白き雷光の魔人
「ギルス様っ!」
ルナは神殿の地下へ突入し、王の名を叫びながら最奥へと辿り着いていた。
そこでよく知る男と白馬が、壁を見つめて途方に暮れている姿を目撃する。
「ポルンガ! ギルス様はどこだ?」
「ん? んー……それがちょっとなぁ。どうやら不思議な世界に行っちまったみたい、としか言えん」
「不思議な世界?」
先ほどギルスが入って行った白い光は消え、壁は魔力の名残を残すばかりである。
「この壁の向こうか! では僕がぶち壊して」
「ちょいちょい! 待った待った、どうどう! どうどう!」
「その言い方はやめろ。僕は馬か!」
「まあまあお嬢さん、落ち着きなさいってば。この壁の向こうには何もねえんだわ。つまりギルス様は、忽然と消えちまったってわけ」
「な、なんだと。く……こんなことなら、僕がずっとお側にいれば」
ルナは心から悔やんでいた。ポルンガはそんな姿を見てげんなりしている。
「気にすんなってー、まあ俺たちはできる限りをしてるべー。普通は世界が違っているのに、危機を察知して駆けつけるなんて出来ねえんだから。ギルス様のことだから、大丈夫だって」
ここで、なぜ二人と一頭がこの事件を察知できたのかを話しておきたい。
ポルンガ達がここにやってきたのは、元々今落ち着きなく室内を歩き回っているシロのおかげであった。
建国際の準備がいよいよ佳境となり、シロは行進の予行演習をやらされることになる。
しかし神馬は、ギルスの影武者を勢いよく振り落とすと、そのままゲートへと飛び去ろうとしたのである。
影武者は背中を打って痛がっていたし、ポルンガは慌てていた。
どうしてこうもシロが興奮しているのか分からなかったし、なぜゲートに向かっているのかも、最初は理解できなかった。
だがシロが必死になるのは、いつだってギルスの側に危ない者が近づく時だ。
それを知っていたポルンガは、まさかと思い自らに綱を巻きつけ、もう一度地球へと赴いたという経緯であった。
さらに、ルナが一人と一頭の動きに気づいた。そしてすぐに彼らの後を追った。そういった流れがあり、今こうして二人と一頭は地球で主を探している。
「それにしても、この壁文字を見て思い出したんだけど、さー」
「壁文字……これがどうかしたのか」
ポルンガはしきりに、壁に描かれた文字や絵を追っていた。そして、深刻そうにため息を漏らす。
「もしかしたら、ギルス様はアイツと戦うことになるのか。厄介やなーと思ってよ」
「アイツ? 誰のことだ」
「……神様、になるのかな」
かつて、アルファルドとギルス達が戦をしたのは、約九年近く前のことである。
二つの勢力はいつ激突してもおかしくなかったが、実際に刃を交えるには相当な年月を要したのだ。
これには二つの理由がある。一つは単純なもので、国の距離が遠く離れていたことだ。
続いてもう一つは、ポルンガともう一人の柱が、できる限り彼の国との戦いを後回しにしたい、と考えていたから。
魔王の十二柱には一人、老齢の魔人がいる。
彼はポルンガとよく協力し合い、確実に勝利できる戦しかしないよう、できる限り下調べと政治的駆け引きを行なっていた。
ギルスの独断であれば、ずっと早い時期にアルファルドと戦っていただろう。
それをさせなかったのは、二人の柱が一つの不安要素を気にかけており、あらゆる言葉でもって王を説得していたからである。
アルファルドには、神とさえ称される危険な敵がいる。その者が持つ伝説は計り知れないものがあり、二人の魔人は直接ぶつかることが危険であると判断していた。
しばらくして、アルファルドの神とされた存在は行方不明となり、もはや負ける要素は無くなったと判断し、戦いに踏み切ったという流れがある。
その後の戦いに、実際にギルスは勝利していた。
ポルンガとある魔人は、神とされる存在が現れなかったことに、心底ホッとしたものである。
神と魔王が戦うことは、もう起こり得ないと思われていた。
◇
クリスタルパレスの中は、どこもかしこも青い鏡だった。
ギルスはマリアベルの魔力を探りながら、人気のない世界を進む。
そして階段を登り、一番奥にある大扉を開いたところで、彼女の姿を見つけた。
ギルスが近づいても、マリアベルは気にかける素振りもない。
まるで城の謁見の間を思わせる空間に、彼らはいた。奥には宝石がいくつも備えられた玉座があり、彼女はそこに座る人物の前に跪いている。
玉座に座る男の姿を目にした途端、ギルスの心臓が跳ねた。
自分は今、何か重大なものを目にしている。直感的に体が理解している。
「ああ……私の神……」
情熱に満ちた口調で、マリアベルは囁く。
