2 買い出し大作戦
「お母様。私、街に行こうと思っておりますの」
「街?」
翌日の昼。私は、冷徹で気品のある悪役令嬢として、お母様にそう告げた。
私はそのまま続ける。
「宝石族の領民たちの動向も、たまにはこの目で確かめておかなくてはなりませんから」
「それもそうね」
お母様は、「素晴らしい心がけね。本当にセイラは頼もしいわ。行ってらっしゃい」と、私を疑いもしない。
(緊張したぁ⋯⋯。でも、お母様の前でもノーミスで乗り切ったぞーっ!)
私は心のなかで叫んで、小さくガッツポーズをした。
屋敷の馬車に乗り込んだ瞬間、私はドレスのポケットを外側からそっと押さえた。
中には、昨夜シエラちゃんが流した、あのダイヤモンドの原石の涙が入っている。お母様にバレたら即破滅。でも、絶対にシエラちゃんのために最高のお土産を買ってくるんだから!
街に着いた私は、一人で最高級 of 宝石商の店へと足を運んだ。
(原作で、一度シエラちゃんが迷い込んだんだよね)
チリンとドアベルが鳴り、奥から出てきた店主は、私の小さな体を見てあからさまに「子供の冷やかしか」と鼻で笑う。
「お嬢様、うちのような高級店は、迷子のお子様が来るところではありませんよ? お引き取りを」
舐められたものだ。だけど、ここで怒って声を荒らげるのは二流の悪役令嬢。
私は白髪をさらりと揺らし、冷たいブルーの瞳で店主をじっと無言で見つめた。それだけで、店主の顔から余裕の笑みが消え、ごくりと唾を呑むのが分かった。
「ええっと⋯⋯店に入るのは良いが、お嬢様に買えるものがあるのかな?」
「いえ、これを買い取っていただきたいのです」
私は初めて声を出すと、ポケットからあの完璧な一粒のダイヤモンドの原石を取り出し、カウンターへコロン、と静かに差し出した。
「こ、これは! 濁った水晶⋯⋯いや違う! 傷一つない、純度百パーセントのダイヤモンドの原石……! 一体どこでこんな至高の石を……!」
店主はごくりと息を呑み、私の顔色を窺いながら、わざとらしい引きつった笑みを浮かべた。子供だと思って、安く買い叩くつもりの目だ。私はすぐにそう分かった。
「お、お嬢様? これは確かに珍しい原石ですが、まだカットもされていないただの石ころです。……そうですね、大金貨一枚でいかがでしょうか?」
大金貨一枚はこの世界ではだいたい十万円だ。
(……は? ふざけないでよ。原作知識のある私を舐めないでくれる?)
私は表情を一ミリも変えず、さらに冷ややかな視線で店主を見つめ、短く告げた。
「……大金貨、五枚はどうでしょう」
「な、なんだと!?」
「これだけの純度です。カットすればどれほどの価値になるか、プロの貴方なら分かるはず。⋯⋯それとも、別のお店に行きましょうか?」
スッと原石に手を伸ばすフリをすると、店主は血相を変えて「お待ちください!」と私を止めた。私の威圧感に完全に呑まれている。
「わ、分かりました! 大金貨五枚で買い取りましょう!」
私は、顔を店主に向けると、ニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
私はそのまま大金貨五枚を受け取ると、優雅な足取りで店を出ていった。
(よーしっ! リボンとか買いまくるぞーっ!)
私は大金貨の入った重い袋を抱えながら、街で一番大きな、ドレスやリボンが売っている雑貨屋へと足を運んだ。
周囲の目が気になるので、あくまでおすました顔で店内を見回す。
(ギャーーーッ! この光沢のある最高級の青いサテンリボン、シエラちゃんのブルーの瞳に似合うに決まってる! こっちのフリルレースも、お下がりドレスの袖口に縫い付けたら絶対に可愛いっ! 全部くださいーっ!!)
私は欲しいものを次々と指差して、冷淡な声で店員に告げた。
「……それと、これ。あと、あちらの棚のものもすべて包んでちょうだい」
「は、はいっ! かしこまりました、お嬢様!」
店員が私のクールな威圧感とお金の良さに平伏している。
その後、大人気の焼き菓子店にも寄り、うさぎの形の高級クッキーを真顔でスマートに購入した。
重くなったお土産の袋を抱え、私はクールな仮面を崩さないまま、心の中でガッツポーズをした。
(大金貨一枚も使い切ってない! シエラちゃん、待っててね! お姉ちゃんが今、最高のリボンとお菓子を持って帰るからねっ!)
心のなかで叫びながら、私は店から出ていく。店の人が私の大量の紙袋に驚いていたけど、そんなのどうでもいい。
(早く帰って見せてあげようっと!)
家に帰ると、私はあることに気がついた。
(これ、どうやって入るの?)
家の前に沢山の護衛。そして、廊下にも護衛。部屋の前にも護衛。
(お母様に報告されたら終わりでは?)
私は頭を悩ませながら、ずっと家の近くでウロウロしている。護衛とかなら私だと分かるだろうけど、周りから見たら不審者だろう。
そんなとき。つんつんと、誰かが私の手に触れた。
「⋯⋯お姉様?」
(し、シエラちゃん!? 可愛い⋯⋯じゃなくて! なんでここにいるの!?)
「シエラちゃん、何でここに⋯⋯」
「⋯⋯お姉様が困っているみたいだったから、隠し通路から⋯⋯」
「えっ、隠し通路あるの!?」
シエラちゃんは静かに頷いた。
(そう言えば原作でもあったような⋯⋯忘れてたとか、ファン失格じゃんっ⋯⋯!)
「⋯⋯お姉様。これ、なに?」
「あっ、そうそう。リボンとかクッキーとか買ってきたよ! 後で開けてみようねっ!」
シエラちゃんは、顔を赤らめながら呟いた。
「⋯⋯ありがとう」
(うわぁぁぁっ⋯⋯!可愛すぎる⋯⋯!)
私は、それだけでもう倒れてしまいそうだった。
(これからもいっぱい買ってあげるね!)
お読みいただきありがとうございます。




