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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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王の眼光

 スタジオで行われた配信は、惨劇が始まるまではUtubeで放送されていた。


 チャンピオンズ渋谷では、一人の男が大量殺人を開始したことを目の当たりにし、誰もが驚愕していた。


 事態を知ったギルスは、殺人鬼と化したタダオを止めるべく、ひとっ飛びでスタジオに向かったのである。


 この事件は、テレビでも臨時ニュースとして扱われるほど大きな騒ぎとなり、当然ながら通報は多数入っている。


 記者や警察、救急をはじめとして、多くの人々が火急的速やかな対応を求められていた。


 しかし探索者は、一般人よりも遥かに強い。さらに異常な切れ味を誇る剣まで持っている。彼らにとって厄介極まりない相手である。


 それでも周囲を警察車両が囲み、突入をかけようとしていた矢先に、タダオが窓を突き破って地面と水平に飛んでいったのだ。


「う、うああああー!」


 悲鳴を上げながらやがて地面を転がり、タダオは悶絶しながらもすぐに立ち上がる。


 周囲を見れば機動隊がいて、盾を持って取り囲もうとしていた。


「近寄るんじゃねええ!」


 しかし男は何度もダンジョンに潜り、身体能力が目覚ましく向上した超人だ。強力な武器まで有している。


 剣をやみくもに振り回しただけで、機動隊は近づくことさえできない。彼らが持つ盾ですら、あっさりと切断されてしまう。


 さらに今のタダオの周りには、奇妙な白いモヤが漂っていた。


 これは結界の役目を持ち、多くの遠距離攻撃を無効化してしまう。射撃を試みたとしても失敗する可能性が高い。


 彼を強くしているもの、守っているものは、実は全て剣から生じている。この異様な剣の正体が明かされるのは、もう少し先になる。


 警察は声を荒げ、広く周囲を囲んで拘束を狙っているが、返り討ちに合う可能性を考えて突撃できずにいた。


「離れてください」


 そんな折、一人の男が涼しい顔で、まるで散歩でもするようにやってきた。


「ギルスさん!」


 盾を持っていた誰かが叫んだ。すでに彼の顔と実績は、誰もが知るところである。


 タダオは極度の興奮状態にあり、近づく者は容赦無く首を跳ね飛ばすつもりでいた。そんな彼の耳元で、またしても誰かが囁く。


『なんと禍々しいこと。来るべき幸福に満ちた世界のために、あの男だけは討たねばなりませぬ。しかし恐ろしき魔の力。忌々しき暴力の匂い。一体誰があれを討ち倒せましょうか』

「そんなもん決まってるだろう。俺がこの手で、奴を殺してやる」


 これまでの見当違いな怒りが、積もり積もって猛烈な殺意へと変わる。


『ああ、やはり貴方様は勇者。光の王子そのもの。是非ともその正義の力で、世に希望を与えてくださいませ』


 女の声には笑いが含まれている。どこか嘲笑しているような声色に、タダオは気づいていない。


 しかし、殺したくて堪らない相手のほうは、あまり執着している様子がない。ただ、周囲の被害を気にしていた。


「タダオ、ついて来い」

「ああ? ちょ、待てオラ!」


 ギルスは小さく飛んでみせた。しかし、その飛距離は軽くであっても超常そのもので、近くにあったビルの屋上まで容易に届く。


 剣の力により、膨大な強化がされているタダオも、彼に追従できるほどのジャンプ力を手にしている。


「すり抜け野郎ぉおおおお!」


 そしてギルスに迫ると、首筋目掛けて剣を振りまくった。だがあっさりとかわされ、空中で態勢が崩れながらも、それでも追いかけてくる。


 タダオが着地した屋上で、ギルスはのんびりした顔で待っていた。


「ようやく決着をつける時が来たな。このすり抜け野郎が」

「タダオ、何があった?」

「ああ? 何もねえよ。強いていうなら、聖剣の力で目覚めたってぐらいだ!」


 彼は向かい合っている男を殺したくて仕方がない。そしてこれ以上喋るつもりはないとばかりに、鎖から解き放たれた野獣の如く駆け出した。


 風を切る突進。狂気に満ちた咆哮とともに迫るタダオを、ギルスは紙一重のところでかわす。切先から血の匂いが漂っていた。


 かつて配信界で唯一無二の人気を有していた男は、屋上の広い空間を十二分に使い、回避されては飛び込み剣を振るってくる。


 しかし、ギルスはいずれの剣撃も最小限の動きで回避し、その上でタダオを観察していた。


(タダオを狂わせた……いや、恐らく奥底にあった凶暴さを引き出しているのは、間違いなくあの剣だろう。しかし、あのような剣は初めて見る)


