魔人覚醒
尋常ではない爆発が起こっている。
ギルスとゲイオスがぶつかり続けた結果、クリスタルで作り上げられた宮殿はあっという間に崩壊した。
ギルスが所有するドローンは、現地に辿り着こうという頃合いになってその光景をとらえている。
続いてカメラは天高く登る光の柱を目撃した。
黒と白の光が重なり合い、螺旋を描くようにどこまでも伸びている。その先で二人の男が殴り合っているなど、誰が想像できようか。
さらにクリスタルの輝く宮殿が崩壊する様も、ドローンはおさえていた。
視聴者達は超常現象のような何かを、呆然としながら見守ることしかできない。当初はこの映像について、天変地異と考えるものが多かった。
既に同接は五千万を突破しているが、数字が止まる気配がない。多くの人々がギルスの配信に夢中になり、我を忘れてしまうほどである。
病院ではユリカとエイリーンが、緊急避難所ではアオハが、市街地ではダンジョンコレクターズが配信を視聴し続けている。
ただ、これまでの配信と同じ感覚で観ている者は少ない。視聴している人々にとっても、もはや他人事ではなくなっているからだ。
既に警察も自衛隊も駆除に動いているが、彼らだけで地上に現れた魔物達を仕留めることはできない。
魔物は徐々に数が増えており、ダンジョンからは少しずつ強い魔物も溢れてきている。
ダンジョン瘴気が止まらない限り、魔物は地上で活動をすることができてしまう。逆に、瘴気さえなくなれば生命維持ができなくなる。
この状況を、探索者も黙って見ているわけではない。
多くの探索者が、外に現れた魔物から一般人を守っていた。だがそれでも、トップランカーと呼ばれる存在は登場していない。
今多くの探索者は、深く潜ったダンジョンから帰る途中である。
結果的に日本国内で頼りになるのは、ギルスとその仲間達だけであった。
こうした経緯から、ギルスは可能な限りゲイオスを迅速に仕留める必要がある。
だが、彼は心の奥で警戒していた。この白き稲妻を操る男は、奥の手を隠し持っているに違いないと。
そしてもう一つ、ギルス自身が戸惑っていることであり、最も不思議に感じてしまう謎があった。
異空間で激しい攻撃を繰り返すゲイオスの手には、いつしか白と黄金に輝く剣が握られていた。
それはまるで日本刀のような形をしており、彼の魔力を剣の形に変えたものである。
ギルスは容赦なく迫り来る刃をかわしながら、異空間の森の中を走る。
二人が過ぎ去った後で、幾つもの大木が音を立てて崩れ落ちていく。
(なぜだ……)
魔王の困惑は深まる。目前にいる神と呼ばれし男は、その迷いを突いてきた。剣が真っ直ぐに、喉元めがけて迫ってくる。
ギルスの目線からは、刃の切先が無音で抉りにかかったようだった。音や風が遅れて届くような、奇妙な感覚である。
「もらった」
ゲイオスはこの時、昔の記憶を失っていた。これは魔人となったギルスの症状によく似ている。
だが、剣で敵を仕留める感覚は覚えている。この一撃は防げない。
光の剣が、真っ直ぐにギルスの喉元にめり込んだように見えた。しかし次の瞬間、彼は幻のように消えてしまう。
「……!」
まるで瞬間移動であった。ギルスはいつの間にか彼の頭上におり、強烈な回し蹴りを顔面に叩き込もうとする。
すぐにゲイオスは、両手を使って蹴りを防いだが、視界が理解できないほどに回り続け、どこかに飛ばされていく感覚に驚いていた。
そしてクリスタルパレスの壁まで吹き飛び、貫通してしばらく転がった後にようやく止まったのである。
(やはりダメだ……)
ギルスはすぐに、敵の元へと迫った。だが追撃にも躊躇してしまう。
彼の違和感の正体は、自分自身である。
ゲイオスを相手にすると、破壊できるほどの攻撃を繰り出すことができない。そして、当たるその瞬間になぜか加減してしまう自分がいる。
対して、ゲイオスは全力で殺しにかかっていた。
ギルスの上着やズボンに、微かだが剣の切り傷が生じている。いつもの彼であれば、考えられないことであった。
「どうした? 来ないのか」
神と呼ばれし男は、じっと向かい合っている魔王を観察している。そして、光の剣に注いでいた魔力を止めた。剣は霧のように消え去ってゆく。
ここでようやくドローンが、睨み合う二人を映像にとらえることに成功していた。
「君はまだ本気ではないな」
ギルスは答えない。ふと周囲にあった森から、大きな鳥の魔物が逃げるように去って行った。
続いて、なんと空を泳ぐ巨大な鯨のような魔物が何体か現れ、逃げる鳥を追いかけ捕食していく。
視聴者達は突如として現れたゲイオスと、あまりにも不気味かつ唐突な森の光景に驚きを隠せずにいた。
:この人敵なの?
