第20話「エルフは、人間の休み方を知らない」
「今日は休みにしましょう」
朝食を終えたところで、エルフがそう言った。
「休み?」
「はい。最近、あなたは王宮に呼ばれたり、精霊に会いに行ったり、遺跡を探索したりと、何かと忙しかったでしょう」
「そうかな」
「そうです。たまには何もしない日が必要です」
主人公は少し考えた。
「じゃあ、何をしようか」
「……何もしない日です」
「何もしないのか」
「そうです」
「それは難しいな」
エルフは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてです?」
「何もしないためには、何をするか決めないといけない」
「何もしないことを決めればいいんです」
「なるほど。難しいな」
「今の会話をやめれば、少しは何もしないことになりますよ」
「それはそうだ」
二人はしばらく黙った。
数秒後、主人公が口を開いた。
「散歩でもするか」
「……何もしない日では?」
「歩くだけなら、何もしていないようなものだろ」
「それは、散歩をする人に失礼ではありませんか」
結局、二人は町の外れにある丘へ向かうことになった。
丘の上には、小さな木陰があった。
町を見下ろせる場所で、風が吹くと草がゆっくりと揺れる。
主人公は木の根元に腰を下ろした。
「いい場所だな」
「でしょう? 私のお気に入りなんです」
エルフも隣に座る。
「ここにはよく来るの?」
「ええ。考え事をしたいときや、少し一人になりたいときに」
「一人になりたい場所を俺に教えてよかったのか」
「……そう言われると、少し困りますね」
「次から来ないほうがいい?」
「いえ。来ても構いません」
「じゃあ、いいか」
エルフは小さく笑った。
しばらく、二人は町を眺めていた。
遠くから市場の声が聞こえる。荷車が石畳を走る音。子どもたちの笑い声。
特別なことは何もない。
「あなたのいた世界にも、こういう場所はあったんですか?」
「まあ、あったよ」
「どんなところでした?」
「公園とか、河川敷とか。何もないところ」
「何もないところが好きなんですか?」
「何もないところは、何かをしなくてもいいからな」
エルフはその言葉を考えるように繰り返した。
「何かをしなくてもいい……」
「うん」
「私は、何かをしていないと落ち着かないことがあります」
「忙しいの?」
「そういうわけではありません。森にいた頃から、弓の練習をしたり、薬草を調べたり、魔法を学んだり……。時間があれば何かを身につけようとしていました」
「それは悪いことじゃないと思うけど」
「ええ。でも、何もしていない時間を無駄にしているように感じることがあるんです」
主人公は草の上に寝転がった。
「じゃあ、今は無駄な時間だな」
「……そうですね」
「でも、俺は結構好きだよ」
エルフは主人公を見た。
「あなたは、いつもそうですね」
「そう?」
「何かをしなければならない、という考えがあまりない」
「必要ならするよ」
「必要でなければ?」
「しない」
「とても簡単ですね」
「簡単だろ」
エルフは少しだけ笑った。
そして、主人公と同じように草の上に寝転がった。
「……こういうのも、悪くありませんね」
「だろ」
しばらくして、エルフが言った。
「ところで」
「ん?」
「お腹が空きました」
「そうだな」
「何か食べるものはありますか?」
「持ってきてない」
「……何もする予定がなかったからですか?」
「そう」
「こういうところが、あなたらしいですね」
エルフは呆れたように息を吐いた。
「町に戻りましょう。何か買ってきます」
「俺も行くよ」
「あなたはここで待っていてもいいですよ」
「一人になりたい場所なんだろ?」
エルフは立ち上がりかけた姿勢で止まった。
「……もう、一人になりたい時間は終わりました」
「そうか」
主人公も立ち上がった。
二人で丘を下り始める。
町に戻る途中、小さな露店があった。
焼き菓子を売っている店だ。
エルフは足を止めた。
「これ、おいしいんですよ」
「食べたことあるの?」
「あります。木の実と蜂蜜を練り込んだ焼き菓子です」
「じゃあ、それにしよう」
二人分を買い、歩きながら食べる。
エルフは一口かじって、満足そうに頷いた。
「やっぱりおいしいですね」
「確かに」
「あなたの世界にも、こういうお菓子はありましたか?」
「似たようなものはあったよ」
「では、珍しくありませんね」
「珍しいかどうかと、おいしいかどうかは別だからな」
「……それもそうですね」
エルフはもう一口かじった。
「あなたは、こちらの世界に来てから、何か恋しくなったものはありますか?」
主人公は少し考えた。
「食べ物とか、道具とかはあるかな」
「家族や友人は?」
「もちろん、会えないのは寂しいよ」
エルフは少しだけ視線を落とした。
「そうですよね」
「でも、こっちにも知り合いができたから」
「知り合い、ですか」
「王様とか、騎士団長とか、水の精霊とか」
「ずいぶん幅広いですね」
「それに、エルフもいる」
エルフは一瞬、歩みを緩めた。
「……私は、知り合いなんですね」
「違うの?」
「いえ。そういうわけではありません」
少し間を置いて、エルフは言った。
「友人、くらいには思っていただけているのかと」
主人公は彼女を見た。
「友人だろ?」
「……そうですね」
エルフは前を向いた。
「なら、よかったです」
帰り道。
主人公はふと思い出したように言った。
「今日、何もしなかったな」
「散歩をしましたし、お菓子も食べました」
「何もしないって難しいな」
「そうですね。でも、こういう日も必要だと思います」
「また来るか」
「ええ。今度は何か持ってきましょう」
「食べ物?」
「それもです」
エルフは少し考えてから、付け加えた。
「ただし、ウォシュレットは持ってこないでくださいね」
「どうして?」
「どうしてもです」
「丘に設置するのかと思った」
「そんなことは言っていません!」
主人公は小さく笑った。
エルフも、つられて笑った。
その日は、特別なことは何も起こらなかった。
けれど、エルフは帰り道で思った。
何もしない日というのは、案外悪くない。
そして、誰かと過ごすなら。
こういう日が、もう少しあってもいいのかもしれない。




