召喚と異変
タダオが再び異世界召喚を行う。
その配信準備が始まったところ、これまで離れていた視聴者達がチャンネルに群がってきた。
しかし異世界召喚のルールを知る者達は、この配信をヤラセではないかと疑っている。
異世界召喚は一度実施されれば、次の実施は三ヶ月は空けなくてはならない、というルールがあるからだ。
しかしこの日、タダオは一枚の召喚の札を持ち、儀式を行うためのスタッフ達全てを従えてやってきた。
そして何より、ダンジョン庁の許可が降りている。スタジオには、不適な笑みで収録の開始を待っている春巻がいた。
(完璧な流れだ。ここでせいぜい有能な奴と出会えよ、タダオ)
春巻はここまで、自らの目論見どおりに事を進めている。タダオにもう一度異世界召喚の申請をさせ、理由をつけて上長から許可を貰ったのだ。
この時、彼は自分の上司達が、異世界召喚を本当は熟知していないことを利用した。
申請の際、わざと召喚の札により多くのシワを作る。それを撮影して申請メールに添付させた。
春巻は画像を元に、上司達を説得した。
写真にある札は、召喚者が限定されている特殊な物であり、失われればその人物は二度と地球に戻ることはできない。
画像の状態を見る限り、極めて劣化が激しく、今この時期を逃すと力を失ってしまい、もう異世界召喚ができなくなる可能性が高い。
もし申請しているにも関わらず、許可されなかったが為に、二度と帰還できない者が出てしまったことが明るみに出たらどうなるか。
ダンジョン庁の部長や、さらに上長となる者達は、彼の説得に騙されてしまった。
ただ、そう納得させられるだけの話術が、春巻にはあったのである。
(もうすぐ配信が始まる。これでいい。後は大いに調子になって、あの男を挑発するがいい)
春巻は交換条件として、ギルスのことを教えてくれるようタダオに頼んだ。しかし、彼は思っていたよりも情報を持っていなかった。
だがそれでも問題はない。
春巻の目的は、タダオを自分の傀儡同然にして、ただギルスを煽りに煽ってくれればよい。
そうすればいつかは怒りだし、帰還者要警戒指定五に定めるだけの失態を犯すはず。
もはや男の心は、ブレーキが壊れた車のようであった。嫉妬と恋慕と怒りが、エリート職員の心を狂わせる。
彼はこれまで、失敗も挫折も経験していなかった。今回も成功する、そう自信に満ち溢れていた矢先のことである。
タダオ達の様子が、何やらおかしいことに気づいたのだ。
百木リリが目をギラつかせ、狂ったように叫んでいる。
「もう何度も言ってるけど、私はあの時に無理やりやられた! 同意なんてしていなかったの。分かる?」
彼女に怒鳴られているのは、タダオの相棒的な存在である黒道マサだ。
「いやいやいや! だってさぁ、俺たちノリノリでラブホ行ったんだぜ。ラブホ行くのOKしたじゃん。なのに不同意っておかしいだろ」
彼の一言でリリは頭に血がのぼり、怒髪天を衝く勢いで絶叫した。
「ラブホテルに行ったからといって、性行為に同意したわけではない! そんな当たり前のことが、どうして分からないの!」
黒道は驚きが顔に出ていた。まさかそのような理屈をこねるとは、想像もしていなかったのだ。
「はあ? 何言ってんだ、ラブホはそういうとこじゃんか! そもそも、俺に色目使ってきたのは、お前が先だろ!」
「私が色目を? お前如きに? あり得ない」
スタッフが急いで会場の準備を進める中、二人は大声で喚きあっている。
「先に誘ったのはお前だ! あの時のLINを見りゃ分かるって。訴えるとか示談だとか、マジでおかしいんじゃねーの!」
エイリーンは最初こそ言い合いを止めていたが、もうどうにもならないと感じて、二人から距離を置いていた。
まるで二匹の猿が喧嘩をしているような光景である。すると、今度はボス猿が乱入した。
タダオは崩壊寸前の争いを見て、怒りを露わに詰め寄ったのである。
「お前ら! いつまでくだらねーやり取りをしてやがる。……リリ、お前はもう少し現実を見ろ。男に被害を受けたって裁判起こすのは、これで何回目だ? マサ、お前は節操がなさすぎだ。とにかく二人とも、次のダンジョン探索までは騒ぎを起こすんじゃねえ。分かったか」
百木はまだ怒り心頭の様子だったが、黒道は渋々頷いている。
「始めるぞ! エイリーン、司会を頼んだ」
「はーい」
「は? ちょっと待って、司会は私でしょ?」
これまで司会は百木が勤めていたが、今回選ばれたのはエイリーンであった。この事は事前の打ち合わせにはない。
「知らねえのか? お前の好感度、下がりに下がってんだよ。俺に刃向かうっていうなら、番組どころじゃなくてチームからも外すぞ。いいのか」
「はあ? 私の好感度が……?」
タダオはすぐに気持ちを切り替え、スタジオの真ん中に向かっていく。エイリーンも後ろ二人に気まずさを感じつつ、カメラのもとへと急いだ。
(もうつらーい。辞めよっかなぁガチで)
