醜態
「なんかアレだな……けっこうしんどいな。このダンジョン」
ギルスが黙々と進む中、タダオ達一行はできる限り会話をしつつ、下層の終わりと思われる階段を降りていた。
「それそれ! マジきっつー。このダンジョン、やっぱ噂どおりしんどいって」
黒道マサは額に大粒の汗をかいており、いかにここまでの探索速度が激しかったかを物語っている。
「あの男、もう下層に来てるみたい」
百木リリがスマホを見つめながら、まさかという顔をしている。
「は? ありえねーだろ。だってソロなんだろ」
タダオは想定外の事態に驚いていた。
ダンジョン探索において、下層をたった一人で抜けられる者は、ほとんどいないと言われている。
そもそも、中層の無限に湧き出るようなスケルトン達との戦いで脱落すると踏んでいたのだ。
ダンジョンでは、基本的には魔物を倒して進む必要がある。
魔物は一定数倒すとしばらくの間は出てこないが、何時間か経過すると復活する。
ダンジョンバトルにおいては、後続をいかに消耗させるかという作戦を考える必要があり、タダオはスケルトン達をわざと放置していったのだ。
「どうなってやがんだ、あの野郎……」
「ねー! 強そうな魔物が出たよ」
「あ?」
エイリーンに声をかけられて前を見ると、ひらけた大部屋に出ていたことに気づく。
そしてフロアの中央に、これまでとは比較にならない大きさを持つ相手が待ち構えていることを知ったのである。
現在は地下十五階。深層と呼ばれる場所で初めてのボス戦となった。
「ちょ、タダっち! ヤバくねえあれ? クレイジータートルじゃねえの」
「は? なんでそんなバケモンが深層の最初にいるんだよ。頭大丈夫か」
「いやいや! マジだってあれ」
男二人が騒ぐ中、リリはそろそろと後ろに下がった。
嫌な予感がした時、彼女はすぐに一番安全な位置を確保し、場合によっては逃げようとする。
「でっかーい」
エイリーンは目を丸くして、その魔物を見上げていた。
クレイジータートルと呼ばれた亀の魔物は、まるで恐竜のような大きさを持ち、全身が青々としている。
長い首が甲羅の中から這い出て、タダオ達に向けられていた。
赤い瞳は殺意の塊であり、大部屋の中はあっという間に異様な緊張感で満たされていく。
こういう時、決まってタダオは不適な顔で先頭に立つ。
一番目立つことができるポイントを、彼は心得ているのだ。
「ふん。大したことねえよ。よっしゃマサ! お前は俺と一緒に奴と肉弾戦をするぞ。充分に間抜けな亀を引きつけてやろうぜ」
「え? あ、ああ」
まさか普通に接近戦をするとは予想もしていなかった黒道は、心ここに在らずといった返事をした。
「リリ! お前は俺とマサのどちらかがキツくなってたら、バンバン回復魔法を使ってくれよ」
「は、はい」
リリの顔は引き攣っていた。ダンジョンに潜ることで、回復魔法を覚えていた彼女ではあったが、それが効果を発揮するためには、できる限り対象に近づかなくてはならない。
「最後にエイリーン。お前のあの爆発魔法……ここでぶっ放す時が来たぜ」
「え! アレやるの?」
エイリーンは異世界で魔導師をしていたこともあり、多くの攻撃魔法を習得している。
その中でも特に派手なもので、一気に倒して配信映えも狙う。それがタダオの計画だ。
「ああ! この大部屋なら大丈夫だ。それまで、俺たちがちゃんと時間を稼いでやるからよ。よし、マサ! 行くぞ」
「お、おうよー!」
魔法というものは、基本的に発動させるために事前動作がいる。
その動作は魔法によって様々だが、脳内で魔法が放たれるイメージを固めることと、魔力を高めるという二つの工程をこなすことが基本だ。
特に爆発魔法は、発動に多少の時間がかかることが一般的であった。
リーダーは指示を終えると、すぐに駆け出した。黒道が慌てて続く。
怖いもの知らずのタダオと、明らかに恐怖を感じている相棒が魔物に向かっていく様子は、配信用ドローンにしっかりと映っている。
タダオはクレイジータートルと何度か戦った経験があった。
マサ達とパーティを組む前にも、他の探索者と一緒に蹴散らしていたのだ。
だからいかに巨体といえど、今の自分の相手ではないと考えている。
「左右に回れー!」
「ひょえええ」
戦斧を持つ黒道が。返事とは言い難い情けない反応をしたことに、彼は気づいていない。
相手は正面からでは武が悪い。そして物理的な耐久力は、タダオの剣や黒道の斧では厳しい。
あくまで敵を引きつけ、決着は魔法でつける。それはこの魔物を相手にした時の常套手段であり、解説動画なども出回っているほどだ。
「オラオラァ! かかってこいやデカブツが」
リーダーは剣を振り回し、ひたすらに魔物を挑発する。ドローンは上空に登り、それぞれの動きが全て分かる位置で撮影していた。
魔物が苛立ち、噛みつこうとタダオの方に体を向けて歩き出した。
