正体
(必ず何かあるはずだ。何か……)
ダンジョン庁の職員でありユリカの同僚、春巻は早足である場所へと向かっていた。
それはダンジョン庁の地下二階、帰還者達の所持品が納められている保管室だ。
召喚の儀式で帰還者が呼び出された際、不審な物や危険と判断される物を所持していた場合は、ダンジョン庁職員が預かる決まりがある。
不審な物、という定義は広く設定されており、衣服など生活に支障が出る物以外は、多くの場合預かることになっている。
それらの物品に危険性がないと判断され、帰還者が返却を求める場合、ダンジョン庁の総合的な判断で返すことが可能だ。
「調べ物ぉ? ……もう締める時間なんだけどよ」
「そこを何とかお願いできませんか。現在調査している案件で、急ぎ確認したく」
管理を任されている中年の職員は、面倒そうな目で春巻を一瞥すると、ため息を吐きながらその場を離れた。
「十分だ。それ以上はダメだぞ」
「感謝します」
春巻が向かった先は、ギルスに関連する物品の保管コーナーだった。
【帰還者ID11203−ギルス】という名札が貼られた棚の下には、何も置かれていない。
彼は手ぶらで帰還した軽装帰還者であり、当時春巻がボディチェックを行った時も、何も所持していないことは確認済みだ。
だが彼は、あの時の検査に見落としがあったかもしれないと疑念を抱いていた。
(そもそも簡易的なチェックで済ませる、現在の調査はおかしい。丸裸にしてでも調べる案件だろうに)
春巻は今日ギルスの配信を視聴していた。
そして彼のあまりに異次元の活躍に、兼ねてから感じていた疑いを深めていたのだ。
あの男が帰還した時のことが、ふと脳裏によぎる。
春巻は車を運転しながら、時折ミラーでユリカと会話するギルスを観察していた。
途中まではこれまで見た帰還者と同じ、悲運にも異界に飛ばされ、ようやく帰ってきた保護すべき存在と考えていた。
だが、ユリカが異世界の仕事について質問した時、明らかにこれまでと違う反応をした。
春巻は人より洞察力があり、嘘を見破ることが上手い。
その日から今まで、ギルスが何かを隠しているという確信のもとに、ずっと観察していた。
(きっと何かあるはずだ。何か……そうだ。帰還者カードは?)
ダンジョン庁の保管室には、帰還者と共に召喚されるカードも納められている。
異世界では転移カードと呼ばれているが、こちらの世界では帰還者カードと呼ばれることが一般的だ。
ここで春巻は靴音を忍ばせて、先程の管理官がいるテーブルを横切った。
帰還者カードは別の管理枠となるため、本来なら改めて立ち入り申請をしなくてはならない。
しかし、今はそんな時間をかけたくない。
(ユリカはきっと騙されているんだ。しかも、このままではアイツと……)
春巻とユリカは同期であり、保護課に配属されて以来、何かあればコンビを組む間柄であった。
初めて会った時は、彼女に対して冷たそうな印象を持った。
眼鏡の奥にある切長の瞳は、まるで機械だと思ったほど。でも往々にして、第一印象と第二印象は異なるもの。
一緒に仕事をしてみると、ユリカは彼が知る女性の中でも、特に思いやりに溢れていた。春巻はいつしか彼女に密かな思いを寄せるようになる。
しかし、彼にとって厄介な存在が異世界からやってきた。ユリカはギルスの担当保護係となり、常に面倒を見るようになった。
必要以上に手助けをする彼女に、春巻は違和感を覚えていく。
徐々に二人が親密になっているような、そんな姿を何度も目にした。すると彼の心に、経験したことのない苛立ちが生まれた。
春巻は決して、異性との付き合いがなかったわけではない。
学生の頃は彼女を作り、それなりに青春を謳歌していた。だが大抵の場合、彼は自分から別れを切り出していった。
これまでは異性や恋愛などどうでも良かった。ユリカと知り合うまでは。
春巻の心にはかつてない嫉妬と怒りがある。その原因はギルスでありユリカだ。
横道にそれた話を戻すが、春巻が足を踏み入れたそこは、保管室の中でも特別な空気に溢れている。
帰還者カードは黒いファイルに納められていた。帰還者ID毎にグループ分けされており、一ページに六枚収納が可能だ。
いくつもあるファイルの中から、春巻は探していたグループを見つけ、すぐにページをめくっていった。
ファイルには沢山の男女のカードが収納されており、どれも世界に一枚しかない。威厳と不思議な魅力が漂っている。
春巻はさまざまな人々の姿を目にしながら、目的の男を探し続けた。
そしてようやく、彼は運命のページを開いたのだ。
「これか……」
なんの変哲もない。他のSSカードと遜色ないばかりか、いかにも地味で弱々しい男の立ち姿に、彼は首を傾げる。
よくあるSSカードであり、他のSS帰還者と比較しても弱そうな、貧相な立ち姿。カードを取り出してみても、印象は変わらない。
