第21話「エルフは、値切り交渉に向いていない」
「今日は買い物に行きましょう」
朝、エルフがそう言った。
「何を買うんだ?」
「日用品です。薬草や保存食、それから生活に必要な細々としたものですね」
「なるほど」
「あなたも何か必要なものがあれば、一緒に買いましょう」
「特にないかな」
「本当に?」
「うん」
「……では、荷物持ちをお願いします」
「それは必要なんだな」
二人は町の市場へ向かった。
最初に立ち寄ったのは、日用品を扱う店だった。
エルフは棚を見て回り、必要なものを次々と選んでいく。
「これと、これ。それから保存袋を十枚」
店主が計算する。
「全部で銀貨八枚だ」
エルフは財布を取り出した。
主人公は横から眺めていたが、ふと思いついて口を挟んだ。
「少し安くならない?」
店主が顔を上げる。
「ん?」
「まとめて買うんだから、端数くらいまけてもらえないかな」
「……まあ、銀貨七枚と銅貨五枚でどうだ」
「いいね」
あっさり交渉が成立した。
エルフは主人公を見た。
「値切れるんですね」
「まあ、聞いてみるだけなら」
「私もやってみます」
「別に無理しなくてもいいけど」
「いえ。今のは簡単そうでした」
エルフは店主に向き直った。
「では、私からもお願いがあります」
「なんだい?」
「銀貨七枚にしてください」
「さっきより安いじゃないか」
「はい」
「……なぜ?」
「まとめて買うからです」
店主は主人公を見た。
主人公は首を横に振った。
「俺に聞かれても」
次の店は果物屋だった。
エルフは林檎に似た果実を三つ選んだ。
「これを三つください」
「銅貨六枚だよ」
主人公が口を開く。
「五枚にならない?」
「六枚だね」
「そっか」
交渉は失敗した。
エルフが横から一歩前に出る。
「では、五枚と少しでは?」
「少しって何だい?」
「銅貨五枚と、半分くらいの価値のものを何か」
「そんな支払い方は困るよ」
「では、銅貨五枚で」
「六枚だ」
「……頑固ですね」
「そっちが言うか」
主人公が小さくつぶやいた。
エルフは聞こえなかったふりをした。
三軒目は、布や衣類を扱う店だった。
エルフは手袋を手に取った。
「これ、いいですね」
「お嬢さん、目が高いね。上質な革を使っているよ」
「おいくらですか?」
「銀貨三枚」
主人公が手袋を眺める。
「ちょっと高いな」
「そうですね」
エルフは店主に向き直った。
「銀貨二枚になりませんか?」
「それは難しいね」
「では、二枚と銅貨五枚」
「三枚だよ」
「二枚と銅貨八枚」
「三枚だ」
「二枚と銅貨九枚」
店主は困ったように笑った。
「お嬢さん、あと銅貨一枚で三枚じゃないか」
エルフは真剣な顔で答えた。
「その一枚が大事なんです」
主人公は横で頷いた。
「わかる」
「あなたは黙っていてください」
結局、手袋は銀貨三枚で購入した。
店を出ると、エルフは少し不満そうだった。
「交渉というのは難しいですね」
「そうだな」
「あなたはどうして、あんなに簡単に値引きしてもらえるんですか?」
「たぶん、断られても気にしないからじゃないかな」
「私は気にしていません」
「そう?」
「ええ。全く」
そう言いながら、エルフは手袋をぎゅっと握っていた。
昼過ぎ。
二人は市場の端にある食堂で休憩することにした。
主人公はスープとパンを注文した。
エルフは焼き魚の定食を頼んだ。
料理が運ばれてくると、エルフは店員に尋ねた。
「この定食は、もう少し安くなりませんか?」
「えっ?」
「魚とパンとスープですよね。別々に注文するより、まとめて頼んでいるのですから」
店員は困惑した。
「いや、これはセットの値段なんですが……」
「そうですか。では、魚を少し小さくしていただいても構いません」
「ええと……」
「その分、お安く」
主人公はスープを飲みながら言った。
「エルフ」
「何ですか?」
「ここは食堂だ」
「知っています」
「値切る場所じゃない」
「市場の一部です」
「そういう問題じゃない」
店員が気まずそうに笑っている。
エルフは少し考えたあと、真剣に尋ねた。
「……では、料理がおいしかった場合は、値段を上げてもらうべきでしょうか?」
「いや、そういうことでもない」
「難しいですね、人間の商習慣は」
主人公はパンをちぎった。
「たぶん、君が難しくしてる」
食事を終え、店を出たところで、エルフが立ち止まった。
「少しわかってきました」
「何が?」
「値切り交渉です」
「ほう」
「相手に、こちらの希望を伝える。断られたら、別の条件を提示する」
「まあ、そんな感じかな」
「そして、相手が困っても、こちらは気にしない」
「最後のは少し違う気がする」
エルフは自信ありげに頷いた。
「次こそ成功させます」
そのとき、道端の露店から声がした。
「お嬢さん、いい髪飾りがあるよ!」
エルフが足を止めた。
木彫りの小さな花をあしらった髪飾りだった。
「かわいいですね」
「お目が高い! 銀貨一枚だよ」
エルフは主人公をちらりと見た。
主人公は何も言わなかった。
エルフは店主に向き直る。
「銅貨五枚になりませんか?」
「それは安すぎるよ!」
「では、銅貨六枚」
「銀貨一枚だ」
「銅貨七枚」
「銀貨一枚!」
「銅貨八枚」
「お嬢さん、銀貨一枚だってば!」
エルフは少し黙った。
そして、静かに言った。
「……では、銀貨一枚で買います」
「毎度あり!」
主人公は目を細めた。
「おお。ついに折れたな」
エルフは髪飾りを受け取った。
「いえ。違います」
「違う?」
「この髪飾りが気に入ったので、適正な価格で購入しただけです」
「そうか」
「値切ることだけが買い物ではありませんから」
「うん。いいこと言うね」
エルフは満足そうに微笑んだ。
そして、少し歩いてから言った。
「……ところで」
「ん?」
「あなたは、最初の店で銀貨八枚を七枚と銅貨五枚にしてもらいましたよね」
「そうだな」
「私は今日、何度も交渉して、結局ほとんど値引きできませんでした」
「そうだな」
「つまり、あなたのほうが交渉上手ということですね」
「まあ、そうなるかな」
エルフは少し悔しそうに顔をしかめた。
「次は負けません」
「何に?」
「値切りです」
主人公は歩きながら答えた。
「勝ち負けなのか、これ」
エルフは髪飾りをそっと髪に留めた。
「もちろんです」
その日、彼女は一日中、値札を見るたびに少しだけ目を細めるようになった。
そして主人公は、次の買い物には一人で行こうと心に決めた。
値切り交渉に巻き込まれるのは、もう十分だった。




