日常 その25
「はぁ、はぁ」
「もう終わりか?」
苦しそうに肩で息をしている目の前の相手に向かってジャンヌは言った。
「ま、まだまだ」
杖代わりの槍が体を支え、立っているのがやっとという様子だが、気持ちはまだ切れてはいない。その証拠にその目は真っ直ぐにジャンヌを見据えている。
「やぁー」
どこにそんな力が残っているのか、槍を振上げ叫びながらジャンヌに飛び込んでいく。
「たいしたものだ。見習わせたいものだな」
何事か呟いたジャンヌは一瞬俺に視線を向けた。
「えいっ!」
視線を外したジャンヌの足下に槍が振り払われる。
「甘い」
ジャンルは剣先を下に攻撃を受けると、相手の力を利用し刃を滑らせるように槍の動きを誘導しながら剣を頭上まで上げると、槍はジャンヌの頭上を通過した。
ガラ空きになる腹部。
その隙をジャンヌが見逃すはずもなく相手の腹部へ強烈な一撃を叩きこんだ。
「うっ」
呻き声とともに槍が手から離れ、膝から崩れ落ちる。
「!!!」
相手が顔を上げると目の前に切っ先が突き付けられていた。
「そこまで!」
時間にして10分程度、少女はもう限界だと判断し、戦いを終了させる。
サラサラ黒髪のポニーテールは乱れ、苦しさからか悔しさからかはたまた両方か、同じく黒い瞳には涙が浮かんでいた。
紺のブレザーに緑を基調としたチェックのプリーツスカートは汚れ、スカートからはみ出した白いブラウスの裾や曲がった赤いネクタイが彼女の激闘を語っていた。
対してジャンヌは涼しい表情で汗一つかいておらず格の違いを見せつけていた。
ジャンヌと互角にやりあえる者はそうはいない。騎士団時代、他の小隊長を相手にしても苦戦しているところは見たことがない。
そのような相手に10分も持ったのだから大したものだ。俺なんか初めてやった時は5分も持たなかった。
「なかなかだったぞ」
膝を付く少女に向って手を差し出すと、その手を掴み少女は立ちあがる。
互いを見つめる表情は先ほどまでとは違い穏やかだった。
少女はジャンヌに稽古をつけてもらっていたのだ。当然使用していた剣や槍は木製で、何度も少女は立ち上がる少女の姿にマゾなのか……、いや、感銘を受けた。
「ありがとうございました」
少女が深々と頭を下げると「いつでも稽古をつけてやるから訪ねてこい」と満足気にジャンヌは言った。
「次は貴様に稽古をつけてやろう」
悪魔のような笑み(俺にはそう見えた)を浮かべ、ジャンヌの視線が俺に移ると、有沙も期待した視線を俺に向ける。
「お、俺は有沙を案内しにきただけなので……」
そう、俺はこの少女『西木野有沙』を案内してきただけだ。それが俺がここにいる理由だ。有沙は俺のことを勘違いをしているようだが、なにも好き好んで訓練場にきたわけではない。
恰好からわかるとおり西木野有沙はこの世界の人間ではない。前世の俺がいた世界から召喚された女子高生の勇者だ。
昨日、仕事をサボってイヌヒコの散、いやイヌヒコと見回りの任務を行っていた時にハージマリに着いたばかりの有沙と出会った。
俺は一目で彼女が勇者だとわかった。
制服フェチではないのでさすがに学校名まではわからないが、有沙が着ている服が制服だということがわかったからだ。
姿勢がよく、とても女子高生とは思えない洗練された有沙の所作は、社会人でもそうそうお目にかかれるものでなかった。
それもそのはず、有沙は名家の令嬢で、幼い頃から茶道や華道、舞踊など西木野家の子女として必要なことを叩きこまれていたのだ。
有沙とは前世の話で盛り上がり、懐かしさもあってついつい口が滑らかになってしまった俺に「詳しいですね」と驚く有沙に転生者だなんて言えるはずもなく「ここにはよく勇者がくるから」と誤魔化した。
ハージマリは勇者が最初に立ち寄る集落で、例に漏れずハージマリにやってきた有沙が俺の言葉を疑うことはなかった。




