魔王の願い
「あの占い師が?」
家の近くにある公園は空いていた。ギルスは意外な人物の名前が上がったことに、少なからず驚いている。
「ええ、ええそうなんですよ。最初はギルス様のことだけ聞いておけばいいやと思ったんですけれどねえ。転移先……というよりギルス様の故郷で、ドス黒い未来が見える……なんてことを言われちゃあねえ。ほっとけないさねって感じで」
しばらく前、ポルンガはゲートマスターである占い師に、ギルスの転移カードを作っていたかを聞き出そうとした。
占い師はすぐに首を縦に振った。こう見えてポルンガは、多くの国民から畏怖の念を抱かれている。下手な嘘をつく気にもなれなかった。
彼女は十年以上前に、ギルスに転移カードを作ってあげたことをあっさりと認め、作成前から作成後の経緯についても全て語った。
しかし占い師は、ギルスのことだけを語って終わりではなかった。
ゲートマスターと高度な占いの力、そのいずれも併せもった稀有な存在は、異なる世界における災厄の芽を感じたという。
「なぜ、異なる世界のことまで分かる?」
ギルスは当然の疑問を持った。彼の側に擦り寄っているシロが、幸せそうに匂いを嗅いでいる。
「転移カードを作り出せる存在っていうのは、ある意味では一番ゲートの影響を受けているらしいですよ。そうなるとねえ、あっちの世界の予言も授かることがあるっていう。しかも奴の話では、ここ数日に起こるらしいです。国を滅ぼしかねない厄災が」
「厄災……?」
ルナが怪訝な顔で、不吉な言葉を反芻した。
「占い師さんは水晶を弄りながら、こんな預言をご丁寧に書いてくれましたよ」
三つのカードが災いを成す。
一月以内にそれは起こる。
一枚目は希望、二枚目は混沌、三枚目は絶望。
全て揃えば世を滅ぼしかねない。
「三つのカード……」
ギルスには特に思い当たる節はなかった。この点については、ポルンガもルナも同じである。
「意味分からないでしょう。でも、あの占い師の言うことってマジで当たるんすよ。俺の仕事が失敗することとか、全部当てやがりましたからね。どうせなら得になる預言をしてくれやって感じ」
「なるほどな。それほどの腕を持った者が言うなら、警戒すべきだろう」
この報告に、彼は一応の納得はした。ただ、これだけの情報ではどうすることもできない。
「しかし、調査することもできない。様子を見るしかない」
ギルスは念頭に置きつつも、ひとまずはいつもどおりの暮らしをすることにした。
「まあ、全部的中するわけじゃないんで。もしかしたら……っていうくらいで覚えておいてもらえると。それよりギルス様、ワタクシ……気づきましたよ。昔の貴方様が、どのような願いを持っていたか」
この一言に反応したのは、むしろギルスよりもルナであった。
「なんだと! 一体どんな願いだ」
「ちょ、こら! それはギルス様のセリフだって」
王は何も言わず、彼に続きを促している。その様子を見て、おしゃべりな部下は小さく咳払いをした。
「失礼。いや、簡単なことですよ。次はコチラ……ということでしょう」
「次はこちらだと? どういうことだ!」
「いやいやだから! ギルス様のセリフだってば。俺は魔王様からのリアクションを待ってんの」
しかし、ギルスはまたも無言で続きを促している。ポルンガはだんだん気まずくなってきた。
「次、次はお前は反応すんなよ! ……つまりですね、ギルス様はとっても苦労をして、ウチらの世界を支配したわけです。ただね、それまでの戦争の日々で、こう思ったことはないですか。元の世界なら、もっと楽に支配できるのに……って」
そういうことか、とギルスは妙に納得した。
「貴方様は地球に戻りたかった。かつては相当苦労したし、力がなくて悔しい思いもしたと、そうおっしゃっていた頃、ありましたでしょ? ということはですよ。今なら煮湯を飲ませた連中に復讐できるし、屈服させることもできる。そして」
ターバンを巻いた髭顔の中年は、ここで一旦言葉を切って、両手を開いて壮大さを誇張した。
