崩壊
粉々になった魔物の死骸は、いずれも黒い雷に包まれ、跡を残さず消滅していく。
ギルスはドローンの無事を確かめると、何も言わずに奥へと進む。
配信用ドローンは慌てたように彼を追いかけていった。
そこまで映されたところで、ようやく我に帰った視聴者達はチャットを打ちまくり、ライブシーンは大騒ぎとなった。
:うおおおおおおおおお!
:まるで映画だわ
:ガチでビビった
:すげえええええええ
:結界を全部破壊した上でワンパン!
:黒い稲妻みたいなの何!?
:あんな硬い化け物を一発かよ
:すっげ! 初めて見たわあんなん
:あの亀は何トンあるのか知らないけど、普通に投げてたよね? ね?
:あああー!
:信じられない……本当に人間なの!?
:貫通しまくってなかったあれなんだ??
:ってかいつも素手で倒してるのがヤバすぎる
:強すぎて怖い
:急上昇ランキング一位おめ!
:黒いバチバチしてたのなんだろ
:ギルスならトップランカーになれそう
:これ、もしかして深層ソロクリアもあるんじゃ? ってか普通の深層ボスより強かったよね
:同接二百万超えしとる!
:どんなパワーしてんの……
:たった一人でここまで楽に進めてる時点で化け物
:だんだん怖くなってきた
:ソロで深淵層まで行くんじゃない?
:ひいいいい
:今まで見た探索者の中で一番強そう
:トップランカーより強いかも……
この戦いで、ギルスはタダオを抜いてUtubeの注目度ランキングNo.1に躍り出た。
同接は二百万を超えており、現在もなお上がり続けている。
世間の注目が俄然高まるなか、本人は至って涼しい顔でダンジョンを進んでいる。
「時間をかけてしまったな。あいつらはどこまで潜ってるんだろう」
ギルスの頭の中は、先を行く存在に向けられていた。
地下十六階への階段を降りたが、まだタダオ達がいる気配はない。
しかし、気配を感じないのは距離が開いているからではなかった。
実はタダオ達との距離は確実に縮まっており、あと少し降りれば合流できるところまできている。
なのにギルスに分からなかったのは、それなりの理由がある。
彼らの身に何かが起きている。
◇
時はほんの少しだけ戻る。
オメガ・タートルに苦汁をなめさせられたタダオは、顔中に怒りを充満させていた。
現在は地下十七階。この時ちょうど、ギルスは亀の魔物と出会っていた頃である。
「畜生……なんでこう上手くいかないんだ」
「まあまあ! こういうこともあるぜ」
黒道は既に疲弊していた。十六階で大変厳しい目にあっており、足は棒のようだ。
これまではエイリーンの魔法でどうにか切り抜けていたが、彼女も疲れが見えていた。
「魔法はともかく、アタッカーが足りねえんだよな……」
そう呟き、タダオは自分でハッとしてしまう。まさにアタッカーとしてこれ以上ない存在を、彼はすり抜けと侮辱して一方的に突き放したのだ。
「ねえ、もう少しゆっくり歩いてくれない?」
前衛二人の関係がぎくしゃくしている中、気にも留めていない百木リリが、暗い声で話しかけた。
「ああ? 早く進まないと追いつかれちまうだろが」
急遽縫い付けることでどうにか直したズボンを気にしながら、タダオが顔をしかめる。
「女性に合わせないとダメでしょう」
「なんでダンジョンでそんな話になるんだアホ。お前こそ、一番働いてねえんだからもっと動け」
「ありえない」
「おい。ありえないってどういうこったよ」
「まあまあ二人とも、落ち着けって」
言い合いの仲介に入りつつ、黒道はうんざりしていた。
百木はいつ何時でもレディファーストがされていなければ癇癪を起こすのだ。
タダオは知名度とルックスで百木を使っていたが、この時は虫の居所が悪く、容赦のない暴言が飛び交う。
「いい加減にしろよババア! 誰も関わりたがらねえお前を採用してやったのは、誰だと思ってるんだ」
「役立たずリーダーの癖に。地上に戻ったら誹謗中傷で訴えてやるから、覚悟しておけ!」
二人の言い合いが激しくなり、ライブを観ていた視聴者達ですらうんざりしてきた。
ここで同接数が徐々に低下を始め、コメント欄に批判の声が増えていく。
かつてのタダオの配信にはなかったことであった。
「ねーねー、ここちょっと怖い感じしない?」
先頭を歩いていたエイリーンが、大部屋にやってくるなり振り向いた。
先ほどまでの何処か暑い空気はなくなり、奇妙なほど部屋が冷たい。
しかし、見たところ魔物は存在しないようだった。
「ああ? んだよここは。何もなさそうだし、行こう——」
と通り過ぎようとした矢先だった。彼らの目前に、黒いフードを纏い、鎌を手にした死神が現れたのである。
骨だけになった顔は、彼らを嘲笑しているようにカタカタと動いていた。
【十】
そして、どこからともなく声が響く。
「へ? 待って待って! これってあれじゃない!? 死のカウントダウン」
