封印の剣
神殿の奥へ進むと、地下へと向かう階段がある。
ギルスは迷うことなく、その階段を降りていく。彼の後ろでドローンが飛んでいた。
ドローンを持ち運ぶのは面倒だったので、飛行だけできないか触っていたところ、自動運転は起動することができた。
しかし同時に配信もスタートしてしまう。
それはギルスにとっては予想外であり、気づいてもいない。ただ、視聴者達にとってみれば、これほど貴重な映像を目にする機会はなかった。
なんと今回の配信は、開始してすぐ同接二千五百万に到達しており、さらに上がり続けている。
世界中の人々が、こぞって神殿の中を見たがっていた。ダンジョン探索者、ダンジョン研究者からすれば、喉から手が出そうなほど観たい映像である。
(あの石の中に、このような神殿があったということなのか)
地下へと続く階段は、思っているよりも長かった。周囲を警戒していたギルスは、普段よりやや遅めに歩みを進めている。
降り立った地下世界は、まるで深淵に包まれているよう。ダンジョンの邪悪な瘴気が、ここには蔓延している。
開けた闇の世界を、彼は真っ直ぐに歩いていった。この先に強烈な魔力の持ち主がいる。
(あの女が待っているのか。いや、それだけではない)
そう考えていた矢先のこと。彼の視界の両端に、明るい光が灯った。
どうやら燭台が用意されていたらしい。そしてギルスを誘うかのように、数メートル先に置かれていた二本の燭台が、新たに火を灯した。
自分は招かれている。そう感じた彼ではあったが、深く考えることはない。ただ真っ直ぐ、導かれるままに足を進めた。
だが、二十歩ほど進んだところで、ふと気になることがあった。地面に描かれている文字や、独特の絵に見覚えがあったからだ。
(この文字は見たことがある……この絵も)
異世界で見覚えのある、独特の文字と絵。特に絵は記憶に残っている。
太陽の光を一身に浴びる男。その男を崇め奉る民衆達。それらの周囲にいて光に弱らされていく、異形の怪物の姿。これらはある特定の地域にしかなかったはずだ。
そこでふとギルスは、以前ポルンガから教えてもらった話を思い出していた。
(だとしたら……奥にいる連中も大体の察しはつく)
薄々だが、地球に現れた敵の素性が掴めてきた。ギルスはもう地面を見つめることをやめた。
次々と灯っていく燭台の先に、不気味な影が見える。近づくほどに、それは妖艶な魅力に溢れた女であることが分かる。
最後の燭台が灯された時、ギルスと女は向かい合っていた。彼女の背後にはまた階段があり、奥にうっすらと祭壇のような物が見える。
「よくぞおいで下さいました」
「俺の名はギルス。お前は何者だ」
女はスカートの裾を摘み一礼をした後、優雅な微笑みを浮かべた。
「アルファルドのマリアベルと申します」
「アルファルド? あの国か……」
「あら、ご存知ですの?」
「俺もあの世界にいた。でも元々はこちらの住民だった」
アルファルドは異世界の東側に位置する国であり、内外の戦乱が絶えなかった。だが国力が衰えるどころか膨れ上がり続け、ギルス達とも激突したことがある。
「よくよく縁のあるお方のようね。しかも、こちらの世界では名が知れているみたいだわ。ギルスという名を、召喚の儀式にいた人々は記憶に刻んでるよう。あたくしはこの世界のことも、多少は知っているのよ」
マリアベルの口元には、鋭い犬歯が覗いている。吸血鬼そのものといった風貌であった。
彼女は百木リリの血を、肉を、若さを吸ったばかりではない。彼女の記憶すらも覗き、急激に知識を蓄えたのである。
しかし、蓄えたとはいえ一人分の知識でしかない。だから彼女は、もっとこの世界に知見のある存在の力を欲しがった。
それと彼女は、ギルスが異世界の魔王であることは知らない。あの世界で生きていたにも関わらず。
「ギルス……でよろしいのよね。貴方、よろしければあたくしの神に仕える気はなくて?」
「お前の神?」
