第19話「騎士団、ウォシュレット選手権を開催する」
王宮の訓練場に、騎士たちが集められていた。
その数、三十名。
全員が鎧を身につけ、背筋を伸ばし、真剣な表情で整列している。
壇上には騎士団長。
その隣には、なぜか主人公とエルフがいた。
「諸君。本日は、我が騎士団の新たな歴史を刻む日である」
騎士団長の声が訓練場に響く。
「我々はこれまで、剣技、槍術、弓術、魔法制御など、数多くの技術を磨いてきた」
騎士たちは一斉に頷いた。
「だが、まだ足りないものがある」
団長は一拍置いた。
「ウォシュレットである」
沈黙。
エルフが主人公の袖を引いた。
「……何が始まるんですか、これ」
「知らない」
団長は続ける。
「先日、王宮においてウォシュレットの使用に関する問題が発生した」
「問題?」
主人公が尋ねる。
「うむ。騎士によって水圧の好みが異なるのだ」
「まあ、そうでしょうね」
「弱すぎると言う者。強すぎると言う者。広範囲に洗浄したいと言う者。狙いを定めたいと言う者」
「狙いを定めたい……?」
エルフが嫌な予感を覚えた。
団長は拳を握った。
「このままでは、騎士団の清潔に対する統一見解が失われる!」
「失われてもいいと思いますけど」
「そこで本日、騎士団の代表者による競技会を開催する!」
団長が手を掲げた。
「名付けて――」
一拍。
「第一回・王国ウォシュレット選手権!」
騎士たちが一斉に雄叫びを上げた。
「「「ウォシュレット!!」」」
エルフは静かに目を閉じた。
「帰りたい……」
競技場の中央には、特別に設置されたウォシュレット付き便座が三台並んでいた。
その前には審判席。
さらに、採点表を持った書記官までいる。
主人公は設置された便座を眺めた。
「……本気なんだな」
「本気ですね」
エルフはもう驚いていなかった。
第一競技は、水圧調整部門。
騎士たちが順番に便座へ座り、自分に最適な水圧を申告する。
「第一騎士、準備完了!」
「開始!」
騎士は慎重に操作した。
「水圧、二!」
「弱すぎる!」
「三!」
「まだ弱い!」
「四!」
「よし! これだ!」
書記官が記録する。
『水圧四。本人、満足の表情』
次の騎士。
「水圧、五!」
「強すぎる!」
「では三!」
「弱い!」
「四!」
「違う!」
「どっちだ!」
「四と五の間だ!」
「そんなものはない!」
主人公がぼそりと言った。
「調整できる機種なら、段階の間もある程度は調整できると思うけど」
騎士たちが一斉に振り返った。
「「「なんだと!?」」」
団長が立ち上がる。
「今すぐその技術を導入せよ!」
「いや、機種によるから」
「機種による……!」
団長は書記官に命じた。
「記録しろ! 機種による!」
書記官は真剣に書き留めた。
第二競技は、ノズル位置調整部門。
騎士たちが便座に座り、最適なノズル位置を探る。
「前方へ一段!」
「行き過ぎだ!」
「後方へ二段!」
「戻りすぎだ!」
「では、中央!」
「そこだ!」
審判が旗を上げた。
「適正位置!」
騎士たちから拍手が起こる。
しかし、三人目の騎士は違った。
「私は、常に最適な位置を追求したい!」
彼は操作ボタンを押し続けた。
ノズルが前へ。
後ろへ。
前へ。
後ろへ。
「待て待て待て!」
主人公が止めようとする。
「それは位置調整であって、往復運動を楽しむ機能じゃない」
エルフが吹き出した。
「ふふっ……!」
騎士は真剣な顔で言った。
「しかし、これなら広範囲を洗浄できるのでは?」
「できません」
エルフが即答した。
「そもそも、そんな使い方を想定していません!」
第三競技は、音姫部門。
ここで騎士たちの表情が変わった。
団長が説明する。
「音姫とは、用を足す際の音を隠すための機能である」
「はい」
主人公が頷く。
「本来は、流水音などを流すものです」
「よし。では、我が騎士団の誇る音響魔導士が開発した新機能を披露しよう」
団長が合図を送った。
便座の横に置かれた魔導具が起動する。
ゴゴゴゴゴゴ……!
