誤解
招かれた先の光景に、ルナは目を丸くしていた。
(ギルス様の部屋が、こんなに狭い……?)
異世界は何もかもが広い。一般人の小部屋でさえ、この部屋の何倍も大きいのだ。
王の部屋ともなれば尚更であったが、ギルスはあの広さが落ち着かなかった。
「靴は脱いで上がってくれ。そこにスリッパというものがあるから、それを履くといい」
「は、はい!」
言われたとおりに、靴を脱いでスリッパとやらを履いてみる。不思議な感触だった。
「そこの椅子に座ってくれ。お茶とお菓子を出す」
「ファい!? い、いえ。この身にそのようなお気遣いは!」
「気にするな。長い道のりだったろう」
フローリングに片膝をついて待機しようとしたところ、椅子に座ることになり、彼女は内心狼狽していた。
(こ、これでは……ギルス様と同じ頭の高さになってしまう。僕ごときが)
ギルスは彼女の緊張をほぐすべく、昨日買ったお菓子もあげることにする。
テーブルに置かれたお茶と、可愛いキャラクターが描かれた背張り袋を目にして、ルナは固まった。
「ギルス様、こちらの物は……きゃ!?」
背張り袋が真ん中から開かれ、中からスナックが出てきただけで、彼女は飛び上がりそうになった。
「日本の有名なお菓子なんだ。食べてみるといい」
「にほん? は、はい……では、ありがたくいただきます」
小さなスナック一つ一つに、キャラクターの絵が入っている。
(かわいい。このような技術があるなんて、この世界は侮れない)
そのイラストに感動と警戒を覚えつつ、一つ口に運んでみる。
「んん!」
すると、分かりやすく美味しそうに食べ始めた。続いてお茶を飲むと、引き締まっていた表情が緩み、何とも幸せそうな顔になった。
「その絵は、ゆるキャラというらしい」
「ゆるきゃら……ですか」
「ああ。何でも、子供から大人まで親しんでいるとか」
「勉強になります。あ、その……家具も変わったものが多いですね」
それからルナは、ギルスから家電製品について多くの説明を受けた。
どれもが驚きの内容ばかりで、度々現れる大袈裟な反応に、彼はすっかり面白くなってきた。
何より説明していて楽しかったのは、スマートフォンについてだ。
「これで遠くの人と会話ができるんだ」
「ま、まさか! それは魔道具ですか」
「魔道具とは違う。ちなみに、手紙のようなこともできる。ほら」
「え? え?」
「この緑の枠が俺の書いたものだ。白い枠にあるのが、相手が書いている」
「凄い……なんて高度な文明の利器でしょう」
「ゲームもできる」
「げーむ……とは何でしょうか?」
ギルスは最近、アオハや他のチャット仲間に教えてもらったことで、スマホのいろんな機能を覚えていた。
ゲームアプリを起動して見せた時、ルナは驚いて椅子から落ちそうになってしまう。
「ひゃあ!? 突然人が、人が……え、え!?」
(面白いな。もうちょっと見せてやろう)
オープニング画面を見せただけで、この騒ぎようである。あまりに楽しいので、いろいろと覚えた機能を見せていく。
彼にとって、現代人から驚かされたものを、今度は自分が教えるというのは面白かった。
(なんて凄まじい! こんなカラクリを国民一人一人が持っているというの? 信じられない。って、ああ! ぎ、ギルス様が……こんな近くに)
いつの間にか距離が縮まっていたことに気づき、彼女は分かりやすく顔を真っ赤にした。
それを気づかれまいと、他のことに意識を持っていこうとした時、ようやく本来の目的を思い出した。
「は! い、いけない。僕としたことが。ギルス様、今日はその……御身の無事を確かめたく。それと、お迎えに上がったのです」
どうにかいつもの調子に戻そうとしたが、ギルスは対面の椅子に腰掛けると、あまり芳しくない反応をした。
「俺は変わらず元気だ。戻るのは……ちょっとな」
ルナは異世界で誰よりも自分に忠実であり、必死に働いてくれた。
そのことを思い出すと、「もうそちらには行かない」とは言い難い。珍しく歯切れの悪い回答をされたことに、彼女は戸惑っていた。
「ギルス様は、その。こちらの世界に、何か未練がおありなのでしょうか。以前仰っていた……忘れてしまった願い、というものに関係が」
