再会
異世界で魔王と呼ばれていた男、ギルスには多くの部下がいた。
その中でも彼が特に信頼し、かつ絶大な力を持った十二名の猛者達を、人々は魔王の十二柱と呼ぶ。または、聖王十二柱と呼ぶ派閥もある。
今日この場に現れたターバンを巻いた男、ポルンガはその一人であり、彼と一緒に永き戦乱を生き抜いてきた。
ギルスにとっては特に親しい、仲間と呼ぶ存在である。
居間に導かれ、中年の男は小さいながらも機能的な設備に驚いていた。ギルスに説明を受けながらお茶を出してもらい、嬉しそうに笑っている。
「おお! なんとも美味の予感! ありがたき幸せ。ところで、せんたくき、でんしれんじ……でしたかな? いやはや便利なものですなぁ」
「ああ、快適に暮らしている」
そう答えながら、彼はずっと側についたまま離れない白馬の頭を撫でていた。
この馬は神馬と呼ばれ、異世界でも極めて珍しい神の乗り物と呼ばれる。戦乱の最中に出会って以来、馬はいつもギルスと助け合って生きてきた。
名前はシロといい、名付け親はギルスである。白い馬だからシロと名付けた、というだけの由来だった。
ひととおり雑談をした後、王だった男は気になっていたことを尋ねた。
「さっきの続きを聞こう。どうしてここに来れた?」
「ええ、それは勿論。そこにいるシーちゃんの力ですよ」
「シロの?」
ギルスにしてみれば、意外な返答であった。
「シーちゃんがいろんな超能力を持っていることは、ギルス様もご存知でしょう。しかもこの白馬は、ずぅっとずぅーと遠くにいる人の魔力が分かるんです。世界が違ってもね。さらにその翼でもって、世界の幾つかに存在するゲートを通れるんですな」
この後ポルンガがした説明の中には、彼がすでに知っていた知識もある。
地球と異世界は転移ゲートと呼ばれるもので繋がっている。それらが開き、何らかの条件で人々が吸い寄せられることで、異世界転移というものが実現する。
しかし、この転移というものを行うためには、実体のままでは行うことができない。
半霊体と呼ばれる、物理的な干渉を消しつつも、ゲートを通過した後に実体を取り戻せる特殊な状態になる必要があった。
さらには、正確に転移ゲートの位置も把握しなければならない。
転移カード(帰還者カード)は、これらの工程を飛ばして自動的にゲートへ導き、転移させてくれる高度な物であり、他の方法でゲートを通過するのは極めて困難であった。
ちなみに、地球から異世界に転移してしまう人々は、一度は肉体が半分なくなるような状態になり、その後転移した後で普通の体に戻る、という工程を自然と経ている。
「シロに、異世界に転移できる力があったのか」
「そうなんですよー。いやーこれにはワタクシもビックリでしたよ。この翼が黄金色になる時、どうやら周りも巻き込んで転移できちゃうみたいで。なんかシーちゃん、いつもどっか行ってるんだよなーと思って、この前ついて行ったんですよ。そうしたらあら不思議! この世界にワープなんかして、もうビビりましたわ」
シロは異世界にいながらも、ギルスがダンジョンで魔力を解放した瞬間を捉えていた。
それから何度も彼を探すべく、しきりに異世界と地球を行ったり来たりしていたとう。
話題の白馬は、今は主人の膝上に頭を乗せ、幸せそうに寝息を立てていた。
「黄金の翼……か。ん?」
「あ、分かってますよ! 黄金の翼といったらもう一人、野蛮なあの女が持ってるって話ですよね? 大丈夫です、あいつには黙っておきますよ。話がややこしくなりますから」
「ルナのことか。まあ、あいつは自分がそんな真似ができるとは思わないだろう」
ルナはポルンガと同じく十二柱の一人であり、最も忠実な部下であった。
思い返してみると、彼女はシロと類似した力をいくつか持っていた。もしかしたら、同じようにこの地に来ることが可能かもしれない。
ふと、ギルスはベッド脇に置いていた目覚まし時計を見つめた。ユリカとの待ち合わせがある。そろそろ支度をしたほうが良さそうだ。
