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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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戦争

 空に浮かぶ小石は、一つの神殿を産み落としてからも、まだ大地に帰ろうとしなかった。


 ゆらゆらと光を纏いながら、しばらくのあいだ漂っていたのである。


 だがある時ふと、石は強烈な光と共に砕け散ってしまう。その後は誰もが驚く展開が待っていた。


 空の上に二つの穴があいたかと思うと、それぞれから巨大な神殿が現れ、真っ直ぐに降りてきたのだ。


 幸いにして、落ちるまでの時間は数分ほどあった。そのため、下敷きになる者はいなかったが、街は大混乱に包まれていく。


 二つの神殿は、先に落ちていた神殿から約三キロ程度離れた場所に鎮座していた。


 マリアベルとギルスがいる場所を挟むようにして、異世界の怪物達が揃い踏みとなったのである。


 そのすぐ後、真ん中に位置しているマリアベルの神殿が、ドス黒い瘴気を撒き散らし始めた。


 同じくして、他二つの神殿もまた、見るからに危険な何かを噴出していった。


 それらは全てダンジョン瘴気と呼ばれるものであった。しかし本来であれば、この瘴気は目には見えない。


 視認することができるほど濃く、危険な力を持って放たれていったのである。


 ギルスは神殿の地下にいたので、何が起こったのか明確に知ることはできない。


 でも、多少漏れ出ている程度だった瘴気が、猛烈な勢いで外に流れ出していることは体感していた。


「あたくしの同胞が蘇ったわ。これで世界は……もう手中にしたも同然よ」

「瘴気は何処から出ている?」


 ギルスは、マリアベルの勝ち誇った顔を無視して質問した。世界を手中に、などという妄言は、うんざりするほど聞き飽きていたのだ。


「それは持ち主からよ。あたくし達が手に入れた魔性の力で、この世界をより美しく、より儚いものにしてあげる。この神殿と力が重なることで、無限の奇跡が起こる」

「つまり、持ち主を倒せば瘴気は止まる。そういうことか」

「不可能なことよ」

「いいや、簡単だ」


 ギルスの瞳が赤く輝く。もうお喋りを続けるつもりはない。


 一歩、また一歩と力強い足取りで、赤いドレスを纏う美しき吸血鬼に迫る。


 だが、彼女が右手を静かに上げた時、歓迎できない変化が起こった。


 壁にあった無数のランプに火が灯り、暗かった室内の全容が明らかになる。ギルスは周囲に目も向けない。本当は気づいていたのだ。


 ドームのように広い空間に、大量の腐敗した怪物達がひしめいている。


 ゾンビは様々な姿をしていた。人間、熊、狼、トロール、オーク、大蛇にドラゴン。


 不思議なことに、これまでは全くしていなかった肉が腐った匂いが、今になって充満している。


「あたくしは死んだ者を使役できるの。しかも好きなだけ。貴方一人だけで何ができて?」


 ギルスは答えようとしない。さっさと始めろと言わんばかりだ。


 マリアベルは笑う。強がった男達を幾度も葬ってきた妖艶な女の唇が、新しい快感を期待して潤っていた。


「あたくしの可愛い部下達はね、ただのゾンビなんかとは一味も二味も違うの。後悔しなさい。そして泣き叫びなさい。そうすれば、少しだけ楽に殺してあげる」


 彼女の言葉が合図であった。腐った怪物達が、一斉にたった一人の男を食い殺そうと群がって行く。


 ドローンは上空を飛び、この様子をしっかりと捉えている。視聴者達は、絶望のような状況を目の当たりにし、ただただ震えていた。同接はさらに伸び続けている。


:始まったぁああああ

:いよいよやり合うのかよ

:異世界の王女? めちゃ強そうじゃん

:ってか、ゾンビからしてスケール違いすぎやろ

:こんなの無理無理

:さすがのギルさんでも、これは……

:いうて巨大モンスターは倒しまくってるしな

:いや、ギルスならいける

:あの女って吸血鬼なの

:俺も使役されたい!

:この映像は歴史に残るかも知れない

:超ワクワクする

:ってか今、外で魔物が出まくってるらしい

:やっぱギルスのアニキはかっこいい!

:マリアベル美人

:魔物騒ぎってこの女のせい?

:ガチで危険すぎるやろこの空間

:ギルスー!

:部屋めっちゃ臭そう

:さっき外に魔物いたわ怖い。ギルスやっつけてくれー

:室内が臭すぎて、いるだけで死にそう

:もしかしてアニキ、また配信してるの気づいてないのかな

:うおおおおゾンビキモすぎるぅうう

:ギルス平然とし過ぎてる

:こんなにうじゃうじゃいたらヤバくね!?


