輝きの向こうへ
ワーロスの軍勢が全滅したことを、マリアベルは魔力の減少を持って察知した。
同時にギルスもまた、敵の戦力が大幅に消えたことに気づいている。それでも油断はしていない。
彼はどんな時でも慢心するようなことはなかった。たとえゾンビ集団を瞬時に壊滅させた今もなお、油断なく周囲を警戒していたのである。
:やっぱり強ええええええええええ!
:黒い雷オーラ全開
:巨人集団とやった時より分かりやすい無双
:もう人間辞めてるやろ
:黒い稲妻がヤバすぎる。マジでなんの魔法だろ
:うおおおおーーーー!
:マリアベル「……」
:全く苦戦しなかったな
:ヒィイイ
:強すぎぃ!
:はい勝ちーーー
:自分中心に発動する魔法か
:ギルスの兄貴がガチ強すぎる
:俺がマリアベルなら秒で逃走してるんだが
:レベチすぎっしょ
:黒い光を発した瞬間に終わり
:マリアベルさん涙目
:ガチで探索者トップだと思うわ
:ギルスーーーーーー
:これ本当に楽勝で終わるパターンでしょ
:ヤベえ、ヤベえよ
:誰も勝てねえよこれ!
:ウチらの一万倍は強い
:マリア姉さんどうすんの
:ギルさんに勝つのは不可能だとよくわかる
:すごい!!!!
:どういうエネルギーなのか気になる
:さあ、残すは一人だけ
:一瞬で全員倒すとかヤバすぎ!!
同接はなんと四千万に届こうとしている。
チャット欄でもさまざまな言語が飛び交い、世界的に大きな関心が高まっていることが明白であった。
彼らは配信主の強さに驚愕していた。ゾンビ集団が覆い被さってきたその時、ギルスの体から黒い雷が輝き、全方位に拡大して一気に倒してしまったのである。
マリアベルは目を見張り、階段の奥まで退避していた。
「貴方……何者なの?」
「大したことじゃない。次はお前だ」
「それは遠慮するわ。あたくしは運が良かったみたいね。もう十分」
「十分?」
彼女の発言の意図が、ギルスには理解できない。
マリアベルは懐から、砂時計の形をした奇妙な物を取り出して見せた。
そしてこの瞬間、減少していたはずの魔力が大きく上昇したのである。しかも、先ほど神殿内に充満していた魔力よりも、桁違いに大きい。
「この神殿はアタクシのものじゃない。それにダンジョン瘴気も、あたくしが発しているわけではないの」
マリアベルの発言は、彼にとって意外だった。ここまできて嘘を吐くとも思えない。
「それはなんだ」
「神殿の主が目を覚ますために、必要な魔力を集めたものよ」
彼女が手にしているのは、魔力の貯蔵計と呼ばれるもの。異世界では、周囲にある魔力をかき集める用途として使われる。
「貴方が倒したゾンビ達……それからさっき外で派手にやってくれた何者かのおかげで、十分に必要な量を満たしたわ」
ギルスはマリアベルが、ゾンビ達を倒させたことはわざとだったことを知る。
彼女は初めから、自分が使役する者達を使い捨てるつもりでいた。さらに魔力の貯蔵計から、膨大な量が解き放たれていた。
階段の向こうにある、壁に力が注がれている。
ギルスはこの瞬間、壁の奥に尋常ではない何かを感じた。
同時に脳内に奇妙な変化が起きる。またしても記憶が浮かんでは消えてを繰り返し、目眩いを起こしそうになる。
(これは俺の故郷か。都会すぎもせず、田舎すぎもしない。ここは東京ではないな……後少しで、全て思い出せる気がする。いや、今は後回しにするべきだ)
彼が記憶に翻弄されていた時、行き止まりと思われた壁が左右に開いた。彼女は迷いもなくその先に向かっていく。白い輝きの中へと。
記憶の波に翻弄されながらも、ギルスもまた壁の奥へと向かった。
:え、え?
:これ何処に通じてるんだ?
:異世界にでも行く感じ?
:意味不明すぎて怖い
:おお! ギルさんが入っていくぞ
:こんな配信初めてすぎる
:マリアベルがボスじゃなかったん?
:なんか明るい感じに見えるけど、吸血鬼みたいな人が行って大丈夫なのだろうか
:新たなホラー展開かな
:ちょ、ちょっと待て
:この後が本当の決戦か
:ドローン! ドローン早く追いかけて!
