第15話「王国騎士団、極秘会議」
王宮地下、騎士団本部。
深夜。
普段なら誰も立ち入らない会議室に、五人の男たちが集まっていた。
全員、王国騎士団の幹部である。
机の上には一枚の紙。
そこには大きく、こう書かれていた。
『王宮トイレ利用状況調査報告』
「……始めよう」
団長のグレゴールが口を開いた。
「今回の会議は、極めて重要な案件について話し合う」
副団長が頷く。
「例の魔導具ですな」
「ああ」
全員の視線が、机の中央に集まった。
「ウォシュレットの導入以降、騎士団内に明らかな変化が起きている」
「まず、トイレの利用時間が延びました」
記録係が報告する。
「特に食後の利用者が増加。以前は用を足すとすぐに出てきた者が、現在では長時間個室にこもる傾向があります」
「原因は?」
「洗浄機能です」
「……やはりか」
団長は腕を組んだ。
「それだけではありません」
記録係が次の紙を取り出した。
「最近、騎士たちの間で、洗浄圧力に関する議論が盛んです」
「圧力?」
「はい。弱めを好む者、強めを好む者、一定の水圧を維持したい者。意見が分かれています」
「くだらん」
副団長が吐き捨てた。
「騎士たるもの、そんなことにこだわってどうする」
そのとき、会議室の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、若い騎士だった。
「報告があります!」
「何だ」
「本日、第三騎士隊で重大な問題が発生しました!」
「まさか、敵襲か?」
「いえ」
若い騎士は真剣な表情で答えた。
「ウォシュレットの水圧設定が、何者かによって変更されていました」
沈黙。
「……それで?」
「強に設定されていたため、隊員の一人が驚いて飛び上がり、隣の個室に助けを求めたそうです」
「誰が設定を変えた?」
「現在調査中です」
団長は深く息を吐いた。
「これは由々しき事態だ」
副団長が頷く。
「騎士団の規律が乱れている」
「使用後は必ず設定を戻すよう通達を出せ」
「了解しました」
「それと、個人の好みによる設定変更は禁止する」
「……それは少々厳しすぎるのでは?」
「規律とはそういうものだ」
団長は厳しい顔で言った。
「我々は王国の秩序を守る騎士だ。便所の中でさえ、規律を忘れてはならん」
全員が頷いた。
会議は続いた。
議題は、洗浄後の紙の使用量、便座の温度、音姫の音量、そして個室の長時間占有について。
誰も笑わなかった。
誰もふざけていなかった。
彼らにとっては、真剣な問題だった。
やがて、団長が最後の議題を読み上げた。
「次に、ウォシュレットの管理責任者について」
副団長が手を挙げる。
「私から提案があります」
「聞こう」
「騎士団内に専任の管理官を置くべきです」
「管理官?」
「はい。各個室の水圧、温度、紙の補充、故障の有無を確認する役職です」
団長は少し考えた。
「……必要かもしれんな」
「では、役職名はどうしましょう」
「洗浄設備管理官」
「長いですな」
「では、洗浄官」
「それでよろしいかと」
全員が納得した。
その夜、王国騎士団に新たな役職が誕生した。
洗浄官。
任命されたのは、騎士団で最も几帳面な男だった。
彼は翌朝から、騎士団のトイレを巡回し始めた。
水圧を確認し、温度を測り、紙の残量を記録する。
そして、使用者が設定を戻し忘れていないか、厳しくチェックした。
その働きは素晴らしかった。
一週間後。
騎士団のトイレは、王宮で最も清潔な場所になった。
さらに一か月後。
洗浄官は昇進した。
二か月後。
彼は騎士団の幹部会議に出席するようになった。
三か月後。
国王は彼の功績を称え、勲章を授与した。
その勲章には、こう刻まれていた。
『王国の清潔を守りし者』
そして、その年の騎士団長選挙。
候補者の一人として、彼の名前が挙がった。
推薦理由は、ただ一つ。
「この男なら、王国の尻を守れる」
王国騎士団は、今日も平和だった。