ただ、このままではいずれ逃げ場がなくなる。巨大な怪物は、狡猾に相手を隅に追い込もうとする。
「マサーーー!」
「お、おうよー!」
ここで、黒道が反対側——つまり自分の方向に注意を向ける役割を全うするべく、斧で接近して長い尻尾を切りつけた。
「あ、あれ?」
「ま、マサー! まだかー!」
「もう少し!」
黒道は巷ではパワーファイターで知られており、斧の一撃に定評があった。
だが、彼がダンジョンとジムと女遊びで鍛え上げた褐色の腕から放たれる攻撃は、亀の尻尾に痛手を与えられない。
焦った戦士タイプの男は、何度も何度も斧を振り回し、人よりも長い尻尾を切って切って切りまくった。
「お、おいぃいいい!? マサーーーー!」
そうしている間にも、亀は容赦なく首を伸ばし、獲物を捕食しようとする。髪の毛すれすれに顔が飛んできたことで、タダオは悲鳴をあげた。
「ち、ちくしょー! オラオラオラオラオラっあぁあああああ!?」
マサは半狂乱になったかのように、必死で斧を振りまくったところ、不意に猛烈な尻尾のビンタを浴びて吹き飛ばされた。
「うわー、やっば」
この状況を、魔法の発動準備に入っていたエイリーンは、驚きと共に見守るしかなかった。リリはまだ動こうとしない。
「く、喰われる! 何やってんだよマサぁ。ちくしょう……こうなったら見せてやるぜ。俺の必殺剣」
できればこの一撃は温存しておきたかった。深層の後半で使用することを考えていたタダオは、苛立ちと共に奥の手を使う。
彼が持つ剣が、赤々とした輝きに包まれる。炎を纏わせる魔法剣が今発動したのだ。
「喰らええええ! ファイアーーーースプラーーッッシュ!」
汚らしくゴツゴツとした、魔物の頭部が迫り来る瞬間。彼は横に回転しながら炎の剣撃を見舞った。
そして怪物に背中を向け、最も見栄えのするポーズを決めて見せた。
倒した姿は見るまでもない。なぜなら、これまで必勝の技だったから。
彼の渾身の必殺剣が火を吹いた……はずであった。
剣は確かに当たり、亀は顔を引っ込めた。だが直後に何事もなかったかのように、また首が伸びてくる。
そしてタダオの尻付近に、思いきり前歯が食い込んでしまった。
「うご!? ぎぃやああああ!?」
そのまま引き摺り込まれそうになり、彼は悶絶しながらも剣を地面に突き刺し、かろうじて生き延びていた。
やがてズボンが引っ張られることによって破れ、お尻が見えてきたのが上空にいるドローン映像からも伝わった。
「お、おいいいいいい! エイリーン、まだか! リリ! マサ! なんとかしろやあああ」
「あとちょっと、ちょっとだけ待って!」
エイリーンは魔法を発動させるべく、すでに杖は亀の怪物に向けている。
リリは沈黙しており、マサは失神したままだ。
「いだだだだ! 死ぬ、死ぬうぅうう」
「できたー!」
タダオが地獄を見ている間に、とうとうエイリーンの魔法が完成する。
「キラキラビッグバン!」
彼女が自ら命名したオリジナル爆発魔法が、赤い輝きと共に生まれようとしていた。
爆発魔法は、発動時にどの地点で爆発を起こすかを前もって決める必要がある。
今回彼女が狙ったのは、魔物の中心である甲羅付近だ。タダオは多少の損害を受けてしまうかもしれないが、この状況では撃つことが最善だった。
エイリーンは迷わず杖を光らせ、大部屋が爆散するかと思うほどの魔法を発動させた。
赤い光が部屋中を包み、やがて衝撃へと変わっていく。爆風と爆音により、エイリーンとリリは自然と体が後ろに飛ばされていた。
「おわああああ!?」
「ん……ん……ここは……あ、ああ!?」
タダオは亀の牙から逃れ、前方へと吹き飛ばされて壁にぶつかってしまう。
黒道はようやく目を覚ましたが、爆発に軽く巻き込まれて地面を転がっていた。
僅かな時間が流れ、各々は埃まみれになりつつもようやく立ち上がる。
「お、終わった。よ、よし。勝ったな。ちくしょー、こいつもスルーできればよかったのに……よ……」
ボロボロになったタダオは、目の前で何かがまだ動いていることに気づく。亀の魔物は平気な顔で、こちらを見つめていた。
「あ、ああ!? なんでだよお!? なんで?」
ふと、彼は気がついた。亀の甲羅は健在だが、青色だった体は変色し、紫色へと変わっている。
「こ、こいつはクレイジータートルじゃない! 全く違うやつだ」
タダオは今になって、自分の予想と大きく違う答えに気がついていた。
「やべえ! コイツは深層終盤クラスのボス……オメガタートルだ!」
エイリーンは唖然としている。リリは今すぐ逃げようか考えている。反対側にいたマサは、何が起きているのか分からなかった。
「は!? お前ら! 今なら行けるぞ、地下階段へ走れー!」
ただこの時、タダオはもう一つ気づいたのである。魔物が守っていたはずの階段の位置から、今は遠く離れていると。
タダオのチームはこうして、必死に逃げながらも下に進むことに成功した。
後先など、リーダーはもう考えていない。




