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第8話 なぜトイレで音楽を流すのか


「一つ、確認したいことがあります」


王宮のトイレから出てきたエルフが、妙に真剣な顔をしていた。


「どうした?」


「以前、あなたが言っていた音姫というものについてです」


「ああ、そんな話もしたな」


「音を鳴らす魔導具なんですよね?」


「まあ、そうだな」


「何のために使うんですか?」


「音を隠すため」


「音を?」


「トイレの音」


エルフは一瞬、黙った。


「……なるほど」


「理解した?」


「いえ、まったく」


正直でよろしい。


「つまり、人が用を足すときの音を、別の音で聞こえにくくするんだよ」


「どうしてそんなことを?」


「恥ずかしいからだろ」


「誰が?」


「使っている本人が」


「誰に対して?」


「周りにいる人に対して」


エルフは眉を寄せた。


「少し待ってください。トイレというのは、用を足すための場所ですよね?」


「そうだな」


「そこにいる人が用を足すのは当然です」


「まあ、当然だな」


「それなのに、用を足している音を聞かれるのが恥ずかしいんですか?」


「そういう人もいる」


「不思議ですね……」


エルフは本気で不思議そうだった。


「では、音を聞かれたら何か問題があるんですか?」


「いや、別に」


「健康状態が分かってしまうとか?」


「いや、そこまでじゃない」


「敵に居場所を知られるとか?」


「トイレで戦闘する予定はないな」


「では、なぜです?」


「……気分の問題だよ」


エルフは腕を組んだ。


「人間というのは、なかなか繊細なんですね」


「そうだな。特にトイレに関しては」


「では、音姫は水の流れる音を出すんですか?」


「そう。流水音で隠すんだ」


「水を流せばいいのでは?」


「昔は本当に水を流して音を隠す人もいたらしい」


「それは……水がもったいないですね」


「だから音だけ流す装置ができたんだよ」


エルフは感心したように頷いた。


「水を使わずに、水の音だけを作る。合理的ですね」


「そうだろ」


「ただ、一つ気になります」


「何?」


「音を隠すために音を出すんですよね?」


「そうだな」


「では、その音が大きすぎたら?」


「隣の人に聞こえる」


「それでは意味がありませんね」


「まあ、そうだな」


「小さすぎても意味がない。大きすぎても迷惑。適切な音量に調整する必要があるわけですね」


「トイレの音量調整にそこまで真剣になる人は珍しいと思うぞ」


「あなたの世界では、そういう装置まで作っているのでしょう?」


「まあな」


エルフは少し考えたあと、王宮のトイレを振り返った。


「これも設置してみましょうか」


「音姫を?」


「はい。騎士の方々も喜ぶかもしれません」


「たしかに、需要はありそうだな」


そのとき、通りかかった騎士が会話に加わった。


「音を隠す魔導具だと?」


「そう。水の流れる音を出すんだ」


「なるほど。それは便利そうだ」


騎士は真剣な顔で頷いた。


「実は、以前から気になっていたことがある」


「何です?」


エルフが尋ねる。


「隣の個室にいる者が、いつまで経っても出てこないことがあるのだ」


「それは音姫と関係ありますか?」


「いや。そいつが何をしているのか分からんのだ」


「……」


「音を隠す魔導具があれば、ますます分からなくなるな」


俺は少し考えた。


「いや、そもそも分かる必要あるか?」


騎士は真顔で答えた。


「いや、待っている身にもなってくれ」


エルフが俺のほうを向いた。


「この国のトイレ事情、なかなか大変ですね」


「ウォシュレットを導入したせいじゃないと思うけどな」


「本当にそうでしょうか?」


俺は答えなかった。


少なくとも、音姫の導入は慎重に検討したほうがよさそうだった。

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