第26話 親からの贈り物
「おい、とっ、とりあえず捕まえろ!!」
店の人らしい男の人は、私たちに向かって叫んできた。
私が呆然としていると、お母様が呟いた。
「私たちに向かって命令だなんて、失礼な人ね」
(⋯⋯これは、どっちが悪いんだろう?)
そもそも奴隷を扱っている店の人か、店の人が慌てているのに無視しているお母様か。
(っていうか⋯⋯この子、奴隷だよね? 店の人が捕まえようとしてるって言うことは⋯⋯)
奴隷は逃げ出そうとしてるのかな?
捕まえたほうがいいのか、逃がしてやったほうがいいのかわからない。
とりあえずぼーっとしていたら、お店の人が険しい顔でこちらを睨んできた。
「売り物なんだ、捕まえてくれ」
奴隷はちょうど私の後ろにいた。隠れるようにして、私をチラチラと見てきた。
(何と言うか……可愛い)
まだ幼い少年だけど、しっかりしていそうだった。
ぶつぶつと、何かを唱えている。
(そうだ!)
私は奴隷の腕をパシッと掴むと、お母様に向かって言う。
「この奴隷を買うというのは、どうでしょう?」
◇◇◇
私の考えはこうだ。
シエラちゃんは、きっと帰ってくる。
それまで、この奴隷を育てて、シエラちゃんの友達にしてあげたいと考えたんだ。
よく考えてみたら、シエラちゃんには、私以外に話す相手もいなかったし、名案だよねっ!
(そうだよ、シエラちゃんは帰ってくるもんねっ!)
私は満面の笑みになった。
「⋯⋯で、どういうつもりなんだよ」
目の前にいる奴隷は呆れたようにため息を付いた。
ここは部屋の中。家に帰ったあと、私は奴隷をすぐにお風呂に入れて、発見した怪我の手当をしてあげた。
そして、今は、この奴隷を観察しているところだった。
(この子がシエラちゃんの友達になれる人材か確かめなきゃだし)
「俺は逃げようとしてたんだ、何で隠れたときには捕まえなかったくせに急に買うとか⋯⋯お前、馬鹿なのか?」
(⋯⋯あれ、何か、口悪くない? 奴隷だったせい?)
「⋯⋯とりあえず、シエラちゃんの隣にいられるようにするためには、いろいろできるようにしなくちゃね!」
その言葉から、二人の特訓が始まった。
◇◇◇
まずはシエラちゃんの部屋の掃除。この子の教育にもなるし、掃除してあげたいからだ。
「⋯⋯おい、これでいいか」
「全然ダメ! シエラちゃんが帰ってくるまで、もっと部屋をきれいにしなくちゃ」
私が隣で窓をキュッキュと拭いていると、「おい」と話しかけてきた。
「⋯⋯ここ、シエラ? ってやつの部屋なのか? 物置じゃなくて?」
「うん、君の部屋もこんな感じだったでしょ?」
「君ってなんだよ、気持ちわりいな」
(⋯⋯口悪いなぁ⋯⋯)
奴隷って、こんなもの?
でも、シエラちゃんはこんな感じじゃないし、やっぱりこの子の性格の問題かな?
「そろそろいいかな。今度は、シエラちゃんが置いていった荷物の整理だよ、君はこっちね」
「だから、君ってやめろよ」
そう言いながらも、渋々物を運んだりまとめたりしている。
「だって、名前知らないから⋯⋯」
「じゃあ適当に呼んでくれ、俺には名前なんて無いんだ」
「⋯⋯え?」
私は目をぱちくりさせた。
名前がないって⋯⋯?
「つけられたこと無いの?」
「ああ。売れ残った奴隷は、まとめて狭い部屋に放り込まれる。そこで生まれたのが俺らしい」
「じゃあ、親に育てられてないの?」
「⋯⋯母は弱っていたからすぐ死んだし、父はその後部屋から出されてすぐ売られたから、顔も覚えていない。もはや親という認識ですらないけどな」
小さく笑うこの子を見ていたら、少し、切ない気持ちになった。
「⋯⋯でも、勝手につけるのは⋯⋯」
(名前は親からの最初の贈り物なのに、私がつけるのは⋯⋯)
「もう、勝手に呼べよ」
すたすたと歩いていこうとしている。
(だったら⋯⋯)
「アーシャ!」
叫んだ瞬間、ビクッとして振り返った。
そのまま、困惑した瞳でこちらを見つめてきた。
「アーシャ、は、どう⋯⋯?」
「アーシャ⋯⋯」
(この子、不安そうなとき、ずっと『アシャ』って唱えてた⋯⋯愛着のある言葉みたいだったから、そのままその言葉の響きで⋯⋯)
「だめ、かな?」
「⋯⋯」
私はこの子――アーシャをじっと見つめた。
「勝手に呼べって、言っただろ」
突き放すような言葉。
でも、さっきより、その言葉が暖かく感じた。
「うんっ!! 分かった、アーシャ!」
お読みいただきありがとうございます。