異世界から帰ってきた彼女は、他の道で生きる術を持っている。今回を最後に辞めることを考え始めていた。
だが、残りの二人はそうはいかない。
百木はリーダーを誹謗中傷で訴えるつもりだったが、結局やめることにした。
このチームから省かれた途端、安定した収入が消え去り、散財しまくったことで生まれた支払いの山に埋もれてしまう。
黒道もまた、ここでしか活躍の場が見出せなかった。彼の手癖の悪さは有名であり、探索者としても実力を疑問視されている。
要するに二人は、自らのこれまでの行いによってタダオに縛られている。
(お前らは俺の下で、馬車馬みたいに働いてろや)
勝ち誇った顔になったリーダーの手には、皺だらけの召喚の札が握られている。番組スタートまで、もう三分を切っていた。
だが、いよいよ放送開始というところで、招かれざる者が訪れる。急いでこの場に駆けてきたのは、白石ユリカだ。
「春巻くん! これはなに? どうして異世界召喚の準備がされているの?」
「ユリカ……」
「これは明確なルール違反よ。帰還者保護法にも抵触してる。早く止めないと」
「違反ではないよ。これは致し方ない特例だ。何しろ、あの札はもう滅びかけで、三ヶ月も待っていたら力を失ってしまう」
「あの札が?」
春巻はダンジョン庁の幹部達を騙したように、ユリカも騙そうとした。
「そんなわけない。効力を失うほどには傷んでいないわ。あれはただ、シワが出来ているだけ」
しかし、ダンジョンや召喚の札をよく知る彼女には通用しない。
「もう破れかかっている。今日召喚をしないと、帰ってこれない人がいるよ。あれは特別な札でね。特定の誰かしか、呼び出されないようになっているんだ」
「そんなに危険な状態じゃないでしょう。もっと酷いものでも、召喚が成功している例を何度も見てきたわ」
春巻は一向に流されない思い人に、心の中で歯噛みしている。この時、彼女は目前の男に疑いを抱いていた。
勝手にギルスの帰還者カードを持ち出し、現在も理由をつけて返そうとしていない。申請書は確かにあるが、どう考えても許可されること自体がおかしい。
恐らく後ほど不正が見つかり、重大な問題になってしまうはず。
さらには異世界召喚において、最低限空けるべき日数を守らず、実施の許可を与えてしまった。
そんな彼の発言に、まったく説得力を感じることができなかったのだ。
それともう一つ、あの召喚の札に嫌な予感を覚えていた。過去に彼女が見たことすらない、異質な物に思えてならない。
「君は分かってない。あの札をちゃんと見てごらん。あんなに——」
「もういいわ! とにかく止めるから」
そういい、ユリカはスタジオに向かおうとした。このままでは大変なルール違反となり、重大な過失が生まれてしまう。
「すみません! ダンジョン庁の白石です。今すぐ召喚の準備を止め——」
しかし、春巻が彼女の腕を掴み、動きを止めてしまう。スタッフ達は二人の動きを、唖然とした顔で見つめていた。
「きゃ!? は、春巻くん!」
「失礼。もう放送スタートの時間だね。始めてくれていいよ」
そう言いながら、春巻は強引にユリカを引っ張り、スタジオの外にまで連れて行ってしまった。
(ったく、春巻の野郎は何をしてんだ)
一連の動きは、タダオの目にも入っていた。しかし、彼はもうそれどころではない。
すでに準備された召喚用の祭壇に札を置き、儀式の最終段階に入っていたからである。
祭壇の中央には、タバコの灰皿のような置き物があり、特殊な液体が注がれている。
彼はその置物の中に、しわくちゃになった札を浸した。ここで番組が開始される。
「はぁーい! タダオチャンネル、始まりましたー! 今日はとってもレアな生放送ですよぉ。ねー? タダオっち」
エイリーンの爽やかな声がスタジオに響く。集まったメンバーは先ほどの不穏さを隠し、盛り上げ役に徹していた。
話を振られたタダオは、いつもの番組向けの優しげな笑みで応える。
「そう! 今日は何しろ、超限定召喚チケットを使った異世界召喚を行うんだ。これは俺がダンジョンで出会った運命みたいな召喚チケットさ。見てて、ほら!」
彼が指差した先に、青い一つの球が浮かび上がる。
本来ならもう少し経緯や詳細を説明するべきだが、誰もが流行る気持ちを抑えられず、もうすでに召喚するところまで来ていた。
エイリーンはすぐに召喚を始めるのではなく、百木や黒道、他に集まったダンジョンインフルエンサーに話を振り、番組を盛り上げようとした。
タダオはといえば、召喚の球に触れるまで、静かに心を落ち着けるつもりだった。
だが、そうも言っていられない事態が起こる。
「……は? な、なんだこれ」
チャンネル主でありリーダーの男は、目の前にある召喚の球に戸惑っていた。
本来なら青く輝くはずの光の球。それが紫色に変異したかと思うと、徐々に赤い色へと変わってゆく。
これまでの異世界召喚ではあり得ない、異様な何かが始まろうとしていた。




