喰らい尽くす
気のせいだったのかもしれない。
ギルスは微かに悲鳴が奥から聞こえたような気がした。
(早く追いつきたいが……)
チラリと視線はドローンに向いていた。
先ほどから思っていたことだが、どうしても速度が遅く、少し早く歩いただけで距離が開きすぎてしまう。
そのせいか、彼は思っていた速度で進めずにいた。配信では自分たちを映している必要がある、というルールをアオハから聞いていたので、律儀に守っていたのだが。
(ドローンを片手で掴んで進むか。いや、それもちょっとな)
ドローンのカメラを自分に向けた状態で走ることも考えたが、もし変なボタンを押しておかしくなったらどうしよう、という不安が彼にはあった。
アオハに聞けば教えてくれるだろうが、結果的に時間が削れてしまうことも考えられる。
結局のところ、こうして歩いている以外には浮かばなかった。
そうした進行上の悩みがありつつも、探索自体は順調に進んでいる。
現在は地下十四階。淡々と通路を進む彼の目に、異質なものが映ってきたのは間もなくのことであった。
「まるで水族館だ……」
フロアは大部屋で、天井が高い。見上げると幾つもの魔物達がいる。
だがそれらは、知らない者達が見れば超常現象そのもの。
本来なら海でしか生息できないはずの、サメやシャチといった生物が、空気中を泳いでいるのだ。
魔物はどうやら五十匹はおり、どれもが獲物である人間を見つけると、目を輝かせて迫ってくる。
しかもすぐに襲いかかるわけではなく、周囲を大きく回り、焦らすようにしてこちらの様子を見ていた。
:怖い怖い怖い
:魔サメと、魔シャチってやつだわ
:パーティ組んでると割と楽だったりするけど、ソロは無理じゃないか
:こんなの一人で戦ったらミンチにされちゃう
:でも、ギルスは普通にいけそう
:多分大丈夫じゃん?
:この配信主普通じゃないから大丈夫
視聴者達は配信を見ていくうちに、以前あったダンコレを救った動画が、一切の加工がないことを信じ始めていた。
それだけこの階層に行くまでの戦いっぷりが、常軌を逸していたからでもあるが。
何しろ彼はここに来るまで、苦戦という苦戦は一切なく、常に淡々と対象を破壊して道を切り開いていたのだ。
一体この状況を一人でどう乗り越えるのか。誰もが心配よりも期待が勝っている。
すでに同接は百万を超え、Utube急上昇ランキングはタダオと並び一位に到達している。
しかし、そのようなことは全く理解できない彼は、普段と変わらず涼しい顔で作業に取り掛かる。
(あまり目立つことはしないほうがいい。基本的な魔法を使おう)
まずは両手のひらを上にして、肩の高さまであげる。
よく欧米に住む人々が、意味が分からないことを現すためにやる仕草に似ている。ただ彼の場合、肩をすくめてはいない。
空を泳ぐサメやシャチは、彼がした仕草の意味が分からず、旋回をやめて凝視した。
同時に、遊びはいいからすぐに食ってしまおうか、という殺意も隠さなくなる。
膨大な数のサメとシャチに突っ込まれ、食い殺されるかもしれない。ふと視聴者達の間に緊張が湧き上がる中、ギルスはようやく動きを見せた。
右手から赤い輝きが生まれ、左手からは青い輝きが生まれる。
魔物達は警戒し、浮遊したまま後ずさる。ギルスの右手から生まれた火球は、みるみるうちに大きくなり、やがて無視できない炎の化身となった。
反対に左手に生じた青い光は、長く大きい氷の槍となり、鋭利な死の予感を纏わせている。
膨れ上がる魔力が、魔物達に最大限の警戒をもたらした。だが、魔法というのは得てして大雑把な動きをすることが多く、かわすことができれば術者は隙だらけとなる。
海から空へと、あり得ない進化を遂げた怪物達は、人間が魔法を放った時に隙を生み出すことまで知っていた。
だから逃げることなく、多少の距離を取るだけで身構えていたのである。
ギルスは足を一歩前に踏み出すと、両手を交差させるようにして振った。すると、両手で膨れ続けていた力が一気に解放される。
一瞬唖然とした魔物がほとんどであったが、背後を取っていたシャチはこの隙を逃さなかった。
決して自分のところには当たらないと踏み、牙を剥いて突撃を開始したのである。
柔らかそうな首に深々と噛みつくまで、ほんの数秒もかからない。
なのに魔物は、気がつけば天井を仰いでいた。腹から脳天にかけて、アイスランスが突き破ってしまったのだ。
そして氷の槍は、天井付近まで向かったかと思いきや、方向転換して他のシャチやサメに迫ってくる。
火球もまた同じであった。まるで意思を持ったかのように、逃げ回るサメを瞬時に燃やし、二度と治らぬ被害を与えた後で、すぐ近くにいる別のサメに飛びかかってゆく。
魔物達は半狂乱になり、あっという間に地へと堕とされていった。
ギルスに接近できた者もいたが、それらは拳で撲殺されてしまい、結末は変わらない。
この一部始終に、視聴者達はまたも驚き慌てていた。
:ああ……なんだ……これ
:ちょ、ちょちょちょ
:どうなってんだよこれえええ
:鯱が空から落ちてくる
:実は画面の外に仲間がいて、魔法を撃ってるとかじゃなくて?
