歓声
ギルスとエイリーンがダンジョンから出た時、スーパー周辺には大変な人集りができていた。
誰もがこぞって彼の姿を目にしようと、好奇心を隠さずやってきたのである。
「みんなー! 見にきてくれてありがとー!」
エイリーンが観衆に手を振って見せると、多くの人々が声を上げて喜んだ。
ギルスは特に気にしている様子もなく、やっと終わったと嘆息していた。
「ギルスさんってすっごいよねぇ! ここにいる人達、みーんなギルスさん目当てだよ」
「俺を?」
「そー! だってあんな強い魔物を沢山やっつけたでしょ。私が提案したバトルだったけど、分からされちゃった!」
「大したことじゃない。あのくらい、あの世界には沢山いただろ」
唯一エイリーンだけが、異世界のことを共有できる。そんな知り合いが増えたことが嬉しかった。
ただ、実は困っていることがある。
タダオと黒道を降ろしたところで、彼はドローンの無事を確かめていた。
すると、いつの間にかまた電源が入っており、配信ボタンまで押していたらしい。
「これ、どうなってるんだ」
俺はここまで機械に疎かっただろうかと、悩みながらいじっている。
どうやら画面のレイアウトを変えてしまったらしく、配信を切るボタンが見つからない。
「あ、そうそう! お礼しないとだね」
そんなギルスの様子に、エイリーンは気づいていなかった。
彼女は百木を背中から降ろすと、スキップでもしそうな足取りで、配信機材と格闘している男に近づく。
「えいっ」
「どうし……?」
彼は無表情のまま固まった。頬に柔らかい感触がある。ふっくらとした唇が吸いつき離れるまで、しばらく時が止まっていた気がした。
「ありがとー!」
「……大胆だな。こんなに人がいるぞ」
「ええー? そうかな、普通じゃない?」
まったく普通とは思えない。キスをされるとは想像もしていなかったので、言葉も見つからない。
呆気に取られていたが、ようやく停止ボタンが見つかったので配信を切った。
しかしこの数分程度の映像は、尋常ではない速度で拡散されていく。
エイリーンの行動を目にした人々は、いっそう喜んで歓声を送っていた。
(異世界なら、破廉恥だと騒いで暴動になるだろう)
かつていた修羅の世界のことは、彼女も知っている。その上でやってみせたのだと彼は思った。この世界はあそことは違うと。
(やはり地球のほうが穏やかでいい。後はもう少し、普通の暮らしに戻っていければ……)
ただ、しみじみともしていられない。
人ごみを掻き分けるようにして、マイクを持ったスーツ姿の連中がやってきたからだ。カメラマンを引き連れている。
どうやらマスコミがやってきたらしい。ギルスは厄介に思い、その場から去ることにする。
「俺はそろそろ失礼する。こいつらを頼む」
「え? あ……あれ?」
エイリーンが振り向いた時、そこにいたのは気絶しているタダオと黒道だけであった。
彼はまたも、風のように消えてしまった。
多くの人々に注目を浴びていることも、あまり気づいていない。心は他のことでいっぱいだ。
彼はどうしても、明日ユリカに会ってどんな顔をすればいいのかと、そればかり考えていたのである。
◇
ギルスの配信が終了して二時間後のこと。海老沢タダオは病室で目を覚ました。
医師から事の次第を聞かされた時、彼はまるで人形のように無表情だったという。
この反応は多くの人々の予想を外した。誰もがタダオは激昂すると信じて疑わなかったが、やけに大人しい。
夜の八時近くになったところで、誰もいない休憩室にやってきた男は、スマホだけで雑談配信を始めた。
今までの彼からすれば信じられないほど、静かな始まり。
だが、その配信内容はタダオらしさで溢れている。
男はダンジョン探索でギルスに負けてしまったことについて、ひたすらに弁明を繰り返した。
多くの不運と裏切りがあったことで、思うように戦えなかった。本来の実力であれば勝利することができた。そういった発言ばかり。
自らの非は一切認めず、必要以上にしつこく同じ説明を繰り返す。
同接は百万近くとなり、彼を慰める者、応援する者のコメントが書き込まれていく。
だがこの配信には、明確な変化が現れている。タダオの言動を批判する声が、擁護派よりも多く届けられるようになった。