「積もる話はまだまだあるが、急ぎの用があってな。終わってからまた話すか」
「え、急ぎの用ですか?」
来訪者は目を白黒させているようだった。
「ギルス様、そのご用とやらは、この世界でのことですよね? だったら、もう必要ないのでは?」
「ん? なぜだ」
ギルスには、彼の言わんとしていることが分からない。ポルンガは慌てたように笑った。
「だってー、ギルス様。ここに戻られたのは、半分事故みたいなものでしょ? だいぶ昔に転移カードなんて作っちゃったの失敗だったわー、もう王様になってこれからウハウハ生活が待ってるのに、未練なくなった世界に戻されちゃったわー! ってなっておりましたでしょ?」
彼の予想は外れていた。ギルスはいつだって地球に帰りたかったし、その為には転移カードしかないと考えていた。
「でも心配はご無用! 何しろこのポルンガが迎えに来たんですからね。ささ、ギルス様……そろそろ、シーちゃんの背中に跨って盛大な帰宅を始めようじゃありませんか。みんなが魔王様をお待ちですよ」
「ちょっと待て。向こうでは既に、新しい王がいるのではないのか」
この発言に、部下はのけぞるほど驚いていた。
「ちょ、そんなワケないじゃないですか。ヤダなーもう。みんなギルス様じゃなきゃ嫌なんですよ。だから今他の柱連中も、あなた様の不在をどうにか誤魔化してやりくりしているんです」
ギルスは王として、異世界で絶対的な地位を築いた。しかし、それ自体は彼の望むものでは全くない。
そして彼は、自分自身への評価はさほど高くない。すぐに王は入れ替わり、新たな統治が始まっているとばかり思っていたのだ。
「そうだったのか。だが、俺はもうあの世界で、するべきことはしたと思っている」
「そうですそうです! そうなん……え?」
「それと俺は、この世界に戻ってきたことは嬉しかった。どうしてもここで、しなくてはいけないことがあったはずなんだ」
「ちょ、ちょ……魔王様?」
ギルスは苦笑しつつ、静かに立ち上がった。
「この後、大事な用がある。悪いが今は、ここまでにしてくれ」
「え、あ、はい……あとちょこっとだけいいです?」
その後少しだけ話したところ、どうやらその用事には、同行も許されないようだ。
ポルンガは呆然としつつも、ひとまずは王の意思を優先した。そしてふと、ポンと手を叩く。
「ああ、思い出しました。超昔ですけど、そう言えば帰ってしたいことがあるって仰ってましたね。では今日は、これで失礼します。シーちゃん、今日のところは帰るよ。シーちゃん、シーちゃんって! こらこら、痛ぇ! 蹴るなって」
シロがどうしてもギルスから離れようとしないので、彼は苦戦しつつも、どうにか空へと帰っていくことができた。
残った男は青空を見上げ、一人と一頭に手を振った後、ユリカが待っているであろう駅前のカフェへと向かうことにした。
道すがら、自分がまだ王のままだったことを思い出し、小さく嘆息する。
(まさかポルンガとシロが地球にやってくるとは。これからどうするべきか)
彼はもう異世界に向かうつもりはなかったし、行くこともできないと思っていた。
しかし、かつての部下は今もなお、彼を慕い待っている。ギルスの心に迷いが生まれるとともに、また一つ記憶のピースが見つかる。
(転移する少し前、こうして悩みながら空を見上げていたことがあった。将来のことや、好きな女子に告白して振られたこと……だが、名前までは思い出せない。でも徐々に、少しずつだが思い出してきている。後少し、後少しで……)
予感があった。
もうすぐ記憶のピースが全て埋まり、かつての自分を思い出せる日が近い。そんな予感が。
同時に、地球でどうしてもしたかった何かも、その時に思い出せるはずだ。
(やはり俺は、ここにいるべきだ)
記憶を思い出す度に、この世界が本来自分の居場所なのだと思う。彼を悩ませていた悩みは、いつしか青空の向こうに消えていった。




