第17話「エルフはデートに誘われた」
「エルフさん。今度、二人で出かけませんか?」
街の広場で、若い男がエルフに声をかけていた。
整った顔立ちに、清潔な服装。腰には細身の剣。いかにも冒険者らしい青年だった。
「ええと……二人で、ですか?」
「はい。以前からあなたのことが気になっていて」
エルフは少し頬を赤くした。
その様子を、少し離れた屋台の前で俺は眺めていた。
「おや」
隣にいた商人が声をかけてくる。
「お連れの方では?」
「そうですけど」
「止めなくてよろしいので?」
「何を?」
商人は呆れたように笑った。
「ははあ。これは鈍い」
俺は焼き串を一本買った。
青年はエルフに花を差し出している。
エルフは困ったように笑いながら、何かを答えていた。
しばらくして青年が去ると、エルフがこちらにやってきた。
「お待たせしました」
「今の人、知り合い?」
「冒険者ギルドで何度かお会いした方です。街を案内してほしいと言われました」
「へえ。行くの?」
「まだお返事はしていません」
「行けばいいのに」
エルフは足を止めた。
「……そうですか」
「街の案内くらいなら、俺がいなくてもできるでしょ」
「そうですね」
エルフは少しだけ表情を曇らせた。
俺は焼き串をかじった。
「ところで、あの人は何をくれたの?」
「花です」
「食べられる?」
「食べられません」
「そうか」
「……本当に、そういうところですよ」
「何が?」
「いえ。何でもありません」
翌日。
俺が宿の食堂で朝食を食べていると、エルフがやってきた。
「今日は少し出かけてきます」
「昨日の人と?」
「はい」
「そっか。楽しんできて」
「……はい」
エルフは笑顔を作って出ていった。
俺はパンを食べ終え、いつものように王宮へ向かった。
その日の夕方。
宿に戻ると、エルフが部屋の前に立っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。どうだった?」
「普通でした」
「普通?」
「街を歩いて、お茶を飲んで、食事をして。それだけです」
「いいじゃない」
「そうですね」
エルフは少し黙った。
「それで、ひとつ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは、私が誰かと出かけても気にならないんですか?」
「別に。エルフの自由だし」
「……そうですか」
彼女は小さく息を吐いた。
「では、明日も出かけてきます」
「うん」
「今度は、少し遠くまで行くそうです」
「気をつけてね」
「はい」
エルフは部屋に戻っていった。
俺は少し考えた。
何か機嫌を損ねたのだろうか。
翌日。
俺は王宮のトイレで、例のウォシュレットの点検をしていた。
そこへ、騎士団長がやってきた。
「おお、ここにいたか」
「どうしました?」
「エルフ殿のことだ」
「エルフ?」
「最近、若い冒険者とよく出かけているそうだな」
「そうみたいですね」
団長は俺の顔をじっと見た。
「……気にならんのか?」
「何がです?」
「いや、何でもない」
団長は首を振った。
「お前もなかなか大変だな」
「そうですか?」
「まあ、頑張れ」
団長は肩を叩いて去っていった。
俺は首を傾げた。
その日の夜。
宿に戻ると、エルフが待っていた。
「お話があります」
「うん」
「明日、あの方と三日間の遠出をすることになりました」
「三日?」
「はい。隣町まで行くそうです」
「それは長いね」
「……それだけですか?」
「え?」
エルフは俺を見つめた。
「何か言うことはありませんか?」
「道中、ウォシュレットがないから大変だね」
「そこですか!?」
エルフは両手で顔を覆った。
「もういいです!」
「何が?」
「何でもありません!」
彼女は部屋に戻ってしまった。
俺はしばらくその場に立っていた。
そして、ようやく気づいた。
「……ああ」
翌朝。
エルフが宿を出ようとすると、俺が声をかけた。
「エルフ」
「何ですか」
「これ、持っていって」
差し出したのは、小さな携帯用の洗浄魔導具だった。
「これは?」
「簡易版のウォシュレット。水を入れて押すと出る」
「……」
「遠出するなら便利だと思う」
エルフはそれを受け取った。
しばらく眺めてから、ゆっくりと顔を上げる。
「ありがとうございます」
「うん」
「……あなたは、本当にそういう人ですね」
「どういう人?」
「もういいです」
エルフは笑った。
そして、携帯用ウォシュレットを鞄にしまった。
その日、彼女は結局、遠出を取りやめた。
青年にはこう伝えたらしい。
「すみません。私には、どうしても放っておけない人がいるので」
その言葉を聞いた青年は、少し寂しそうに笑った。
「そうですか。……その方は、幸せ者ですね」
一方その頃。
俺は王宮のトイレで、携帯用ウォシュレットの改良案を考えていた。
「水の容量をもう少し増やせるかな」
その横に、エルフが立っていた。
「今日は出かけないんですか?」
「うん。やめました」
「そうなんだ」
「はい」
エルフは俺の隣に腰を下ろした。
「ところで、今度は私と二人で出かけませんか?」
「いいよ。どこに?」
「お茶でも飲みに行きましょう」
「いいね」
「それから、少し散歩をして」
「うん」
「……今度は、私の話もちゃんと聞いてくださいね」
「いつも聞いてるよ」
「では、明日は楽しみにしています」
エルフは笑って歩き出した。
俺はその背中を見送りながら、ふと思った。
「……あれ。明日って、ウォシュレットの点検日じゃなかったっけ」




