英雄
「ええー! ギルスさん、まだ収益化してないんですか!?」
ルナやポルンガと別れたギルスが、向かった先で待っていたのは皐月アオハだった。
渋谷の広場で会った少女は私服姿であり、今風のオシャレとはこういうものか、と彼は呑気に考えていた。
ただ、アオハのほうは衝撃を受けている。ギルスのUtubeが登録者数二千五百万に到達しているのに、収益化をしていないことを残念に思っていた。
「絶対、絶対収益化した方がいいですよ。もうお金に困らなくなると思います! 良かったら、今あたしが申請してあげましょうか」
「できるのか」
「はい! じゃあスマホ貸してください」
今日の目的の一つは、ドローンをもっと高速化、かつ丈夫にできるパーツがあるから、見にいこうと誘われたからだ。
彼はなんだかんだでドローンが好きだったので、その誘いはとても魅力的である。
しかし、収益化の申請までしてもらえるとは思わなかった。歩きながらスマホをいじる少女に、ふとギルスは疑問を抱く。
「どうしてここまでしてくれるんだ?」
「えっとー。それは……えへへ。有名になってほしいからですよ。もっとギルスさんがメジャーになって、世界でも有名人になったらいいな、って」
「俺が有名になっても、アオハは得をしない」
結局のところ、人間も動物も皆、自分が得か損かということが一番大事なのだと、彼は思う。
だからこそ、彼女の行動は理屈に合わない気がした。
「得ならしてますよ! だってあたし、ガチでファンですから」
「ファン? 俺のか」
「はい。あたし、今までこういう気持ちになったこと、なかったんですけど」
人混みを器用に避けながら、彼女はスマホ画面をタップしている。そうしながら、自身の父について語り始めた。
「お父さんがあるサッカー選手のファンで、いつも必死で応援してるんです。なんでこんなに夢中になれるんだろう、自分のことじゃないのに。そう思っていたんですけどね。でもあたし、ギルスさんに会って分かりました」
アオハはスマホを手渡すと、ギルスに笑顔を送った。一点の曇りもないそれは、彼の心を不思議な気持ちにさせる。
「お父さんにとって、あの選手はヒーローなんですよ。で、あたしにとってのヒーローはギルスさんです。だから、応援したいって思うんです!」
「俺はヒーローにはなれない」
異世界でどれだけの人や魔物を倒してきたのか、もう彼自身でも分からなくなっていた。
そのような存在は罪深いものであり、英雄ではないと考えている。しかし、彼女の目にはそう映らないらしい。
「なってますよ! あ、ここですっ」
渋谷のレコード店の隣に、おもちゃ屋のような看板がある。階段を登った先で、ギルスは不思議な高揚感を覚えた。
あらゆるドローンやダンジョン探索グッズが並べられた店内は、子供の頃ワクワクした気持ちを思い出させてくれたのである。
(親父にラジコンとか買ってもらったことがあったな……)
そう思っていると、ふとかつての記憶が頭を過ぎる。
子供の頃の自分が、ラジコンや怪獣の人形を手にとっては、どれを買ってもらおうか悩んでいた。
父が楽しそうに、それぞれのおもちゃについて説明してくれたことが脳裏に浮かぶ。
しかしまだ、親の顔までは浮かばない。自分がなんと呼ばれていたのかも、まだ思い出せる記憶がない。
(でも、思い出してきた。しかも急速に。俺はもしかしたら今日——)
「……さん、ギルスさん!」
しばらくぼうっとしていたギルスの肩を、アオハは能天気な顔で揺すっていた。
「ん? ああ、悪い」
「もしかして見惚れちゃったんですかー? ここ、すっごいですもんね。でも、ガチでヤバいのは奥のほうですよ。行ってみましょ!」
彼女の指し示す奥には、ドローンコーナーという釣り看板がある。
向かってみると、最新の配信用ドローンや、そのパーツが小部屋一面に飾られていた。
どうやらこのお店は、配信用ドローンに一番力を入れているようだ。
「見てください。これです! これでどんなドローンも最強!」
「ん? これは……」
ドローンの速度を上げるためには、モーターのKV値やバッテリー電圧を上げ、機体を軽量化して空気抵抗を減らす必要がある。
それは事前にアオハに教えてもらっていたが、目の前にある部品は、そのような効果があるものには見えなかった。
「これは、兜か?」
カメラ付きドローンの、ギルスから見れば顔のように映る部分。その上にまるで二本の角がついた兜をつけるらしい。
「なんか、マジックヘルムっていうらしいです。この角みたいな部分が魔石の結晶になっていて、魔力を注ぐことでドローン自体をパワーアップできるっていう……ガチで流行ってるパーツです」
「なるほど……」
そうは言ってみたが、彼はまだよく理解ができていない。てっきり、なにかゴツいパーツを付けまくるのかと予想していた。