(帰還者カードには、隠せない本性が現れるという。いい子のフリをした悪党が、忌々しい姿のカードを持っている、というのはよくあることだ。しかしこれは……本当に俺の気のせいだったのか)
結局何をどこまで探しても、ギルスの正体は分からない。その現実に、春巻は歯噛みした。
「……畜生! ……ん?」
だが彼はこの時、違和感の正体に気がついた。
「待てよ。このカード、他と比べて分厚い?」
隣のカードを取り出して比較してみる。すると、並べなければ気づかないが、確かにギルスのカードのほうが厚い。
不思議に思った彼は、よくよくカードの表面を観察してみた。
「なんだ?」
カードの角が、少し捲れている。その奥にうっすらと黒い何かが見えていた。
「これは……」
彼はここで大胆な行動に出る。怪しげなカードの角を掴み、引っ張ってみたのである。
すると変化はすぐに起こった。
「あ、ああ!?」
男は突然の変化に戸惑い、よろよろと後退してしまう。
カードは半分近く捲れると同時に、紫と黒の怪しい輝きを放ちながら、空中に浮かんでしまった。
そしてさらに半分の表面が消え去り、黒の煌めきが部屋を覆う。
「う、うわああああ!」
春巻はあまりの恐怖に腰を抜かした。管理者の男が慌てて駆け寄ってきた時、怯えた瞳でそれを見上げていたという。
「お前! 勝手にここに……ひっ!?」
中年の男もまた、恐怖で動けなくなった。カードにはギルスが描かれている。だがそれは、これまで見せていた地味な姿ではない。
魔王のオーラを纏った男は、雄々しく岩場に立ち、血よりも赤い瞳で春巻を見下していた。
カードからは黒と紫の眩い光が溢れ、二人の男は目を離すことができない。
黒き雷光の魔人、その姿を彼らは一生忘れることができなかった。
◇
ギルスがユリカと会いに行くまで、まだ時間がある。
いつになく不安な気分で支度をしている時のこと。
青い空の向こうから、白と黒の何かがゆっくりと降りてくる。それは傍目から見ると、白い風船を持った熊のようだ。
この怪現象は、今回で三回目。そして今回は、明確に変化が訪れようとしていた。
白い風船が膨らみ、姿を変えていく。また、黒い熊も徐々に体が変化していった。
白い何かは形が分かるにつれ、神秘的な存在のように映る。
それは角と翼を生やした白馬であった。反対に熊にしか見えなかった黒い何かは、人間の姿へと縮んでゆく。
熊だったそれは、頭にターバンを被り髭を蓄えた、小太りの中年という姿に変わっていた。
この男はギルスがいた異世界で、彼を地球に帰還させた占い師を訪ねた者である。そして、魔王軍の中でも特に重要な一人。
「やっとじゃーん。シーちゃんってば、見つけるの遅くね? あ、あーごめんごめん! ちょ、怖い怖い! 落ちるって!」
シーちゃんと呼ばれた馬は、どうやら男の言葉が理解できるらしい。
怒りのあまりバタつかせると、空飛ぶ白馬と綱で繋がっていた男は慌てる。
天を駆ける馬は、この男が背中に乗ることを許さなかった。
そのため、致し方なく綱を結んでそれを掴み、ここまでやって来たのである。
やがて大地に降り立つと、ターバンの男はほっと一息ついた。
「あー、マジ怖え。毎回こんな思いする身にもなってほしいわ。で、あそこだっけ?」
彼はそのアパートに近づいた時、呆気に取られてしまう。
「かの魔王様が、こんな狭くてボロ……趣のある所にいるって? マジかよ。おっとシー! シーこら! お前はここで待ってんの。待てってば」
白馬が階段を登ろうとしたので、彼は慌てて引き留めた。
その後、まるで自身の体重がなくなったかのように、ふわりと跳躍して二階の——ギルスがいる部屋前に降りたった。
すぐに彼は、痛みが見えるドアにノックをしてみる。彼の位置については、もうおおよそ掴めている。この部屋で間違いないはずであった。
少しして、ドアが開いた。
「はい」
ギルスが普通に出てくると、男は大袈裟なまでの笑顔になる。
「お久しぶりでぇーす! あなたの右腕、ポルンガがやってきましたよぉー!」
ガチャリ、とドアが閉まる音がした。
「ちょお!? ちょちょ、ちょっとー! 魔王様! 魔王様! なんで閉めるんですかぁ!?」
少しして、ドアがもう一度開く。
「……どうやってここに来た?」
「あれ、あれれれ? なんか、思ってた反応と違うー。いや、実はですねえ……ってイタタ! おーいシーちゃん、待てって言っただろ。ってか、ちょっとやめろってぇ!」
居ても立ってもいられないとばかりに、先ほどの馬が二階に飛び上がりギルスに抱きつこうとするが、ポルンガと名乗った男が邪魔で中に入れずにいた。
(どうなってるんだ。この世界には来れなかったはずだが)
その後、ギルスは一人と一頭を家に招き入れ、お互いのこれまでを話すことになった。