視聴者達はかつてない映像の連続に、すっかり混乱している。だが好奇心を刺激され、誰もが夢中だ。
視聴者達の目となっているドローンが向かった先にあったのは、彼ら彼女らが予想すらできない世界であった。
◇
「ああ、堪らねえ。こいつあ最高だ」
ギルスが何処かへと姿を消した後、三つ目の神殿にいた男は愉快そうに自らの仕事を遂行していた。
男の名はウォルフガングといい、ワーロスとは違い長身かつ筋肉質で、燕尾服に似た衣装を纏っている。
整った金髪が美しい青年のようだが、彼の心は残虐そのもの。
たった一人で神殿の屋根上に座り、常人とは大きくかけ離れた超人的な視力を活かして、結界の外で執拗な攻撃を繰り返していた。
彼は魔人であり、人間には決して真似ができない特殊な力を要している。
それは異界より死の槍と呼ばれる無限の武器を召喚し、対象を攻撃するという力。攻撃の際には魔法陣が現れ、獣よりも素早く槍が解き放たれる。
その威力は尋常ならざるもので、ヘリや戦闘機でさえ貫通し、触れた対象者は即死するか、または呪いにより行動不能に陥ってしまう。
事実、彼はもう八機のヘリコプターを葬っている。安全な結界の中から、一方的に攻撃ができるという状況に、ウォルフガングは愉悦を感じていた。
彼は加虐性が強い男であり、封印される前の異世界でも好き放題に暴れていた。
そのせいでマリアベルの一員となった時も、彼についていく者は誰もいなかったのである。
しかし、ウォルフガングにとっては自身の不人気などどうでも良かった。ただ好きに相手を痛ぶることができる瞬間を、何より欲している。
「お、いいのがいるじゃねえか」
彼は一キロ先で孤立している、五歳の女子を見つけた。既に魔物が外を徘徊しているなか、親とはぐれてしまい泣きながら歩いていた。
ウォルフガングが指を刺し、魔力を込める。すると女の子のすぐ近くに魔法陣が現れ、槍が顔を出した。
最初、子供は何が起きたのか分からず、じっと魔法陣を見つめていた。直後、槍が異様な速さを持って飛び出し、子供のすぐ前に突き刺さる。
女の子は怯え、すぐに背を向けて逃げ出した。
「いいぞー、逃げろ逃げろ」
この時、ウォルフガングはわざと槍を外したのである。続いて逃げ回る子供めがけて、何度も槍を飛ばしていく。
女の子は恐怖に駆られ、泣きながら逃げるしかなかった。その様子を目にして、男は嬉しくて堪らなくなる。
「あの顔……堪んねえなぁ。どれ、そろそろやるか」
彼はいよいよ最後の仕上げにかかる。誘導しながら逃げ場のない路地裏に追い込んだところで、子供の背後に魔法陣を展開した。
そして力強く右拳を握る。発動の合図を送られた魔法陣から、異様なほど長い死の槍が顔を出し、すぐに子供の背中めがけて放たれた。
「…………お?」
しかし、ウォルフガングが待ち望んでいた光景とはならない。死の槍は何かに弾かれ、欠けながらくるくると回り、想定していない地面に突き刺さった。
子供が背後から襲われたことに気づき、すぐに逃げ出していく。ちなみにこの子は後に両親と再会することができ、絶体絶命の危機を免れている。
「ああ? なんだよ今の、どうなってんだ」
ウォルフガングは超人的な視力で、現場を見回していた。すると、明らかに自分が使っていない槍が刺さっていることを知る。
誰かが妨害したのだ。そう気づいた時、彼の心に怒りの火が灯る。
「誰だぁ? 舐めた真似をしやがったのは」
彼はお楽しみを奪った憎き相手を、必死に探し始めた。
魔力をさらに高め、視覚能力と魔力検知を上昇させて、どんな些細な違和感も逃すまいとした。
ウォルフガングの索敵能力は、そのまま彼の殺傷能力の高さと噛み合い、異世界では一万人以上を手にかけることに成功している。
攻撃対象を探し出す力はアルファルド国随一であり、何キロ離れていようとも正確に探し出してしまう。
「あそこか」
そして遠距離からの奇襲に特化した魔人の能力により、とうとう邪魔者が見つかることになった。
「あ、ああ? 随分と遠くにいるじゃねえかよおい!」
魔力を辿り探すこと一分足らず。彼が見つけたのは、遥か遠くにいる騎士のような姿をした少女であった。




