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「ふーん、大分使えるようになってきたじゃない」
そこに使われている精霊の動きを感じて瞳は言う。
「そりゃあ、毎日訓練していればな」
「ばか、毎日訓練しているだけで強くなれるなら苦労しないわよ」
精霊術師のトップの会合まで、あと一日と迫っていた。
そこで痴態を晒さないように、梗汰は昼は力の訓練、夜は図書館で知識の補完とニーナから常識を学んでいた。
「それにしても、あなたは面白い物を使っているのね。おもちゃじゃない、それ」
瞳はルービックキューブを指差して言う。
それは今、瞳と会話している最中にも動き続けていた。
「いやー、色んなことを同時に練習できるかなーとおもってね」
カタカタカタカタカタ、カタン。
ルービックキューブの各面が綺麗に揃う。
「お、完成だ」
額の汗を拭う。
(大分早く出来るようになってきたな。慣れてくると手で動かすより早くできそうだ。)
梗汰は完成したルービックキューブを指で持ち上げる。
買った当初は五十分も掛かっていたが、今では手を使わずに術だけでも十分程度で完成させることが出来るようになっていた。
「不知火さんもやってみる?」
「いや、私には無理、術で動かすのも無理だし、それにあたしはそういう細かいの嫌いなのよね。そんなおもちゃすぐ飽きちゃうわ。それあなた専用の練習ってことね、まぁ同じ地属性なら訓練に取り入れるのも面白いかもしれないわね」
「そうか」
結構面白いんだけどなぁコレ。
久しぶりのルービックキューブは、梗汰の暇つぶしとしても大活躍をしていた。
最初は懐かしさのあまり熱中していたが、今はそれ自体を楽しんでいる自分がいる。
「やってみると案外楽しいもんだぜ」
ルービックキューブが高速で動き、完成した各面がバラバラになる。
「だからやらないって、それにしても器用ねぇ」
「まぁ、ずっとこればっかりやってれば、さすがに慣れてくるさ」
訓練の時間は大抵コレをやってたからなぁ。
梗汰は夜に勉強をする以外の時間は、ずっとルーッビックキューブを弄っていた。
その成果を会合の一日前の今日、瞳に見てもらっているところだ。
「で、どの程度扱えるようになったのかしら。この前みたいな中途半端だと困るわよ?」
模擬戦の最中、梗汰は自分の術を発動前に潰されたり、集中力不足で想定したものを出すことが出来ないという事態が起こっていた。
梗汰としてもそれを繰り返したくはなかった。
「それを見てもらうために不知火さんを呼んだんですよ」
「それもそうね。で、どうするの?また模擬戦でもする?」
「・・・・・・いや、それは簡便」
梗汰は、数日前燃やされかけたのを思い出す。
あんな事になるのはもうこりごりだ。
「どうせやるなら戦いを想定したものを見せて見なさい」
「りょーかい」
梗汰達が今居るのは中庭の一角、模擬戦専用の施設からは、ある程度離れている場所だ。
(物を作るだけじゃやっぱダメか。)
この前のみんなで朝食を食べた時、術師なら戦いを想定して訓練しないさいと、瞳に言われていた。
「ふぅ」
深呼吸。
地の精霊が集まるのを感じる。
「とりあえず的を出すよ」
梗汰から少し離れた所に人を模った土塊が出現する。
これで準備は完了。
「じゃあやるぞ、っは」
土塊の両脇から壁が発生。
それはまるで、罠に掛かった獲物の足を砕くトラバサミの様に、対象を一瞬で丸ごと潰し、砕いた。
「へぇ、なかなか発動が早くなってきたわね」
対象を潰した壁が、人型に形を変える。
ジャリリリリリ
再び作られた人型の両脇から、鋼の鎖が発生し一瞬で巻き付いた。
「よっと」
そこで梗汰はいつの間にか手に発生させていた石を投げる。
ソレは人の手で飛ばされたとは思えない速度で人型を突き破る。
対象を突き抜けて反対側に飛び出たソレは既にただの石ではなかった。ソレは対象にぶつかる直前に先の尖った槍と化した。それと同時に地面から追加の針が発生し穴を穿つ。
同時に複数の穴を開けられた人型は、完全に土塊と化した。
「ふんっ」
瞬間、土塊の足元が消えた。
いや、瞳には消えたように見えた。
地面は左右に割れ、土塊はそこに発生した穴に落ちたのだ。
ドン!