「とうとう貴方様に再会できたこと、幸甚の至りに存じます。さあ、お目覚めくださいませ……ゲイオス様」
「……ゲイオスだと?」
ギルスは彼女が発した言葉に疑問を抱いた。それはつい先ほど彼女が語った神の名である。
目の前にいるのは、彼にとっては人にしか映らない。
「ええ、そうよ。貴方の前にいらっしゃるのは、全能の神ゲイオス様。今こそ封印から目覚めし時。そして、世界全てが我々のものとなる日」
(瘴気の主はこいつということか)
マリアベルの主張を、ギルスは妄言だと感じていた。ただ、膨大な量のダンジョン瘴気を発している大元は、この男であると考えている。
「この男を倒さなくてはならない」
「それは不可能よ。人が神を倒すなんて、決してできない」
「そいつは神ではない」
「いいえ。至上の神だわ」
なぜこの男のことを、マリアベルはこうも崇めているか。
ギルスには理解のできない感情であったが、彼はここで話を終わらせることにした。その身に尋常ならざる、黒き稲妻を纏うことによって。
計測不可能なほどの魔力を発しても、マリアベルは動揺する気配がない。
彼女は玉座に座る男に心酔し、あらゆる恐怖を取り除かれている。そして、彼女の想いが伝わったかのように、男が目を覚ました。
瞬間、白い輝きが部屋を包み、ギルスは眉をひそめる。
まるで本当に神が憑依したかのように、神々しい光を纏いながら、男は静かに立ち上がったのだ。
「ああ……ああ……ゲイオス様」
「……ここは……我が宮殿」
男は見た目は二十代後半、または三十代前半程度に見える。長い黒髪をしており、上半身は裸で、下にはサルエルパンツを履いている。
とても長身であり、引き締まった筋肉とただならぬ雰囲気を纏っていた。
「マリアベルか。私はこれまでどうしていた?」
「貴方様は悪しき封印により、永き眠りにつかれておりました」
「封印……いや、まずそのことは後だ。他の者達はどうした。そして何より、そこの者は何者だ」
ギルスは神と称される男と向かい合っていた。
驚いたことに、その風貌と声を聞くにつれ、もしかしたらマリアベルの妄言は真実ではないか、という異常な予感がしてくる。
ゲイオスには確かなカリスマ性があった。これだけの魅力を持ち得ているなら、担がれるのも無理はないと、異世界の王は考えていた。
「他の者達は、外で戦を。そこにいる者は、侵略者でございます」
「それは違う」
ギルスはマリアベルの報告を否定した。
「侵略をしようとしているのは、お前達だ」
この一言に、珍しくマリアベルは慌てた。そしてクリスタルパレスに足を踏み入れた男に、醜い殺気をぶつける。
「何を馬鹿な! この世界における富、あらゆる名声はゲイオス様のもの。ゲイオス様! こやつの虚言に惑わされてはなりません」
「案ずるな、マリアベル」
男はマリアベルに優しげな微笑みを向けた後、一歩、また一歩と前に出た。
「私はまだ、世の事情を知らぬ。本来ならばここで多くを知り、念入りに吟味をすべきところであろう。だが、そうはいかないことも分かっている。この者は私を、すぐにでも殺すつもりだ。お前の名は?」
「ギルス」
ゲイオスは友人をもてなすように、親しげな笑みを浮かべながら、いよいよギルスの目前に立った。
「どのような事情も意味をなさない。ギルスよ、お前の殺気は正しい。そして私が感じた運命も、また正しいのだ」
男の瞳からは慈愛を感じた。しかしそれは、本当の愛ではない。
ギルスは目前にいる男に、何か強い衝撃を覚えていた。どうしてかは分からない。
やがてゲイオスの体に変化が訪れる。彼もまた、戦う姿勢に入ろうとしている。
マリアベルはハッとしていた。自らが崇拝する男が、輝きとともに白い稲妻を全身に纏ったからである。
ゲイオスはかつて、アルファルドで絶大な力を振い、億を超える存在を葬った。その絶大な力が、たった一人の男に向けられている。
「初めて見る。それは雷か」
ギルスの質問に、神と称される男は頷く。
「人は私をこう呼んだ。白き雷光の魔人……と」
自身と対になるような異名を持つ男。そんな人物がいたことが、彼にとっては大いに意外であった。
「アルファルドには古い言い伝えがある。世に黒き雷光の持ち主が現れる時、破滅の兆しあり。白い雷光を纏いし者が、黒きを滅ぼさねばならぬ……」
「俺は、言い伝えなど信じない」
「私は信じる。現に今、私とお前は殺し合いを始める。そうであろう?」
これは太古より続く運命である。
そう伝えたゲイオスは、もはや多くを語ろうとはしなかった。戦いはいつだって唐突に始まる。
黒い稲妻と白い稲妻が激突し、青く輝くクリスタルパレスを震撼させた。