「この世界を支配下に置くことができる。以前は叶わなかったあらゆるものを、全て手に入れることができる! だから戻りたい! そうじゃありませんか?」
(そうだったなら、ワタクシは納得できますけどね)
心の中で一言加えつつ、彼の自説は終わった。
もう一人の部下は、主が二つの世界を支配する……そのような壮大な考えがあったのか、気になって堪らない。
「……どうだろう。もしかしたら、そうかもしれないな」
しかし、当の本人はどこか他人事のようであった。
「あれれれー? なんか響いてないご様子」
「まあ、じきに分かるだろう。そろそろ俺は行く」
「あ、承知です! じゃあワタクシ達もこの辺でー。ほらーシーちゃん! 毎回おじさんを困らせぇえええ!? ちょ、ちょちょ」
シロはまだ主人から離れたくないらしく、綱を引っ張ろうとした男に噛み付くフリをした。ただ、フリをするだけで迫力が凄まじい。
「当たる、当たるってー。ちょっとこら! 助けろや金髪! おい」
「僕は主の警備をしなくては。さあギルス様、参りましょう」
「あ、いやいや! ちょっと待った! お前も建国祭の準備しなくちゃいかんだろ」
「……あ」
ふと、彼女はギルスのことですっかり忘れていた仕事の一つを思い出していた。
「建国祭とはなんだ?」
しかし、国を統治していたはずの男には初耳である。それは無理からぬことではあった。
「はい。もうすぐギルス様が世界を統一された月がやってきます。その日は盛大な祭りを開くことにしよう……と。そういう計画が最近決まったのです」
誇らしげにルナは説明したが、主役となるはずの男は嫌な予感がしていた。
「ですので、祭りの当日にはギルス様がいらっしゃらなければ……と。僕を含めて誰もが思っているところなのです」
「まあ、アレですけどね。念の為そっくりさんは用意しましたよ、私のほうで」
「貴様……アレがギルス様に似ていると思っているのか。却下といったはずだ!」
ここで部下同士の言い合いが始まった。二人はいつも馬が合わない。
「似てるってー! ちょっと顔と身長と体型と喋り方が合ってないだけじゃーん」
「全然ダメではないか。他の者を——い、いや! ご本人がここにいる」
う……と珍しく話を振られた本人は、苦い表情を見せる。
「ギルス様! どうか一度、建国祭の日にはお戻りいただけないでしょうか。ギルス様の願いについては、僕も叶えるべく協力させていただきます。決してここに戻れないようにはいたしません」
「ああ、分かった。善処する」
ルナは輝くような笑みを浮かべた。だが反対にもう一人の部下は、シロと格闘を続けながら、「本当かなぁ」と漏らす。
「貴様、ギルス様が嘘をつくとでも」
「いやいや全然! そんなこと思ってないけどー。ってか、そろそろ行かないと。準備が間に合わん。ギルス様、今日はここでさよーならー」
どうにか白馬の説得に成功したポルンガは、綱を掴んだまま空へと浮かんでいく。
「申し訳ございません。僕も今は戻らなくては」
「謝ることはない。またな」
「はい! 必ずここに戻ります。では失礼します」
黄金の翼が柔らかな光と共に、彼女の背中に現れる。
そして羽ばたきながら、シロ達と共に空の向こうへと去っていった。
(建国祭……か。まあ、いよいよ平和な世界が始まったということだな)
自主的に祭りを計画し、こうして動いているというのは、喜ばしいことだと思う。
シロがいれば、自分はまたここに戻ってこれる。それでもギルスは、どうにも気が進まなかった。
ただ、今はそれを気にしている場合ではない。ある人物との、約束の場所へと向かわなくてはならなかった。
一方その頃、異世界へと帰っている最中のルナは、久しぶりに彼に会えたことの喜びを噛み締めていた。
しかし後に、彼女はこの時ギルスについていかなかったことを後悔する。
祭りの準備など後回しにしてでも、彼の側にいるべきだったと。