 本来なら、剣を持つ男はとっくに疲弊している頃合いだ。しかし、今も元気にギルスを殺そうと迫ってくる。


「逃げるなぁああ! すり抜け野郎ぉおお」

「ああ、それだ」


 振り向きざまに、剣を振り上げたタダオの動きが止まる。またしてもギルスが、白刃を手で受け止めたのだ。


 しかも今回は渾身の一振りであり、手が切断されるはずであるにも関わらず、彼は無傷であった。


「う……?」

「お前に前から聞きたいことがあった」


 そして目前にいる男から、今までとは違う覇気を感じる。身体中から徐々に黒い稲妻が生じているのが、動きを封じられたタダオの瞳に映っていた。


「聞きたいことだぁ?」

「すり抜け野郎というのは、どういう意味だ?」

「……は?」


 知らねえのかよ、と一瞬呆れが顔にでた瞬間、予想もしていないことが起きた。


「そ、そ、そんなこと……」

「答えろ」


 ギルスからすれば、実は大した疑問ではない。何かを語りかけたかったに過ぎない。


 王の瞳に怒りの色が見える。赤く燃えたぎる炎のような瞳が、今殺意という薪をくべられ、誰にも真似ができない眼光へと変わってゆく。


「え……AIにでも、聞いて」

「えーあい? なんだそれは」

「あ、あああー!」


 魔王の眼光。その瞳を至近距離で見つめる男は、いよいよ恐怖に耐えられなくなった。


 元々タダオは小心者であり、ちっぽけな自分を隠すために周囲に威張り散らし、脅しすら行う……にも関わらず公の場では人格者を装う。


 しかし本物の殺気を浴びた途端に、彼がこれまで作り上げてきたメッキは全て剥ぎ取られ、情けない素顔が除いた。


 謎の力を有する剣でさえ、心まで鍛えることはできない。気がつけば刃が握り折られている。


「ひあ……あああああ」


 彼はそのまま後退り、小便を漏らして崩れ落ちてしまう。


(この程度の睨みで怯むようでは、良き戦士にはなれない。向こうだったら生きていけないな)


 ギルスにとって、タダオは誰よりも軟弱に映った。異世界なら村娘でさえ、この程度では怯まないだろうと彼は思う。


 無傷で捕獲するため、精神的に倒す方法を選んだのだが、どこか後味が悪い。


「ここでじっとしていろ。すぐに警察が……」


 言いかけた時、何か違和感に襲われる。


 いつだったか、子供の頃に経験した記憶が蘇ってきた。しかしそれらは目まぐるしく、認識することが困難なほどだ。


『ありがとうございます。貴方は役目を果たしました』


 全てが終わったと思われた時、女の声がした。タダオの脳内に響き渡っている。


「ひ! め、女神」

「どうした」


 ギルスは記憶の濁流に翻弄されながらも、タダオに声をかけた。しかし、彼の声は聞こえていない。


「助けてくれよおおお。俺、なんでこんなこと、」

『貴方は役に立ったのです。おかげで私は、私に戻ることができます』

「は、はい!?」

『貴方は私の神には出会えませんでした。残念なことに、貴方の人生の旅は、一つの終着を迎えることでしょう。悲しき終わりに、せめてもの敬意を。ありがとう。そしてさようなら』

「待って、待ってくれよ。俺を助けてくれるんじゃなかったのか。この剣があれば……この剣があれば……」


 ギルスには、タダオがずっと独り言を続けているようにしか見えなかった。だが徐々に、何かが始まっていることに気づく。


「鍔が……?」


 なぜか鍔の部分だけが空に浮き、神々しい白の輝きを放つ。剣は解体され散乱している。


 よく見ると、それは模様と刻みが入った石のようだ。そしていつの間にか、ギルスの前から消え去ったのである。


 そして数秒後、何かに捨てられた男はより悲惨な姿に変わってゆく。


 タダオは全身でアスファルトを擦るようにしてのたうち回った。力を消失した途端に、これまで酷使した筋肉、内臓、骨が悲鳴を上げたのである。


「う……いいイィイアアアア! 痛い痛い、痛いぃいい」


 さらにはエイリーンから喰らった爆発魔法により、深刻なダメージが吹き出してきた。


 彼は熟練の探索者のように、日々コツコツと鍛錬を重ねたわけではない。ギルスのように、根本的に人ではなくなったわけでもない。


 ただ急速に力を与えられた者が、その力を奪われたことにより、大きすぎる反動の餌食になっているのだ。


 彼は生き地獄を味わい、哀れな悲鳴を上げながら身を捩り続けている。


 ギルスはタダオの惨めな姿に背を向け、その場を去っていった。

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