:W魔法!?
:素手だけじゃなくて、魔法もこなせるのやば過ぎ
:コントロールしてるっていうか、自動追尾してるの?
:こんな絵面初めて見たぞ
:空から奇襲されても戦えるっぽい
:初歩魔法のはずなのにチート過ぎんか
:ワイには高度すぎて真似できん
:なんだこりゃあああああ!
:なんか魔物のほうが可哀想になってきたな
:これってトップランカーでも、できる人少ないんじゃ?
:焼かれるか刺されるか、撲殺の3択。ガチ地獄っしょ
:魔物に生まれなくて良かった泣
:魔法同時操作、かつ追尾って……
:あれ、なんか画面が
:え?
:ハイセンス過ぎて意味が分からん
:ん!?
:え
しかし、視聴者達の驚きはこれだけでは終わらない。
急にドローンの画面が激しく揺れたかと思うと、次の瞬間にはギルスの横顔が映っていた。
「これでようやく速く進める」
何かが急速に動いていることは分かる。ただ、視聴者には状況が不明である。それに気づいたギルスは、軽く説明することにした。
「今はシャチを一匹投げ飛ばして、それに乗っている。もう少しで階段を降りるところだ」
この発言に、視聴者達の理解は追いつかず、チャット欄は大騒ぎになる。気がつけば同接はさらに膨れ上がり、百二十万となっていた。
どんなに配信がバズっていようと、まるで分かっていないギルスは淡々としている。
そしていよいよ深層に到達し、タダオ達を打ち負かした怪物の元へと辿り着いたのである。
◇
渋谷に拠点を置く大型探索者ギルド【チャンピオンズ渋谷】のカフェスペースで、四人の男女がテレビモニターに釘付けになっていた。
彼らはダンジョンコレクターズといい、探索者界隈では知らない者がいないほど有名なチームである。
「嘘ぉ……」
その中の一名、魔法が得意な女子が呆然と呟いていた。
ダンジョンコレクターズだけではなく、ギルドに集まった人々はみんな、今テレビモニターで配信されている映像に夢中になっている。
その映像とは、ギルスのダンジョン探索だった。
「ありえないっしょこんなの。魔法の同時撃ちって……しかも追いかけるなんて。おかしいよ」
彼女だけではない。チームの面々はそれぞれ、この一見普通に行なっていることが、いかに異常であるかを理解していた。
腕を組みながらモニターを眺めていた影山は、渋い顔でつぶやいた。
「トップランカーなら、できる人を数名ほど知ってる。しかし、それ以外では……。もしかしたら彼は、」
言いかけた時、ふと受付で騒ぎが起こっていることに気づく。普段から面倒見のいい影山は席を立ち、慌てている受付嬢達に声をかけた。
「どうしたの? なんか珍しいね」
「あ、影山さん! あの、実は……この前測った魔力計測器が、大変なことになってしまったんです!」
「大変なこと?」
一体どうしたというのだろう。
受付嬢は一度部屋の中に入っていき、ある物を抱えて戻ってきた。
「これなんですけど」
「これが……魔力計測器?」
影山はすぐには信じられなかった。
上腕型の血圧計に似た形をした魔力計測器が、底の部分をかろうじて残した状態で、後はほぼ黒い炭と化していたからだ。
(おかしい。どうして魔力計測器がこんなことになるんだ。そういえばこれは修理中で、一番最後に測っていたのは……)
影山の脳裏に浮かんだのは、普通の青年にしか見えない男が、ただ腕を通していた光景だった。
(まるで計測器が喰われたみたいだ。でもあの時のギルスさんは、何も変わった様子はなかった。一体これはどう理解すればいいんだ……)
あまりにも普通だったことが、今となっては逆に恐ろしい。こうして、有識者からの注目度はどんどん上がっていくことになる。
彼らの視線など気づくはずもなく、本人は淡々とダンジョンで無双していた。