:やっとギルスニキに会えた泣
:爆速の殴り合い。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね
:ここって何処なんだろ
:めちゃくちゃ強そうやんけ
:怖いー!
:ギルさーん
:え、え? クジラじゃね今の?
:異世界にいるのー?
:普通にギルスと互角だったりするのかな
:これまでで一番強そう!
:ぱっと見は綺麗な森と草原だけど、怖そうな魔物いっぱいじゃん
:よく分からんけど、やっちゃえ!
:二人ともオーラがヤバイわ
:ひえええええええええ
:さっきバチバチにバトってたのこいつか!
:二人ともイケメンやな
:なんか対等な感じ
:強者オーラがハンパない
:さっきの魔物何だったんだ
:なんかオーラが全然違う。芸能人とか目じゃないわ
:ロン毛の人ガチでイケメン
:一見すると幻想的だけど、なんか怖い
:相手の男、なんか空気変わってきた?
:ん?
:おお?
:頼むから鯨とかこっちに来ないでくださいお願いします
:なんか姿が
「そうか。この森が傷つくことを躊躇っているのか。ならば心配はいらない。私のためだけに作られた世界だ。全ては仮初だよ」
「それは気にしていない」
目前にいる長髪の男は、またも優しげに笑う。
ギルスはその笑みを見るたびに、何か体に違和感が生じていた。しかも、これまであった記憶の修復が、じんわりと進んでいるような予感すらある。
要するに、王は自分の中に生じている何かに翻弄されていた。
「君は優しそうだけどね。まあ良い。そういう私も本気ではなかったよ、これまではね。マリアベル」
「はい」
崩壊したクリスタルパレスから脱出していたマリアベルが、彼の元に跪いた。
「私は今からあれをしようと思う。いいかな」
「お好きなように」
「本当に良いのかい? あれを行ったら君は……」
「この身、すでに貴方様に捧げていますわ」
ギルスは敵が何をするつもりか、見極めようとしている。
日本が大変なことになっている今、可能な限り急がなくてはならない。だが、焦りや急ぎが碌な結果をもたらさないことを、彼は経験上知っていた。
「ありがとう。では始める——魔人覚醒——」
ギルスは小さく呟かれた発言に目を見開いた。
魔人覚醒。
それは魔人として十分な実力を持つ者が得る、別の姿へと変わる能力である。
ほとんどの場合、魔力が大幅に高まり、あらゆる戦闘能力が増大する。しかし大抵の場合、ずっとその姿を維持することはできない。つまり制限時間が存在する。
(やはり出来たのか。俺が心の奥で警戒していたのはあれか)
変化はあまりにも壮大であった。
空が真っ白に染まり、風という風が彼の元に集まってゆく。太陽の光が激しく注がれ、ゲイオスはいつしか宙に浮かんでいた。
「ああ……ゲイオス様……私の……神……」
マリアベルは嬉し涙をこぼしながら、その身を消滅させていった。
大昔、彼女は元々はゲイオスをなんとも思っていなかった。ただ利用しようと陣営に引き入れたのだ。
二人は同志という間柄で、それ以上でもそれ以下でもない筈だった。
当時マリアベルの頭には、王位継承の四文字しかなかったのだ。
必ずアルファルドの王位を自分のものにしてみせる。その野心だけが彼女を突き動かしていた。
しかし多くの戦乱を経て、マリアベルのゲイオスへの気持ちは劇的なまでに変わっていく。
いつしか彼女は、ゲイオスに国を捧げるために、自らが王位を継承するという夢を持つようになる。
こうして強大な光に照らされ、消滅していくことも本望であった。
彼が妻を欲せず、異性を求めようとしないことを知った時、愛はいつしか崇拝へと変わり、結ばれることを諦める代わりに、神になってくれることを望んだ。
「さようなら、マリアベル。君が望んだ神に、私はなることを決めたよ」
魔人として力を振い続け、人だった時の記憶は失っている。それでも、彼女達のことは覚えていた。
ならば果たす。どんな犠牲を払っても。
ゲイオスの姿はまさに神々しい。髪は白髪へと変わり、肌は白さが際立ち、体の至る所に線が入っている。
瞳は黄金の色へと変わり、静かにギルスを見つめていた。
全身から発現している白き稲妻は、常人ならば見ているだけで恐れを感じるほどの勢いに満ちている。
「我が命令に抗う者、全てを滅ぼす。例えそれが、異なる世界の人々であったとしても変わらぬ。これより庭を離れ、新たな世界で我は君臨する」
ギルスの内から、マグマのように熱い何かが上ってくる気がした。
「人は決して神にはなれない。この場で教えてやる」
二人の魔人が火花を散らし、戦いはいよいよ激化していく。
その光景はまさに、これまで視聴者達が観てきたどの配信よりも苛烈であった。
しかしながら美しく幻想的で、多くの人々に忘れ得ぬ衝撃をもたらした。




