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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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慈悲

 将軍ワーロスは、大空の向こうからやってくる何かを警戒している。


 それは白い蝶々のようであり、ひらひらとこちらに向かってきた。


 さらにその蝶々の下をカラスが飛んでいる。だが彼が見た姿は、ただの偽りに過ぎない。


 少しして、白い蝶々は角と翼を生やした白馬となり、カラスは人の姿に変わっていった。


 そして驚くべきことに、結界に守られたこの神殿にあっさりと侵入してしまったのである。


 この時、馬ははじめギルス達がいる神殿に入ろうとしたが、そちらの結界には弾かれてしまった。実は二つの神殿が、マリアベルの結界を強化している。


 馬は将軍がいる神殿の入り口に降り立ち、綱を握って宙に浮いていた男は、乱暴に地面に転がされてしまう。


「いててて! 全く……転移する度にさぁ、なんでこう乱暴にするかねーシーちゃんは。あ、どうも」

「何者だ貴様!」


 ワーロスは怒鳴り、彼の周囲にいた護衛達が一斉に取り囲もうとした。その様子を見て、どこか呑気な顔をした男は笑う。


「そうカッカしないでくださいよー。私は貴方達のことを存じ上げませんがね、いーい話を持ってきたんですよぉ。なにしろほら、私ってば神馬の使いじゃないですか」

「神馬だと……そんなもの俺が知るか。おいお前ら、こいつを——」

「あ! もしかして、アルファルドのお方?」


 ポルンガはワーロスが肩につけている勲章を、目ざとく見つけて質問した。


 将軍は部下に捕縛を命じようとしたが、腕を制して中断した。


「ほう……いかにも学がなさそうな身なりだが、この勲章を知っているのか」

「ちょ、いきなり失礼……まあいいやこの際! そりゃあもう! 私はいろんな国の文化に興味がありましてねえ。アルファルドと言ったら、こういう物もありますでしょ?」


 ターバンを巻いた胡散臭い男は、腰に下げていた袋の中から、いくつかの紋章を取り出し、その中の一枚を見せてやった。


 すると、ワーロスは仰天してしまう。


「それは……アルファルド王が親愛の証として授ける天の紋章……」


 護衛兵達もまた、戸惑いで動きが固まっている。アルファルド王と親しい間柄ということであれば、乱暴に捕まえるわけにもいかない。


 実際のところ、ワーロス達はもうアルファルドから切り離されている。だが彼らにはまだ、自分達が国に属しているという根深い意識があった。


「急に来ちゃってすみませんね。まずはちょーっとだけ、お互いのことを話してみませんか。悪いようにはなりませんから。ね?」


 今にも外に流れ出て、殺人を犯す寸前だった荒くれ戦士達も、徐々に落ち着きつつある。


(何も急ぐことはあるまい。この客人が我らに富を与えてくれるやも知れぬ)


 ワーロスはひとまず、ポルンガと話をすることにした。


 しかし話し合いとは言っても、彼らの会話は十分もすれば事足りる内容だったのである。


 二人はそれぞれ椅子を用意してもらい、その場で腰を下ろして対話することになった。この様子は、眼下の戦士達が注意深く見守っている。


 ポルンガは現在の異世界の状況について語り、自身の身分を明かした。


 ワーロスは無表情で聞き入っていたが、心の奥では衝撃に包まれていた。


(世界が統一された? まさか……。しかもこやつが魔王の家臣だと? この話、マリアベル王女に伝えるべきか。いや、こやつがただの食わせ者だという可能性もある。もし虚偽であった場合、俺は信頼を損なうことになる)


 続いて、今度はワーロスが自分達の存在、これから成すことについて語る。


 ポルンガはその一言一言に、一々大袈裟に反応して、彼の警戒を若干ながら緩めることに成功していた。


「なるほどなるほどー。ワーロス将軍、あなたはこの新しい地で、王女様を新たな支配者としたい。その為に戦を始めると、そういうわけですな」

「さよう。王女の慈愛を永遠のものとし、世を平和足らんとするためよ」


 戦士達の何人かが、この発言に大いに喜んでいる。


「いやーなんと勇猛果敢なことか。このポルンガ、将軍の熱意には感動しきりですぞ。ただー……何の話し合いもなしにいきなり侵攻というのは、これどうなんでしょうかね?」


 何を緩いことを、と言わんばかりに、将軍は苦笑いした。


「卑怯だと言うつもりかね。戦争をするのに、一々許可を取ったりはせんよ。俺たちはいつでも、何処でも、突然に侵略される。俺たちも同じように振る舞って、一体何が悪いのだ」

「まあ、わたくし達の世界では当たり前ですけどね。ただ、もう少し調べてから動かれる、ということも必要なんじゃないかなーと。誰に何処で足元をすくわれるか、分かったもんじゃないですから」


 ポルンガはこちらの世界について、ギルスから幾らか話を聞かされているが、まだよく分かっていない。


 そのような未知の場所において、すぐにでも侵攻しようなどという考えは、彼に取っては愚かしいものとしか映らなかった。


「外を見るがいい。誰も彼もが逃げ惑っておるわ。兵士のような連中も随分とやってきたが、下等な魔物如きにあの有様。軟弱な連中であることは一目瞭然。であればさっさと服従させたほうが良い」

「向こうが話し合いを求めてきても?」

「くだらん。弱き者と話し合いなどして何になる。我らの王女のため、対等な権利など望むべくもない」


 ターバンを巻いた魔王の部下は、一瞬だが目に怪しい光を浮かべた。


「実はねえ将軍。ここはうちの魔王様の故郷なんですよ。いや、本音を言うとね。わたくしもこの地がどうなろうが知ったことではないんです。ただ、王が愛した国ともなれば話が違いますよアナタ。ねえ将軍、ここまで言えばお分かりになりますでしょ?」