 世界中が彼に注目していた。どうやってこの状況を打破できるというのか。


 これまでの活躍を知る視聴者達は、恐怖と同時に期待を抱いている。この男ならやってくれるかも知れないと。


 魔物達が触れるか触れないかという距離に至るまで、ギルスは構えもせず立ったままであった。


 ◇


 三つの神殿が現れた時、都内のダンジョンから魔物が続々と外に出てくるようになった。


 都会だけでも十ヶ所以上に存在している迷宮から、ゴブリンやコボルト、スライムといった魔物が外に出てきたことで、街は大騒ぎになっていく。


 しかも瘴気が漏れ続けるにつれ、ダンジョンの外に出てくる魔物達は徐々に強い種族へと変わっていった。


 この事態に、当然警察や自衛隊も対応に追われた。


 しかし元凶となる肝心の神殿には、まだたった一人しか踏み込むことができていない。


 神殿の結界を超えて行くには、強大な魔力を手にしていることが条件だ。


 だがトップランカーと呼ばれる、日本国内で特に有力な探索者達は、海外にいるかダンジョンの奥深くにいるかのどちらかであった。


 これは元を辿れば、そういった時間帯を狙って異世界召喚を行ったタダオに原因がある。ただ、彼としても予想もしていなかった事である。


 誰もがこのような、日本史に残る大事件が始まるとは思っていなかった。


 瘴気が流れれば流れるほど、日本は魔物にとって格好の餌場になる。しかし、神殿の奥へと向かうことができる者が、今はこの場にいない。


 このままでは国全体がなぶり殺されて終わる。そう誰もがうっすらと予感を覚えていた時、ふと予想だにしない動きを見せる一団がいた。


 マリアベルの神殿の東側。幾分廃れた神殿で、尋常ではない騒ぎが起こっている。


 神殿の入り口に現れた一人の男が、眼下に広がる部下の群れを満足げに見つめていた。


 黒い髭を蓄え、でっぷりと腹が出ているが、それ以外は筋骨隆々としていて、ただ者ではない空気を纏っている。赤い鎧は血で染めたような色合いであった。


 彼は神殿の庭に出て、部下達に雄々しく手を振った。


 すると、彼と同じく赤い鎧を身につけた数万を超える戦士達が、あらん限りの歓声を上げる。


 彼らは皆、剣や弓矢、槍に盾といった武器防具を手にしている。しかも一人一人に、並の探索者では手にできない魔力まで秘めている。


 たった一人が一騎当千。一人で何十人という男達の首を刎ねたり、魔法で戦場をあっという間に更地に変えてしまう猛者で溢れている。


 そんな化け物達に崇められし男は、復活の美酒に酔いしれていた。戦士達は彼のことを、将軍ワーロスと呼び讃えている。


 男は神殿の入り口に立ち、酒を掲げながらこう語った。


「諸君。ようやくお目覚めかね。俺はとっくに目が覚めている。しかし同胞よ。長い、それは長い眠りであったな。この地を見るがいい。なんと明るい空か、なんと美しき木々と川か。なんと奇怪な服を着た連中がうろついていることか」


 ワーロスは太陽を眺め、不思議な感慨に耽っている。


「この世界は、我らが栄光を勝ち取るはずだった世界とは違う。しかし諸君よ、何も絶望することはないぞ。むしろこの世界のほうが、素晴らしい果実に満ちておる」


 この後、彼はこの世界のことについて、今知る限りを語ってみせた。


 彼はマリアベルと血の契約というものを交わし、彼女と遠くからでも意思の疎通ができるのだ。


 ワーロスは多少ながら、この国や世界についての知識を得ていた。


「このまま結界に籠城したままでも、我々は数日をもって事を成し遂げるだろう。それを待つのも良い。だが忘れてはいけない。我らは戦士だ……そうであろう!」


 血に飢えた凶戦士達が、剣や槍、斧を天に掲げて叫ぶ。すでに荒くれの血は沸騰しており、殺し合いをしたくて堪らない。


「その意気だ! 我が精鋭達よ。世界が変わろうとも、富や名誉はすぐそこにある。今こそ戦いの時! 今こそ全てを奪い去る時だ!」


 そしてワーロスは出口を指差し、戦争の狼煙を上げるつもりであった。


 だがなぜか彼は、ふと遠くを見つめたまま、しばらく呆然としてしまう。


「なんだ……あれは……」


 彼らが想像もしていない現象が、突然始まっていた。

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