「ええ。それはそれは偉大な戦いの神であり、慈悲深き永遠の存在よ。あそこにあるお名前が貴方に読めるかしら」
「……ゲイオス……」
「そう。この神殿……いいえ。かの世界全てを手にするべき神。アタクシはこの神殿ごと封印の剣に閉じ込められた神を救うために、永き辛抱と孤独を強いられたのよ。そして今日、報われる」
マリアベルの発言に、ギルスはようやく理解できたことがあった。
かつて、その剣を使った連中がいたという話を思い出したのだ。
◆
「封印の剣……?」
十年ほど前のこと。
異世界でギルスは野営をしており、部下達と焚き火を囲んでいた。たわいもない雑談の最中、ふとしたことからアルファルド国の話題になった。
封印の剣について知識を披露したのは、ポルンガであった。
「ええ。なんでもかの国には、それはそれは強大な力を持った一派がいたらしいんですよ。そいつらは王位継承者の一角だったんですけどね。他の連中が、このままでは勝てないと悟り、アルファルドに伝わる奥の手を使ったそうな。十年くらい前の話です」
「奥の手?」
するとターバンを巻いた髭面の男は、両手で大体の長さを表現しながらこう説明を加える。
「その奥の手が封印の剣ってやつです。大体こんくらいの長さだとか! 古代から伝わる無二の宝剣らしいんですがねえ。その剣を使ってある儀式を行うことにより、空間ごと封印を行うことができたらしいですよ」
この話は衝撃だった。ギルスだけではなく、他の柱や部下達もポルンガの話に注目している。
「実は中にある小石みたいな物に力があって、異空間に閉じ込めてしまうとか。その気になれば山でも封印できるとかいう、摩訶不思議な代物なんですってねぇ」
あまりに突拍子もない話である。だが、何が起こっても不思議ではない、神秘に満ち溢れた世界で彼らは生きている。
だから野営に集まっている者達は、ポルンガの話を笑わない。
「それを使われたら、出る方法はないのか」
「中からは無理でしょうな。ただ、彼らはもうこの手を使えません。一回限りの秘術だそうで」
ギルスを除く他の面々は、もう使えないという言葉を聞いてどこかほっとしていた。さらに他の柱の一人が、興味深げにこう尋ねた。
「ちなみに、封印された者を出す方法は? 封印したら永遠に出すことはできないのか?」
「出す方法は、実は簡単で。その剣にたらふく血を飲ませてやると、中にある封印の石が効力を失って、やがては封印が解かれるとか。古来の神々が作り上げた伝説の武器だっていうんですけど、なんで剣にしたんでしょうねえ。そこはほら、もっとマシなものあるじゃん! って思うんですけどー」
なんとも不思議なものだ、と彼らを従えた王は考えていた。同時に、その剣が今何処にあるのかも興味が湧いた。
ポルンガはギルスの新たな質問に、首を捻りながらこう答えている。
「持ち去られたって話で、今何処にあるのかは不明です。封印の剣で仲間を根こそぎ眠らされた、王位継承者の一人が持ち逃げしたとか。どっかでのたれ死んじゃったかもしれませんねぇ。名前はたしか——」
◆
「思い出した。お前達のことは聞いている。アルファルドの内乱で消え去った、元王家の一派……そうだったな」
「……他の連中は正当じゃなかったわ。あたくしが本家であり、正当後継者よ」
彼女の回答には少し間があった。湧き上がる怒りを抑えている、そうギルスには思えた。
「マリアベル・デ・アルファルド王女。お前の名は、部下から聞いたことがある」
女は赤いドレスを翻し、楽しげに笑う。
「あたくしなんて、とっくに忘れ去られているものと思っていたわ。それでギルスさん、神に仕える気にはなったかしら?」
「いいや。長話をしている暇はなかった。この神殿は破壊する」
「まあ残念。でも、志を共にしないなら、ここが墓場になるのよ」
彼女の発言と、ほぼ同じ頃合いに神殿に大きな揺れが訪れる。
神殿の外に何かが生まれようとしていた。
驚くべきことに、今ここに存在する神殿を守ろうとするかのように、新たに二つの神殿が姿を現したのである。