「もしかしたらこれで、ドローンもギルスさんみたいに戦えたりして」
アオハが天井付近を見上げながら、ワクワクしている。
「そうなったら、ちょっと怖いな」
反対にギルスは、ドローンの進化に不気味さを覚えていた。もはや生き物になってしまうのでは、という見当違いの不安を抱きつつ、購入してみることにした。
◇
続いて彼が向かった先は、探索者ギルド【チャンピオンズ渋谷】だった。
ここで以前から交流のある探索者チーム、ダンジョンコレクターズに会う予定になっている。
待ち合わせ時間ギリギリの到着となり、彼はいつもより早い足取りで入り口のドアを抜ける。
すると、大勢の探索者達が集まってきたのである。
「うわ! 本当にきた」
「え? え? マジで本人?」
「あたしファンなんです!」
「すげー! 全然普通じゃん」
「ギルスさんだ!」
「ガチで会えたー!」
「こんにちはー」
「なんとまあ」
「見た目は普通だけど、なんか強そうっすね」
「ソロで深層攻略ってどうやるんですか」
「握手して!」
「一緒に写真撮りませんか」
「きゃー」
「イケメン」
「サインくださーい」
「おおおおおおお!?」
「ヤバいー! 登録して良かった」
「ウチと一緒に潜らね?」
「過去一アツい展開キタ!」
「ギル様ーーー」
まさかこのような騒ぎになるとは思っていなかったので、彼は呆気に取られている。
そんな時、隣にいたアオハが助けに入った。
「すいませーん! ギルスさんは、これからダンコレのみんなと用事があるんです。ね?」
「ああ、そうなんだ。またな」
軽く挨拶だけを済ませたところで、彼はアオハに手を引かれ、ギルドの奥にある部屋へと消えていった。
ここで俄然盛り上がった探索者達は、ネットにありとあらゆる憶測を書き込んだり、ギルスと会えたことを呟いたり、とにかく騒がしい状態になっていく。
連れられていった先にあった部屋は、大型のスタジオになっている。
ダンジョンコレクターズの面々が集まっており、リーダーの影山が笑顔で挨拶に来た。
「今日はわざわざご足労いただきすみません」
「いえ、大丈夫です」
「それと、うちの番組に出てくれるって聞いて、本当にアガりましたよ。ありがとうございます!」
「どういたしまして。ところで、撮影というのはここで?」
実は、これから彼はダンジョンコレクターズが司会の番組に出演することになっていた。
ギルスにしてみれば、スタジオに来る機会などほとんどなかったので、とにかく珍しいものばかりである。
今回以外でスタジオに来たことといえば、異世界召喚で招かれてきた時くらいであった。
影山を含めたチームの四名は、彼が参加することを心から喜んでいた。
「はい! ギルスさんにはあそこの席に座っていただいて、俺たちの質問に答えてもらえれば大丈夫なんで」
「モニターが沢山あるな……」
彼はカメラや照明だけではなく、沢山のモニターがスタジオに置かれていることも気になっていた。
しかも、いずれもどこかの探索者達が、ダンジョンで配信をしているところを流している。
「あれは許可を貰っている、トップランカー達の配信を流しているんです。そうだ、説明していませんでしたね。探索者っていうのは、基本活躍の度合いによってランク付けされているんです。彼らはトップランカーといって、日本で最もダンジョン探索が上手く、かつ強い人たちなんですよ」
トップランカーは一般的には、探索者ランキングで十位以内にランクインしている人のことである。
しかし、他にもモニターはいくつかあり、それらは不規則に色々な探索者を映していた。
「ちょうど今は土曜のお昼過ぎなので、ダンジョン探索が一番アツくなってくる時間帯です。でも俺たちは敢えてこの時間に、番組放送をぶつけることにしてます。そのくらいじゃなきゃ、逆にこの業界では生き残っていけませんから」
影山の説明を聞きながら、彼はしみじみ世間の大変さを感じている。
(どの業界でも、生き残っていくのは大変だな……ん?)
ふとモニターをぼんやり眺めていた時、尋常ではない動体視力が、一瞬だけ奇妙な映像が流れたことに気づいた。
「今、タダオがいなかったか。スタジオが映っていたな」
「え? タダオですか」
影山が釣られてモニターに顔を向けた。しかし、彼の配信がもう一度映るのは、あと数分はかかる。
続いて、アオハがスマホを見ながらあっと叫んだ。
「ヤバ! 今から異世界召喚するって配信で言ってます!」
ギルス以外のメンバーは、一瞬何を言われたか理解していないようだった。
「ちょ、モニター固定して流してみてよ。まだ時間あるっしょ」
ダンジョンコレクターズの女探索者が、戸惑いながらスタッフに頼んでみる。すると、一つのモニターはタダオの為に固定された。
そこには、今まさに異世界召喚を行う瞬間が映し出されていた。