 この地を攻めれば魔王軍とも戦争になる。そう伝えていると解釈したところで、将軍は笑いが抑えきれなくなった。


「何を言うかと思えば! この地には軍をよこせぬではないか。お前達のような数名がチョロチョロと来るのみだろう? 何を恐れる必要がある。お前は何も分かっておらんな」

「じゃあ最後に念の為確認します。この後ここにいるザコ……あ、ちょ失礼! ここにいる精鋭の皆さんで街を攻めることを、やめてはいただけないんですね?」


 いよいよ退屈な話が終わる。そう感じた戦士達は、先ほど以上の熱を持って大声を発し、飢えた闘争本能を解放しつつあった。


「無論だ。お前はさっさと自分達の城に戻り、このことを伝えてやれ。その為だけに、今回は生かしてやろう。さあ我が無二の精鋭達よ。今こそお前達の——」

「あーだりぃー! もう聴いてられねえわ」


 ワーロスよりも大きく、凄みのある声が神殿付近に響いた。


「ワーロスさーん……何で分からないんでしょうねえ。まあ最初から聞くつもりもないようですけど。ワタクシは軍勢をここに送るなんてことは、一言もいってませんよ」


 そして前のめりになり、満面の笑みでこう告げる。


「この警告を無視するなら、貴方達は今終わる。そう教えているんです」


 数秒ほどの間があった。厳格なワーロスの顔が、徐々に侮辱の笑みへと変わっていく。


「ほう。まさか……お前とここにいる馬でどうにかする、そういうことか。いやはや、立派な体格をしているようだが」


 静まり返っていた戦士達が、無数の笑い声を挙げる。ただの中年親父が一人で何ができる、こいつは阿呆かと。誰もが嘲笑っていた。


 その中で一人、「このデブが!」という発言があり、ポルンガはムッとした。


「ちょ、失礼だなオイ! そこのチリチリヘッド! 誰がデブだ誰が」

「ポルンガよ。ならば俺も言い渡すぞ、お前はここで終わりだ」


 ヤジへの反論に夢中になっていたポルンガは、彼を思い出したかのように顔を向けると、もう一度笑った。


「はい。じゃあちゃんと段階を踏みましたからね。というかワーロスさん。そもそも貴方、わたくしとこういうやり取りをする資格なんてありませんでしたよ」

「何を生意気な。おい、こいつを殺せ」

「それでは!」


 ポルンガは両手を叩き、甲高い音を響かせて告げた。


「死のカウントダウンを始めます」


 この一言に、ワーロスはともかく護衛達は驚いている。


 死のカウントダウンは、予告された数を数え下された時、即死魔法が発動するというもの。


 一瞬だが、彼らの視界が暗黒に染まった。続いて黒いローブを纏い、鎌を持った死神が姿を現す。


 眼下にいる戦士達、護衛の兵士、そしてワーロスに向けて、圧倒的な数の死神が出現していた。


 ターバンを巻いた怪しい男は、椅子に体を預けながら、ゆっくりと左手を口元に近づけていく。


 彼は人差し指をたて、囁くようにワーロス達に数を伝える。




【一】



 誰もがこの一言に驚かずにはいられなかった。


 即死魔法は通常、十から始まるものである。どんなに短くても、八より短縮できないはずであった。


 だがポルンガは並の使い手ではない。ほぼ即発動に近い、たった一つだけのカウントダウンを実行できる男であった。


 護衛の兵達は、必死になってポルンガに迫ろうとした。だが、なぜか透明の壁がそこにあり、彼に触れることができない。


 いつの間にかポルンガは、自身の周りに強固な物理障壁魔法を展開させていたのである。


 そして下にいた戦士達も、もはやワーロスへの敬意を忘れ、彼を殺そうと神殿へ群がる。


 だがポルンガの結界は壊せない。同じ類の魔法をエイリーンも使用することができるが、彼のそれは次元が違う。


 ちなみに、神馬シロはこの騒ぎを迷惑がり、屋根の上で話が終わるのを待っていた。


 誰もが慌てふためき、決死の勢いで飛び込んでくる。ワーロスは部下がぶつかってきて、椅子から転げ落ちた。


 その様子に、ポルンガは大笑いしている。


「やめろ! 貴様は何がほしい? 俺たちはこれから沢山の宝を手にする。欲しいものは宝石か? 資源か? それとも女か? 好きなだけくれてやるぞ!」

「ほらー、ちゃんと嘘ついてたじゃないですかあ。王女の為とか言っておきながら! 心の中はあらゆる欲に塗れている! じゃあ始めますねー」

「待て、待ってくれ! お前には慈悲がないのか」

「え?」


 ここでポルンガは困惑した。


「慈悲なら、最初から見せてますでしょ? 弱き者と話し合いなどして何になる……貴方の言葉ですけどね。わたくしはそれでも、話し合いをしてあげたんです」


 ワーロスや戦士達は、顔面蒼白になって怯えている。


「た、頼む! やめてくれ。このとおりだ」


 すると、ポルンガは奇妙な動きで踊り出した。


「えー、どうしよっかなー! ……うん。よく考えたけど、やめてあげないっ」



 【零】



 結界の中に見たこともないほど大量の死神が鎌を振い、魂という魂を奪っていく。


 ワーロスと彼が従える戦士達は、悲鳴をあげながら一人残らず絶命した。


「持っていて当たり前の即死耐性すらない。まったくこいつらは……うわ! ちょ、シーちゃん! 分かった、急ぐ! 急ぐから!」


 シロに体当たりされながら急かされ、ポルンガは虚無と化した神殿を後にした。

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