「……何の音ですか?」
エルフが尋ねる。
「滝の音だ」
団長は誇らしげに答えた。
「大瀑布を再現した」
ゴォォォォォォォ!!
訓練場の床が震えた。
「いや、うるさいです!」
「音を隠すには、音量が必要だ!」
「限度があります!」
さらに魔導具が出力を上げた。
今度は雷鳴まで混ざり始める。
ゴロゴロゴロ……ドォォォン!!
主人公は耳を押さえた。
「これ、もう戦場だろ」
団長は満足そうに頷いた。
「これなら、どんな音も隠せる!」
「そもそも、そんなに隠す必要はないんです!」
そして最終競技。
総合快適性部門。
騎士団長が壇上に立った。
「最後は、これまでのすべてを統合した究極のウォシュレットを使用する!」
運ばれてきたのは、巨大な魔導便座だった。
水圧調整、温水、ノズル位置、音姫、脱臭、乾燥。
さらに、便座の横には大きなレバーが取り付けられている。
主人公が尋ねた。
「そのレバーは?」
「全機能一斉起動装置だ」
「やめたほうがいいと思う」
「なぜだ?」
「一斉に動く必要がないから」
団長は首を振った。
「それでは究極ではない」
そして、団長自らが便座に座った。
「諸君、見ていろ。これが騎士団の到達点だ」
エルフが小声で言う。
「止めたほうがいいのでは……」
「もう遅いと思う」
団長がレバーを引いた。
瞬間。
ブォンッ!!
温水が噴き出し、ノズルが動き、乾燥機能が作動し、脱臭魔法が発動。
そして音姫が鳴り響いた。
ゴォォォォォォォ!!
「おおおおお!!」
騎士たちが歓声を上げる。
しかし、魔導便座は止まらなかった。
温水が出続ける。
ノズルが動き続ける。
乾燥の風が吹き続ける。
音姫が鳴り続ける。
「団長! 停止してください!」
「止まらん!」
「レバーを戻してください!」
「戻らん!」
主人公が近づいた。
「魔力供給を切れば?」
「それだ!」
騎士が魔力供給装置を操作する。
その瞬間、魔導便座は最後の力を振り絞るように、最大出力で水を噴射した。
天井まで届く水柱。
そして、静寂。
びしょ濡れになった団長が、便座の上で固まっていた。
長い沈黙。
団長はゆっくり立ち上がった。
そして、胸を張った。
「……素晴らしい」
「何がですか」
エルフが呆然と尋ねる。
「これほどの洗浄力を実現できるとは」
主人公は濡れた床を見た。
「いや、今のは故障だろ」
団長は真剣な顔で頷いた。
「故障ではない。これは、可能性だ」
「可能性で床を水浸しにしないでください」
その日の夕方。
騎士団は第一回ウォシュレット選手権の結果を発表した。
優勝者は、団長。
理由は「全機能一斉起動という前人未到の挑戦」。
主人公は賞状を見つめた。
「これ、来年もやるの?」
団長は力強く頷いた。
「当然だ。来年は第二回を開催する」
「何を改善するんですか?」
「水圧をさらに高める」
「やめてください」
「そして、魔力供給を増強する」
「やめてください」
「さらに、音姫に戦場の咆哮を追加する」
「本当にやめてください」
エルフは深いため息をついた。
「……この国、平和ですね」
主人公は頷いた。
「そうだな」
そのとき、団長がふと思い出したように言った。
「そういえば、次回は観客参加型にしたい」
「何をするんですか?」
「もちろん、応援合戦だ」
「応援?」
団長は訓練場の騎士たちを見回した。
そして、腹の底から叫んだ。
「押せ! 押せ! 水圧を押せ!!」
騎士たちが拳を突き上げた。
「「「押せ! 押せ! 水圧を押せ!!」」」
主人公は静かに立ち上がった。
「帰ろう」
「はい。そうしましょう」
二人は、王宮を後にした。
背後では、騎士団の新しい掛け声がいつまでも響いていた。
「「「洗え! 洗え! 王国の尻を洗え!!!」」」