「お、おいおい。こりゃヤバイぜ」
エイリーンと黒道が焦っているなか、タダオは周囲を見回していた。
「ちぃ! 落ち着けお前ら。こういうのはな、魔法を使いやがった奴を倒せば問題ねえんだよ。で、何処にいるんだ?」
このカウントが終わった時、即死魔法が発動しパーティは全滅する。有名なスキルであり、過去多くの探索者を地獄へと招いた罠であった。
【九】
「あ、あー! いたよ。あそこにほら!」
エイリーンが指差した先に、腐敗したゾンビのような女が立っていた。しかし、その体は透けている。敵は亡霊型の魔物であった。
「オラー!」
ここで黒道が、全力で手にした斧で切り掛かった。しかし、長い黒髪をした不気味な亡霊には当たらない。
「馬鹿! これは聖魔法じゃなきゃ無理だ。百木、やれ! お前のホーリーで昇天させろ」
【八】
百木は額に脂汗を浮かべながら、両手を組んで祈り始める。聖魔法と呼ばれるものを使用するためには、どうしてもこの仕草が必要となる。
【七】
「まだだ! まだ余裕がある」
タダオが叫んだ。エイリーンと黒道はじっと百木を見ている。
彼女の魔法以外では効果がない。誰もが信じるしかなかった。
【六】
ここでようやく百木が攻撃の意思を見せる。
右腕を天高く上げ、徐々に下ろしていく。そして女の亡霊へと手のひらを向け、カメラを意識しつつ叫んだ。
「ホーーーーリィィイイイイーーーーーーーー!」
別に魔法名を発する必要はないが、彼女は目立ちたかった。
直後、白く美しい光の柱が生まれ、女の亡霊を包み込む。
光の柱はそのまま上空へと消えていき、周囲は淡い光に包まれていた。
「やった? やったの?」
エイリーンがほっとして叫ぶ。
「やるじゃんリリー」
黒道がガッツポーズをした。
「まあ、このくらいはやってもらわなくちゃな」
リーダーが不適な笑みを浮かべる。
百木は自分が、これまでの探索で最も輝いていることを意識し、またしてもカメラ目線で笑顔を振りまいていた。
【五】
「………え? なんか続いてない?」
「お、おおおお! おいおい」
「リリ! どうなってんだ?」
なぜかカウントは終わらない。しかし、ここ一番のアピールに余念がなかった彼女は、カウントへの反応が遅れた。
【四】
「へ? う、嘘。私のホーリーが、効いてない?」
よく目を凝らしてみると、ぼんやりとした亡霊は何事もなかったかのようにその場にいた。
実は、百木のホーリーは本来のものより格段に力が劣っており、深層のボスクラスに通じる威力ではなかったのだ。
普通に腕を磨いていれば、先ほどの魔法で最低でもカウントダウンを止めることはできた。
しかし、普段から努力をしていない百木の魔法では、それすらも叶わなかったのである。
【三】
「ひ、ひやぁあああああ!」
そして誰よりも早く、百木は逃げ出した。階段を転げ落ちそうな勢いで駆け降りていく。
「ちょ、何やってんだ待てコラ!」
「え、え! どうしたんだよリリー。待ってくれー」
「リリちゃん!? みんな待ってー」
【二】
一目散に逃げ出した彼女を、誰よりも早く追いかけたのはタダオだった。
黒道とリリも後に続いた。死のカウントダウンは、違う階層に逃げれば効力を失う。それは探索界でも有名な話であった。
【一】
しかし、階段は想定していたよりずっと長い。
それに、降りきった先で本当に死を免れる確証はない。前述の話はあくまで体験談に過ぎない。
「死、死ぬううううううう!」
リリは誰より全力疾走で、ようやく階段を降りきった。その後に黒道が続き、タダオ、エイリーンの順番で到着している。
一行はこの後、少しの間じっとしていた。
カウント零が告げられ、目前に死神が現れた時、人生は終わってしまう。
恐怖から動けずにいたが、一分、二分と経過しても、特に変化は起こらなかった。
ようやく助かったことを確信したタダオは、誰よりも早く逃げ出した仲間を鬼の形相で睨みつけ、静かに立ち上がる。
「百木……お前……自分が何したか分かってんだろうなぁ」
「何って? 言われた通りにやったけど。それで上手くいかなかったんだから、リーダーの判断ミスでしょ」
「二人ともやめろって。カメラ回ってっから」
タダオと百木の口論が始まり、黒道が間に入る。
この何度目かのやりとりに困っていたエイリーンは、百木の背後に何かがいることに気づいた。
彼女は怒りを露わにしつつも、殺気まみれのタダオが近づくとその分後退していた。
「ね、ねー! ちょっと待って。リリちゃん、後ろ、後ろ!」
「ああいうのは男がちゃんとするべきだって言ってんの!」
しかし百木は聞いていない。だが、背後から何かがずりずりと迫る音が耳に入ったことで、ようやく振り向いたのだが。
タダオ達は悲鳴を上げる暇すらなく、あるものに飲み込まれてしまった。