「くそ……クソクソクソクソクソ。このクソ野郎どもが! 生意気にアンチコメなんぞしやがって。まだ俺がハメられたって分からねえのか!」
タダオは怒り心頭だった。当初こそぼうっとしていた意識が、徐々に屈辱と怒りに支配されていく。
心配しているからこその批判もあったが、彼にとってはそれもアンチコメントである。
「まあいい。俺は今回のダンバトで屈辱を味わった。だがな、すげー物も手に入れたんだ。お前ら、これがなんだか分かるか」
彼は病衣のポケットから、大事そうに一枚の札を取り出して見せた。それはシワだらけの召喚の札であった。
「ブラックスライムの中で、俺は必死に抵抗してた。その時、いつの間にか手にこれが握られててな。どうやら以前、スライムの中で死んじまった探索者が持っていたらしい。これ、ただの札じゃないぜ。俺には分かる。きっとこれは、SS確定召喚チケットだ!」
召喚の札には、幾つもの文字が書き込まれていた。異世界の文字となり、なんと書いてあるのかは視聴者達には理解できない。
ただ、通常の札よりもずっと大きく、金をまぶしたような柄になっている。
召喚の札には、ほとんどの探索者がお目にかかれない、特別なものが存在する。
通常の召喚の場合、対象者は不規則に選ばれる。
だが実は。ある特定の能力や特徴を持った者だけを呼び寄せる札も存在した。
海外では数件、そう言った事例が目撃されているが、これは正式な記録には残されていない。都市伝説ではないか、という疑いを持つ者も多い。
「怪我はなんともねえ。俺は退院したら、すぐに召喚の儀をやってやる。そして今度こそ、あのすり抜け野郎をぶっ潰す!」
タダオは目を覚まし、何があったのかを聞かされた後、すぐにギルスの配信を観ている。
あれだけの力を目にしてもなお、彼は認めることができない。
ギルスの実力を認めてしまえば、すり抜け野郎と称した自分を否定することになる。
その事実に耐えられないタダオは、ソロで無双した男の実力が偽物だと思い続けるしかなかった。
(エイリーンめ、騙されやがってよ。まあいい、この勇姿を見れば目を覚ますだろうさ。あいつの他にもSSを仲間に引き入れてやる。そうすれば今度こそ、俺は全てを手に入れることができるんだ)
業火のような怒りは、鎮まる様子を見せない。
高すぎる誇りと自尊心が、今もなおタダオを狂わせている。
「アイツは……すり抜け野郎は今回も、何か不正をしていたんだ。そうに違いねえ」
視聴者から、命を救ってくれたことに感謝の気持ちはないのか、というチャットが届く。
「俺はハメられたんだ。絶対にあんな状態になるはずない。きっとアイツが助けたんじゃなく、アイツのせいなんだよ」
他の視聴者から、言ってることがメチャクチャだというチャットが届く。
「あ? うるせー! 俺は何も間違ってない。お前らは俺が退院した後、真実を知って詫びいれるしかねえんだ。舐めた口を聞くんじゃねえ。次は絶対に負けねえぞ、ギルス! 俺たちの絆の力を見せてやる」
タダオはいつの間にか、自分のチームが硬い絆で結ばれていると錯覚していた。
あれだけダンジョンで歪みあったことすら忘れている。この時、彼はまだ知らない。
百木リリは同じく入院していたが、退院後は彼のチームに戻るつもりはなかった。本当にタダオを誹謗中傷で訴える決意を固めていたのである。
ちなみに百木は、黒道マサについても訴えるつもりだった。しかも黒道にいたっては、一年前に行われた性行為が同意ではなかったというものであった。
彼女がこうした訴えを起こしたのは、今回が初めてではなく、気分次第で相手を陥れてしまう。
さらにエイリーンについても、何かしらの手で非難するつもりである。
黒道はといえば、こっそりとタダオのチームから抜けようと画策していた。同じく入院中、他のギルドの有力な探索者にチャットを送り続けていたのだ。
同時に多くの女探索者へのナンパチャットも忘れない。彼はこうして、密かに多数の女探索者から嫌われていた。
実のところ、すでにチームは崩壊寸前である。しかし、易々とタダオの執念から逃れられるわけではない。
歪んだ運命というのものは、異常なほどしつこい。




