第16話「聖職者たちは、尻を清めたい」
王都の大聖堂に、一通の手紙が届いた。
差出人は、王宮。
内容は簡潔だった。
『洗浄魔導具の導入について、協議を希望する』
大司教は手紙を読み、眉をひそめた。
「洗浄魔導具……?」
隣にいた司祭が答える。
「最近、王宮や街で話題になっている道具です。水を噴射し、身体を清める魔導具だとか」
「身体を清める?」
「はい」
「それは、聖水による洗礼に関係するものか?」
「いえ、その……」
司祭は少し言いよどんだ。
「主に、排泄後の洗浄に使うそうです」
大司教は黙った。
「……排泄後?」
「はい」
「それを、王宮がわざわざ我々に?」
「どうやら、衛生面での効果を期待しているようです」
大司教は窓の外を見た。
「神は人間に身体を与えた。そして、身体には清潔を保つ責任がある」
「では、導入を?」
「まずは実物を見よう」
数日後。
大聖堂の一室に、俺とエルフは呼び出されていた。
目の前には、大司教と数人の司祭。
「あなたが、この洗浄魔導具を広めている方ですか」
「そうです」
「では、さっそく説明を」
俺はウォシュレットを指差した。
「簡単に言えば、水でお尻を洗う道具です」
司祭たちの表情が固まった。
エルフが小声で言う。
「もう少し言い方を考えられませんか?」
「正確だと思うけど」
大司教は咳払いをした。
「つまり、排泄によって汚れた身体を水で清める、と」
「そうです」
「……なるほど」
大司教は深く頷いた。
「これは、神の教えにも通じるものがある」
「そうなんですか?」
「人は誰しも汚れを抱えて生きている。大切なのは、それを認め、清めようとすることだ」
「まあ、そうですね」
エルフが俺を見た。
「話が大きくなってきましたね」
大司教は立ち上がった。
「よろしい。大聖堂にも一台、設置しよう」
こうして、聖職者たちのためのウォシュレットが導入されることになった。
設置から数日後。
大聖堂では、奇妙な現象が起き始めていた。
まず、司祭たちがトイレを利用する頻度が増えた。
次に、礼拝の合間に個室へ向かう者が増えた。
そして、最も深刻だったのは、大司教自身が長時間トイレから戻らなくなったことだった。
「大司教様、次の礼拝のお時間です」
扉の外から司祭が声をかける。
「もう少し待ちなさい」
「ですが、信徒の皆様がお待ちです」
「今、清めの最中だ」
「……かしこまりました」
その頃、俺とエルフは大聖堂を訪れていた。
「どうやら、かなり気に入っていただけたようですね」
「そうみたいだね」
「ただ、礼拝に遅れるのは問題では?」
「快適なんだろうね」
そのとき、大司教がようやくトイレから出てきた。
「おお、来ておったか!」
「こんにちは」
「素晴らしい道具だ。水によって清められる感覚が、実に心地よい」
「ありがとうございます」
大司教は俺の肩に手を置いた。
「あなたには、ぜひ聖堂で講演をしていただきたい」
「講演?」
「清潔の大切さについて、信徒たちに伝えてほしいのだ」
「俺が?」
「そうだ。あなたは清めの新しい道を示した」
エルフが少し困った顔をした。
「講演の内容は、どのようなものでしょうか?」
大司教は厳かに答えた。
「人はなぜ、清めを必要とするのか。水はなぜ、汚れを洗い流すのか。そして、我々はなぜ、排泄後に紙を使うのか」
「最後のは、私たちの話題ですね……」
俺は少し考えた。
「別に、難しい話じゃないですよ」
「ほう?」
「汚れたら洗う。それだけです」
大司教は目を閉じた。
「……なんと簡潔で、深い言葉だ」
「いや、そんなに深くないです」
「いや、深い。人は複雑に考えすぎる。清めとは、まず汚れを落とすことなのだ」
大司教は司祭たちに向き直った。
「よいか。これから我々は、毎朝の礼拝に先立ち、清潔を確認する時間を設ける」
「承知しました!」
「そして、聖堂のトイレを一般信徒にも開放する」
「それは素晴らしいお考えです!」
大司教は満足げに頷いた。
その日の午後、大聖堂の掲示板に新しい告示が貼られた。
『清めの間、一般開放のお知らせ』
その下には、小さく注意書きがあった。
『なお、洗浄水の温度・水圧は各自で調整すること』
さらに翌日。
大聖堂の入口には、長い行列ができていた。
信徒たちは静かに列を作り、順番を待っている。
先頭の老人が、後ろの若者に尋ねた。
「君も、清めに来たのかね?」
「はい。噂を聞きまして」
「そうか。初めてなら、水圧は弱めから始めるとよい」
「ありがとうございます」
老人は優しく微笑んだ。
「神のご加護があらんことを」
その瞬間、トイレの中から大きな声が響いた。
「おお……これは神の御業だ!」
列に並んでいた全員が、静かに胸の前で手を組んだ。
そして、誰かが呟いた。
「……アーメン」




