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異世界召喚ですり抜け扱いされた俺が、実は魔王であることは誰にもバレていない  作者: コータ


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貫通

 初めにそれを見あげた時、誰もが圧倒されるという。


 キリンや象など比較にならない、まさに怪獣と呼んで差し支えない巨体。肉食獣よりも吊り上がり、充血しきった危険な瞳。


 さらには全身を紫色の毒々しい色合いで包み、危険な香りをふんだんに撒き散らしている。


 この化け物を美しいと称した者はいない。あるのは嫌悪と恐怖のみである。


 そんな誰もが恐れる怪物、オメガタートルの領域に新たな侵入者が現れた。


 当初こそ配信は、人間離れした荒技でシャチに乗り、滑らかに滑空していくギルスに夢中になっていた。


 だが優雅に進んでいた空の旅に、唐突に終わりが訪れる。


 不意に映像が乱れ、カメラが回転していった。交通事故のような激しい音が、ドローンから視聴者の耳に伝わってくる。


 カメラは回転を続け、やがて地上に落下しかけた。


 煙が舞い上がり消え去った時、百五十万に到達していた視聴者達は息を呑む。


 巨大な亀の頭が十メートル以上も伸びていた。荒々しい口が、シャチの胴体にかぶりついている。


 美味そうに何回も咀嚼しながら、ゆっくりと飲み込まれていく魔物の姿を、カメラは最後まで捉えていた。


:う、うっわあー! 怖い


 皐月アオハはギルスの配信を見ながら、ついコメントしていた。


 自身も先日、怪物達に殺されかけたばかり。ふと恐怖が蘇り、彼女の心を怯ませていた。


 ギルスは地面に着地すると、ぼんやりとした目で異形の怪物を観察していた。


 その視線に気がついた巨大な亀の瞳が、殺意と共にこちらに向く。


 やがてシャチを完全に飲み込むと、唐突に首と手足を甲羅の中にしまう。


 全身の輪郭がぼやけて光だし、巨体が浮き上がる。地上から十メートルほどのところで上昇が止まり、今度は甲羅がぐるぐると回り出した。


 ダンジョン探索や視聴に慣れている者は、この後に何が始まるかを知っている。


 彼らは皆、たった一人の青年に危機が訪れたことに気がついた。


:ヤバい! 逃げろ!

:回転体当たりがくるぞ。これ一人じゃ無理だ

:これで死んだ奴いっぱいいるんだよな

:ギルスー!

:逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ

:終わったかも


 雪崩のようなチャットの中に紛れていた予告は、一部確かに現実となった。


 オメガタートルの甲羅はまるで駒のように回転しながら、真っ直ぐにギルス目掛けて飛んできたのだ。


 獣の雄叫びのような回転音。視界を埋め尽くす甲羅の迫力。同時に迫ってくる突風。どれもが常人では耐え難い恐怖に満ちている。


 しかし、一見すると何の変哲もないソロ探索者は、何も恐れてはいないようだった。


 それどころか、向かい入れるように両手を開いている。そしてあっという間に、触れれば八つ裂きにされそうな回転体に触れたのである。


 何かが爆発したような音がしたのは、その直後のことだった。


 撮影していたドローンは、空に浮かびながらも体制を崩してしまう。あらゆる方向から風が舞い上がり、またも落下しかけた。


 なんとか持ち直して空に浮かび上がり、配信の続きを撮影しようとした。


 それは簡単なことで、ギルスはほとんど居場所を変えていなかった。


 しかしオメガタートルは、なぜか彼とは反対側の奥にある壁にめり込んでおり、よろけながら壁から抜け出すことでせいいっぱいである。


「あまり時間をかけていられないな」


 ギルスはできれば早く追いかけたい。しかし、かつての王としての本能だろうか。


 向かってくる相手に対して、受けて立つ気持ちが生まれてしまうのも事実であった。


 ただ真っ直ぐに歩いてくる男に対し、壁から抜け出しかかっていたオメガ・タートルは、怒りと殺意を剥き出しにした。


 口から高温の火球を何発も吐き出し、獲物を溶かそうとしつつ、ようやく壁から抜け出して地面に足を踏み締めた。


 だが、これまで多くの獲物を怯えさせてきた火球は、なぜか小さな人間の片手ひとつで弾かれてしまう。


 五発、十発と連続して放つ死の砲撃は、まるで平手打ちのような動きで右に左に弾かれ、ダンジョン壁を焼くばかりであった。


 その中の一発は、亀自身に降りかかってしまう。


 戸惑いを露わにしながらも、怪物の甲羅はそれを弾いた。当たる直前、奇妙な甲羅よりも細かい光の結界が現れ、高熱の火球を寄せ付けなかったのだ。


 これこそがオメガタートルの防御を盤石としている、全方位結界である。物理や魔法、ありとあらゆる攻撃を弾いてしまう。


 先ほどエイリーンの魔法を凌いだのも、この結界があればこそであった。


 視聴者達は一連の流れを、呆然としつつ見守っている。


 これまで多くの探索者の配信を目にしてきた彼ら彼女らにとって、ここまで無茶苦茶なライブは初めてだった。


 やがてギルスが至近距離まで近づいた時、オメガタートルの双眸が怪しく光った。


 最も自信のある牙で食い殺すべく、一気に首を突き出す。


 配信主の目には、牙の向こうにある喉奥まで見えている。


 視聴者達は流石に怯えが隠せず、画面の外で悲鳴をあげる人も少なくはなかった。


 もはや助かるまい、逃げれば良かったのに、と配信者の死を決めつける者もいる。


(お?)


 だが、呑気なギルスは両手を上下に開きながら、巨大な牙に注目していた。


(これは一体誰の服だ? ズボンのポッケかな)


 牙に挟まっているズボンの残骸を目にして、疑問を抱いていた。


 実はタダオのズボンだった布であるということは知らない。


 ここで最も驚くべき事態が起こる。勢いよく閉じられた亀の顎。一瞬で切断されてもおかしくない迫力に満ちている。


 最初は、誰もがあっさりと噛みつかれたように映った。しかしギリギリのところで、顎が閉じ切っていない。


 数秒もしないうちに、恐怖に引き攣った視聴者達は、口を開けながら目の前に映る光景を見守っていた。


 象よりも遥かに重い巨大亀の全身が、静かに浮き始めたのである。顎の位置だけは変わらず、徐々に体が上に上に上がっていく。


 やがてオメガタートルは、逆立ちしているかのような姿勢になった。首に圧力がかかりすぎてしまい、苦しみに悶絶しながら足をばたつかせている。


 実は上下の牙を掴んだギルスが、そのまま持ち上げているだけであった。


 しかし、その行為はあまりに現実離れしている。


 視聴者達はチャットを打つことすら忘れて見入ってしまう。


 やがて、ギルスは後ろ向きに相手を投げた。プロレス技でも見ているようだったそれは、強烈な衝撃でドローンを揺らしていく。


 ダンジョンの地面に穴が空き、亀は悶絶しながら必死に起きあがろうとする。


 全身に生じる激痛とともに、ようやく元の姿勢に戻った魔物は、屈辱を与えられた怒りと、自身を投げ飛ばしたという衝撃で、感情をぐちゃぐちゃにされていた。


 すぐに敵を探したが、目の前からいなくなっている。


 どうなっているのか、訳もわからず周囲を見回していると、ようやく見つけた。上にいる。


 それも遥か上空、天井を蹴って降下してくるところだった。


 巨大な魔物は咆哮しながら、今度こそ迎え撃とうとする。


 だがその直後、王だった男の変化を目にして、本能的に守りに入ることを選んだ。


 ギルスの全身に、黒い稲妻が走っている。


 歪な動きをしながら、漆黒の輝きを纏うその姿は、悪魔的でも神々しくもあった。


 生まれて初めて、異常な大きさを持つ亀は恐怖に襲われる。


 最大限の防衛本能が働いた魔物は、かつてない防御の壁を築き上げた。


 何枚もの結界を張り巡らし、近づくことさえできない要塞へと自らを変化させたのだ。


 これをやられてしまうと、ほとんどの探索者は手の打ちようがなくなる。


 代わりに自身も動けなくなってしまうが、この危機を凌ぐことで頭がいっぱいである。


 これだけの守りを見せつけられても、王だった男はやめない。


 何も変わらないとばかりに、ただ真っ直ぐに飛び込んでくる。


 そしてあろうことか、ただの体当たりだけで、壁を一枚、二枚と破壊していった。


 通常あり得ないことが起きている。探索者であればすぐに分かる違和感がそこにはあった。


 結界という結界を粉砕しながら、とうとうギルスは亀のすぐ上——甲羅まで迫っていた。


 かつてない危機を直感したオメガタートルは、本能的に全身を甲羅の中に避難させる。


 ギルスは右腕を振りかぶり、天からの一撃を喰らわせた。拳には黒い稲妻が集約されているように映り、ドローンの映像は迫力に満ちている。


 そして、いよいよ鉄壁とも言える甲羅に拳を打ちつけた。


 驚くべきことに、彼の全身はそのまま真っ直ぐに、すり抜けるように降下していく。


 結界もダイヤの如き甲羅も、まるで何もないかのように破壊してしまう。


 これこそが異世界で獲得した力の一つ、あらゆる防御を無効化し貫通してしまう力であった。


 亀は甲羅の中で絶叫した。断末魔の叫びと共に黒い稲妻に包まれ、勢いよく爆散していく。


 黒い稲妻が周囲に広がり、かつてない爆発シーンがドローンのカメラに映されていた。

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