日常 その24
「どうした?」
アテルノの言葉に現実に引き戻される。
「魔物なんぞ飼っても良いことはねえぞ」
アテルノの言う通りだ。犬や猫を飼うのとはわけが違う。
魔物は人を襲う。知識も経験もない俺がそんな魔物をうまく育てられるだろうか?
「ウォン?」
子犬、もとい、子ウルフは不安げに俺を見上げている。
「……」
ウルフのことを思い出し感傷的になったのか、俺はその顔を見て覚悟を決めた。
たしかに魔物は人を襲う。だがそれは人間も同じだ。自身の欲のために同じ人間を襲う。ならば人を襲う魔物だって毒だけじゃなく育て方次第で薬にもなる。それは魔物使いが証明している。
「役に立つかもしれないだろう」
俺は屈むと子ウルフの頭を撫でた。
「まあ、もしもの時はあの代官様がいるから大丈夫だろう」
アテルノは万が一こいつが魔物の本能に抗えなかった時は、被害が出る前にジャンヌが始末するだろうと言っているのだ。確かにジャンヌなら被害が出る前に対処するだろうが、こいつとウルフが重なっていた俺はそうはならないと信じていた。
「名前をつけないとな」
ウルフという名前が浮かんだがすぐに考え直した。
こいつはこいつだ、ウルフの代わりではないし、俺にとってのウルフもあのウルフだけだ。
(ウルフ……狼……オオカミ……おおかみ……大神)
「イヌヒコ?」
「ウォン!」
俺が呟くと子ウルフは尻尾を振りながら吠えた。
「そうか気に入ったか」
頭を撫でてやると子ウルフ、いやイヌヒコは目を細めた。
オオカミのイヌヒコで大神犬彦。
無意識に前世の名前を口にしただけだったが、イヌヒコは気に入ったようだ。
前世とはいえ自分の名前を呼ぶのは変な気分だが、今の俺はモーブ・キャラダであって大神犬彦ではない。それに特別な絆で結ばれた気さえする。
「お前は。今日からイヌヒコだ」
俺はイヌヒコの体を両手で掴むと立ち上がり高く掲げた。
偉大でもない名だが、せっかく襲名したのだ。この子には立派な男に育ってもらいたい。
「あっ!」
抱え上げたイヌヒコを見て俺は気付いた。
なんと、イヌヒコは♀だった……。
「その魔物は何だ?」
開口一番ジャンヌはそう言った。
「え、えっと……」
ジャンヌの視線に思わずたじろぐ。
「はっきりしろ」
ウジウジしても仕方がない、俺は覚悟を決め口を開いた。
「飼いたいんです」
俺の言葉を聞いたジャンヌは眉間に皺を寄せる。
「魔物をか?」
「でも、こんなに懐いてるし、賢いのでちゃんと躾ければ危険はないと……」
ジャンヌの視線に気圧されながらもなんとか言葉を絞り出す。
「あっ、バカ」
俺の恐怖を感じ取ったイヌヒコはジャンヌを敵と認識したのか、間に立ち「ガルゥ」とジャンヌを威嚇した。
「ほう」
睨みつけられたイヌヒコはビクッと怯むも、懸命に唸る。
「飼い主より肝が据わっているようだな」
雰囲気を見て勝てる相手ではないと理解したのだろう。体を震わせながらも威嚇を続けるイヌヒコにむかってそう呟いた。
「本当に危険はないのだな?」
厳しい線が俺に向けられる。
ジャンヌはハージマリの代官だ。部下の飼っている魔物が住民を襲ったなんてことになれば洒落にならない。
「大丈夫です。なあ、イヌヒコ」
「ウォン」
俺の言葉が理解できているかのようにイヌヒコは元気よく吠えた。
「……。まあ、よかろう」
しばらく俺とイヌヒコを眺めていたジャンヌは、そう言ってイヌヒコを飼うのを認めてくれた。
「たいちょー! ぐほぉ」
感謝のあまり抱きつこうとした俺にジャンヌのカウンターが炸裂する。
「貴様の頭は魔物以下か……」
薄れゆく意識の中、ジャンヌの蔑むような声と、心配するイヌヒコの声が聞こえた。




