第25話「便利なものほど、壊れたときに困る」
町外れに、小さな修理工房があった。
鍋の穴を塞ぎ、農具を直し、壊れた魔導具の部品を交換する。
看板には、簡潔にこう書かれている。
『何でも修理します』
「ここなら、ウォシュレットのことで何か相談できるかもしれませんね」
エルフが看板を見上げた。
「そうだな。宿屋に設置するなら、修理できる人が近くにいると安心だ」
「あなたにしては、まともなことを言いますね」
「いつもまともだろ」
「それは、判断する人によります」
工房の扉を開けると、作業台に向かっていた男が顔を上げた。
「いらっしゃい。何を直す?」
「修理の相談ではないんですが、魔導具について少し聞きたいことがありまして」
「魔導具?」
主人公はウォシュレットの説明をした。
水を噴射して、尻を洗う。
温水にもできる。
魔力を使って動く。
男は黙って聞いていた。
そして、最後に一言。
「いらんな」
「まだ実物を見せていませんが」
「説明を聞いただけで十分だ」
男は作業台に視線を戻した。
「魔力で水を出す? 温度まで調整する? そんなものがなくても、人は何百年も暮らしてきた」
「まあ、そうですね」
「便利な魔導具が増えるたびに、使う人間は自分でできることを忘れていく。壊れたら誰かに直してもらう。魔力が切れたら何もできない。部品が手に入らなければ、ただの置物だ」
男は手に持っていた金具を置いた。
「俺は、そういうものを何度も見てきた」
エルフが尋ねた。
「つまり、魔導具そのものが嫌いなのですか?」
「いや。魔導具は便利だ。俺だって使っている」
男は壁際の魔力灯を指さした。
「だが、あれが壊れても蝋燭は使える。水を汲む道具が壊れても、桶で運べる。便利なものを使うのはいい。だが、それがなければ何もできない、という状態にはしたくない」
主人公は少し考えた。
「なるほど」
「分かったか?」
「ウォシュレットが壊れたら、普通に紙を使えばいいですね」
「……そういう話をしているんじゃない」
エルフが小さく息を吐いた。
「あなた、今の話を聞いていましたか?」
「聞いてたよ。ウォシュレットが使えないときの代替手段が必要だってことだろ」
「それは、そうですが……」
主人公は男に向き直った。
「確かに、魔導具に頼りきりになるのはよくないですね。だから、壊れたときにも困らないようにしておけばいい」
「簡単に言うな」
「例えば、魔力がなくても水で洗えるようにするとか」
男の手が止まった。
「……魔力なしで?」
「ええ。水を出す仕組みを別に用意すればいい。手動のポンプでも、重力を利用した水槽でも」
男は腕を組んだ。
「それなら、ただの水洗い道具だろう」
「そうですね。ウォシュレットではなくなります」
「なら意味がない」
「そうですか?」
主人公は首を傾げた。
「洗えればいいんじゃないですかね」
男は何も言わなかった。
エルフが口を開く。
「でも、あなたの言うことにも一理あります。魔導具が使えなくなったときのことを考えておくのは大切です」
「だろう?」
「ただ、だからといって便利なものを使わない理由にはならないと思います」
「便利さに慣れると、人はそれを当たり前だと思う」
「それは、便利なものに限った話ではありません。水も、火も、文字も、道具も。人間はいつだって、使えるものを当たり前にしてきました」
男はエルフを見た。
「それで困ることもある」
「ええ。だから、使い方を考えるのでしょう」
しばらく沈黙があった。
主人公は工房の壁に掛けられた道具を眺めていた。
「ところで」
「何だ」
「ウォシュレットの修理って、引き受けてもらえますか?」
「話を聞いていたのか?」
「聞いてました。壊れたときに困らないようにするためです」
男は深くため息をついた。
「……実物を見てから考える」
「ありがとうございます」
「まだ引き受けるとは言っていない」
「はい」
主人公はあっさり頷いた。
工房を出たあと、エルフが尋ねた。
「結局、反対されてしまいましたね」
「そうだな」
「あなたは、気にならないのですか?」
「いや。あの人の言うことは分かるよ」
「そうですか?」
「便利なものって、使えなくなったときに初めて、どれだけ頼っていたか分かるからな」
主人公は空を見上げた。
「ただ、だからといって便利なものを捨てる必要もない」
「……そうですね」
「ウォシュレットが壊れたら、紙を使えばいい」
「また紙の話に戻るんですか」
「紙は偉大だ」
「そこは認めますけど」
少し歩いてから、主人公が言った。
「でも、あの修理屋さんには一度使ってほしいな」
「どうしてです?」
「壊れたときのことばかり考えている人だから」
「はい」
「使っているときのことも、考えてほしい」
エルフは少し笑った。
「それは、あなたらしい考え方ですね」
「そうか?」
「ええ。壊れたときのことも大切です。でも、使っているときに得られるものも、同じくらい大切ですから」
主人公は頷いた。
「じゃあ、今度また誘ってみよう」
「修理屋さんを?」
「うん。ウォシュレット体験会に」
「……あの人は、絶対に来ないと思います」
「そうかな」
「そうです」
「じゃあ、出張体験会だな」
「もっと来ませんよ」
男がウォシュレットに反対している理由は、まだ変わっていない。
そして主人公も、無理に変えようとは思わなかった。
ただ、いつかあの男が、壊れた魔導具ではなく、動いている魔導具を眺める日が来てもいい。
そんなことを考えながら、二人は町の通りを歩いていった。