土塊が穴に落ちて見えなくなると、割れていた穴が一瞬で閉じられた。
地面に走っていた亀裂も梗汰の術によって消える。今は元と変わらぬ地面があるばかりである。
「ふぅ、どうよ?意外と良い感じなんじゃないか?」
「なかなか良い感じね。同時に二つの現象を起こすのも出来るようになったのね」
なかなか凄いわね・・・・・・短時間でこれだけ出来るようになるとは、正直この成長力には驚かされる。
なにより術の発想力が凄い。地霊術は地に依存する大量の物質を変質させることが出来る為、術者の発想次第では様々な現象を発生させることが出来る。
途中で投げた石には多分、例の初速がどーのこーのってやつが関係しているわね・・・かなりの速度で飛んでたわ。
「ふっふっふ、結構苦労したんだぜ」
梗汰は満足そうに笑う。
その額には汗が滲んでおり、呼吸も僅かに早くなっていた。
「まぁ、それが実戦で通用するかは別だけど、なかなか良くなったとは思うわ。後は相手を見なくても場所を察知できるようにすることね。攻撃手段ばかり増やしてもダメだわ」
「なるほど・・・・・・って、どうやって?」
相手を察知する?気でも感じてるのかこの人は・・・・・・。
「精霊術師はその属性に応じた感知方法があるのよ。火属性なら対象の熱で、風属性なら人が動くことによって発生する大気の動きで、水属性なら水分の動きで、地属性は」
「地属性は?」
「地属性なら大地が対象の情報を伝えてくれるはずだわ。振動とか、そこに居るという感覚を地の精霊が伝えてくれると思うわ。まぁ、あたしは火霊術師だし、他の属性のは聞いた話だからあまり当てにしないでね」
「なるほど」
(・・・・・・つか、地属性だけ情報量少なくねーか?相手が飛んでたりしていたら何も分からないじゃねーか!)
「まぁ相手が空に居る場合は自分でなんとかするのね。会合で地霊術師に会ったら聞いてみるといいわ。教えてくれるとは限らないけどね」
瞳は、まるで梗汰が何を考えているのか分かっているかのように梗汰の疑問に答える。
「そうだな」
やることはまだまだ沢山ある、でもしばらくはルービックキューブを使った訓練でいいか。
もっと上手く力を扱えないと、道路を上手く構成するのも辛そうだしな。
「出発は明日だからね。必要な物は今日中に揃えておきなさいよ」
「あー、そうだった」
この前のアメリアとの朝食の後、王宮を出るときに王宮の職員らしき人から給金の入った袋を貰ったのだ、それで色々買うことができるはずだ。
「どれくらい向こうに滞在するんだ?それと道中の時間は?」
「そうね、馬車で片道二日、途中村で宿を取るわ。だから行き帰りで四日、向こうには最低三日、最大でも七日の予定だわ」
「食料はあるんだよね?」
「もちろんこっちでちゃんと用意しているわ」
「ならオレが個人で買うべきものはあんま無さそうだな。礼装はアズールに買ってもらったのもあるし、まぁてきとうに買ってくるか」
特に必要な物も思い当たらない。
「そうしなさい、ではまた明日ね」
瞳は術師館へ歩いて戻っていった。
まぁ露店でも見てれば欲しい物も出てくるだろう。
(二個目のルービックキューブでも買おうかな)
梗汰は街に向かって歩き出した。