「そうだ。でも、もうすぐ思い出せそうなんだ」
ルナは当初、どうあってもギルスを連れ戻すつもりでこの地にやってきた。
しかし、今の穏やかな瞳と向き合ううちに、自身の気持ちに迷いが生じてしまう。
「それに、今の生活にも満足しているんだ。狭いけど、一人で暮らすには十分過ぎるし。いろんな人のお世話にもなってる」
「ギルス様が、お世話に……」
この時、彼女はハッとした。彼を取り巻く人間関係についてではない。
(そ、そうだ。この部屋は、一人部屋。そして僕は今、ギルス様と二人っきり)
今更ながらの事実に気づいた途端、彼女の顔はさらに赤くなり、もはや対面にいる男を直視できなくなってしまう。
(落ち込ませてしまったか)
そんな思いなど知らないギルスは、拒否されたことでルナが落ち込んだと勘違いした。
静かに立ち上がり、彼女の頭に優しく手を置いて撫でた。ビクりと金髪が跳ね上がる。
「え、あ! ……はぅ」
「すまない」
「そ、そんな……ギルス様が謝罪するようなことは、」
ルナの脳内がパンクする直前のこと。ふとドアをノックする音が聞こえた。
「誰か来たようだ」
「お待ちください。賊かもしれません、僕が出ます」
王の部下はすぐに立ち上がると、ドアの前で気持ちを切り替える。
(暗殺者がいないとも限らない。なんだ? この魔力……覚えがある?)
腰に差した剣に手をかけたまま、彼女はドアを僅かに開く。
するとその隙間から、見慣れた顔が現れたのである。
「はぁーい! 魔王様、今日も貴方の……え!」
ポルンガが大袈裟な動きをしながら挨拶をしてきた瞬間、ルナは自然とドアを閉じていた。
「ちょお!? え、え! なんでお前がここに来てんの? こら貴様、開けろ! おかしいってマジで。ちょ、ねえ! ねえ聞いてんの? おーい」
「やかましい!」
ドアをもう一度開けた時、混乱した中年男の上に、白馬までもが顔を覗かせていた。
「今日も来たか」
呑気な顔で向かい入れようとするギルスと、嫌々な空気が露骨なルナを目にして、一人と一頭は顔を見合わせて困惑した。
「悪いが、今日も用事があるんだ。そう長くは話せない」
「では、そちらに僕もお供してよろしいでしょうか」
「あらー残念……っていうかこのお子ちゃまめ! ちゃんと説明せえよ。ではギルス様、五分だけでもお時間もらえませんか? 実はそれなりに大変な話があるんでげす」
そうお願いしながら、ポルンガは奇妙なダンスを踊っていた。彼の趣味は歌と踊りと酒である。
「大丈夫だ。でもこの部屋で、この人数は厳しい。近くの公園で話そう」
こうして魔王を筆頭とした二人の部下と、愛馬がただの公園に集まることになった。その道中でも、ルナとポルンガは小競り合いをしている。
「なんでお子ちゃまがいるんでしょうねえー」
「僕はもうじき大人になる。その呼び方はやめろ」
「いや、っていうかお前、なんでこっちの世界に来れちゃってんの? どうしてギルス様の居場所が分かった?」
「それは……必死に探した結果だ」
「ほほう」
ここで中年男は、わざとらしく笑った。
「いやー、なんていうか。もう分かっちゃってるけどねえ。ルナちゃんあなた、ワタクシ達がギルス様の元へ向かっていくところを、後ろからつけておりましたでしょ?」
ギク、という分かりやすい反応が思わず外に出てしまい、子供扱いされたルナは慌てた。
「何をいうか!」
「つけていたんでしょうねえ。上手い具合に魔力を偽装して。僕は必ず見つけ出す! とか言ってたけど、なんかやけにこっちの動き気にしてたもんなぁー」
「だ、黙れ!」
ポルンガの指摘は事実であった。どうしても主の場所が掴めなかった彼女は、一人と一頭の様子が気になり、こっそりと後ろをつけていた。
そしてようやくギルスの場所を知り、日を改めてやってきたという流れである。
ただルナにとって、主の前でせこい真似をしたことをバラされるのは、かなり辛いものがあった。
「ってか、今はお子様とムダ話してる場合じゃないの! ギルス様、ちょっと不穏な情報が入りましてね。この世界に、随分と不吉な影が漂っているみたいなんですよ」
「不吉な影?」
ギルスは考えてもいなかった話題に興味を持ち、彼の話に耳を傾けることにした。




