第5話 王宮のトイレに、新しい習慣が生まれた
ウォシュレットが王宮に設置されてから、一週間が経った。
最初の日は大騒ぎだった。
騎士が試し、侍女が噂を広め、貴族たちがその正体を探ろうとした。
しかし、人間というものは慣れる生き物らしい。
今では王宮の人々も、すっかりウォシュレットを使いこなしていた。
「おい、新入り。そっちは違うぞ」
「えっ?」
「その銀色のつまみを回すと水が出る。だが、最初から全開にするなよ」
「なぜです?」
「驚くからだ」
先輩騎士は真剣な顔で言った。
「最初は弱く。様子を見ながら調整する。それが基本だ」
「なるほど……!」
新入り騎士は、剣術の教えを受けるときよりも真剣に頷いた。
一方、その頃。
王宮の食堂では、貴族たちがある問題について議論していた。
「そもそも、あの魔導具は王族のために開発されたものではないのか?」
「いや、騎士たちも使用していると聞いたぞ」
「騎士ならまだしも、使用人まで使っているという話だ」
「それはけしからん!」
議論は白熱していた。
だが、彼らの中で最も熱心にウォシュレットを使っている人物については、誰も口にしなかった。
国王である。
「陛下、本日の午後の会議ですが」
「少し遅らせてくれ」
「何かご予定が?」
「いや、少し時間が必要なのだ」
国王は書類から目を離さずに答えた。
「例の魔導具の水圧を、もう少し調整したくてな」
大臣は何も聞かなかったことにした。
その日の夕方。
俺は王宮のトイレの前で、騎士に呼び止められていた。
「おい、異世界人」
「俺のことか?」
「そうだ。少し聞きたいことがある」
騎士は周囲を気にしながら、小声で尋ねた。
「この魔導具だが……水の温度は変えられないのか?」
「いや、俺が持ってきたやつは普通の水だぞ」
「そうか……」
騎士は少し残念そうだった。
「温かい水が出れば、冬場も快適だと思ったのだが」
「まあ、そうだな」
「それと、もう一つ」
「なんだ?」
「水が出る前に、音を鳴らすことはできないか?」
「音?」
「隣の個室に誰かいると、少々気まずいことがあってな」
俺は少し考えた。
ああ、なるほど。
日本のトイレにも、そういう機能があったな。
「音姫ってやつか……」
「おとひめ?」
「いや、こっちの話だ」
異世界に来て一週間。
俺はまだ、剣も魔法も使っていない。
ただ、トイレの設備について相談されるようになっていた。
……これはこれで、異世界生活として間違っている気がする。




