第2話 森で出会ったエルフの名前がエルフだった
「おい、人間」
森の中を歩いていると、頭上から声がした。
見上げると、木の枝に誰かが座っている。
長い金髪。
尖った耳。
整った顔立ち。
どう見てもエルフだった。
「あなた、エルフ?」
「そうだ」
「へえ。名前は?」
「エルフだ」
「……え?」
「だから、エルフだ」
俺は少し考えた。
「本名?」
「そうだ」
「珍しい名前だな」
「そうか?」
エルフは首をかしげた。
「父はグラディオス、母はミルフィーナだが」
「いや、別に家族構成は聞いてない」
エルフは木から飛び降りた。
音もなく着地する。
さすがエルフ。身のこなしが軽い。
「お前は何者だ?」
「俺は人間だ」
「名前は?」
「人間じゃない」
「そうか。では、人間と呼ぼう」
俺は納得した。
どうやら、この世界では名前にこだわる必要はないらしい。
「ところで、お前は何を持っている?」
エルフの視線が、俺の背後に向いた。
そこには、前回からずっと持ち歩いているウォシュレットがあった。
「これはウォシュレットだ」
「ウォシュレット?」
「そうだ。人類の叡智だ」
エルフはしばらく便座を眺めていた。
「……それは武器か?」
「違う」
「防具か?」
「違う」
「魔道具か?」
「まあ、そうとも言える」
エルフは慎重に近づき、操作パネルを覗き込んだ。
「おしり」
「そこは押すな」
「ビデ」
「それも押すな」
「乾燥」
「まだ押すな」
エルフは真剣な顔で俺を見た。
「お前は、何かを隠しているな」
「いや、別に」
「分かった。これは古代エルフの秘宝だな」
「違う」
「千年の時を超えて受け継がれた、聖なる便座」
「違うって」
「我らの森に伝わる伝説に、白き椅子が世界を浄化するとある」
「誰だそんな伝説を作ったのは」
エルフは静かに膝をついた。
「ついに……見つけた」
俺は思った。
この世界、思ったより話が通じない。
そのとき、森の奥から足音が聞こえた。
「いたぞ! あそこだ!」
兵士が三人、剣を構えて走ってきた。
また兵士か。
この世界には兵士しかいないのだろうか。
「貴様ら! そこで何をしている!」
俺は答えた。
「何もしていません」
「その白い物体は何だ!」
「ウォシュレットです」
「ウォシュレットとは何だ!」
「説明すると長くなります」
兵士の一人がエルフを見た。
「おい、そこのエルフ! そいつは何者だ!」
エルフは胸を張った。
「我はエルフだ」
「知っている! 種族を聞いているんじゃない!」
「だから、エルフだ」
「名前を聞いているんだ!」
「エルフだ!」
兵士は頭を抱えた。
俺も頭を抱えた。
「とにかく、その白い物体をこちらに渡せ!」
兵士が剣を抜いた。
俺はウォシュレットを抱え直した。
そして、ふと思った。
この世界には、まだウォシュレットの価値を理解している人間がいない。
ならば、俺が教えてやるしかない。
人類の叡智を。
文明の到達点を。
温水洗浄便座の素晴らしさを。
「兵士さん」
「なんだ!」
「トイレはどこですか?」
兵士たちは沈黙した。
エルフだけが、静かに頷いていた。
「……やはり、聖なる儀式か」
違う。
第2話 完




