い木製の扉を押し開け、私はカウンターにいた店主に、シエラちゃんの作ったダイヤモンドをコトッと置いた。
「ほぉー⋯⋯。お嬢様、またすごいものを持ってきましたね⋯⋯」
店主はそう驚きの声を漏らした。
「今回も非情に純度の高いダイヤモンドか⋯⋯落としても絶対に割れなそうだ⋯⋯」
(そりゃダイヤモンドですから。というか、もう少し驚いてくださいーっ)
もう慣れているようだった。私は、シエラちゃんに優しく言う。
「ほら、ダイヤモンドだよ」
「本当に⋯⋯でも私は皇族では⋯⋯」
「そこは⋯⋯わかんないけど⋯⋯でも! 何でもいいけど、もう自分で涙を流す必要ないからね! これ一個売るだけでめちゃめちゃ儲かるんだからね!?」
「う、うん」
シエラちゃんが、戸惑いながらもくすくすと笑う。
(やっ、やめてーっ!! 可愛すぎでしょーっ!! あれ!? 私現実でも叫んでないよね!? 大丈夫だよね!?)
私はそんなシエラちゃんがかわいすぎて、心のなかで叫びまくってしまった。まあ可愛いのは事実だし仕方ないよね!
「お、お嬢様。また大金貨五枚でどうでしょう⋯⋯」
やたら勢いよく喋っていたり、シエラちゃんに「はわわーっ」という顔をしているのにドン引きしている店主が恐る恐る声をかけた。
「ええ、また買い取ってくださりありがとうございます」
私は悪役令嬢の仮面を被り直し、ニッコリと微笑んだ。
私はこのお金を何に使うか考えていて、店主のひとりごとを聞き逃した。
「あのお嬢様と似ているようで似ていない、フードを被った白髪の少女⋯⋯あのダイヤモンドの質といい、あの容姿はどちらかというと、公爵家ではなく⋯⋯皇族の⋯⋯いや、まさかな⋯⋯」
お読みいただきありがとうございます。




